03パーティ会場に立つ役者たち
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その日の夜から、予定していたらしい『パーティ』が始まった。
絢爛、豪華な会場に案内される。
天井に浮かんでいる『シャンデリア』の光というのは、アンティークの工芸品と同じく価値のありそうな橙の色彩をしていた。長い年月によって、磨きに磨かれてきたガラスの粒は『栄華』の結晶というべきものかもしれない。
観光地のホテルの照明などとは、ひと目見て華やかさが違う。
その中で、
「――あ。浅霧様。本日は、ぱ、ぱぱぱ、パーティにまで出席いただき。ありがとうごひゃい……っ」
噛んでから、真っ赤になって口を押さえる少女。
さっきとは違う着物に着替えて、すっかり『主役』の姿になった一ノ瀬茜は、何度も頭を下げてきた。
(……そして。この子は、まーだ俺を『浅霧惣一郎』だと思ってるのか)
呆れる。
足元では、部屋からついてきたルイスが「――ふーむ。美しいが、鈍くさい娘よな」と勝手な解釈をたれ、ヒゲをしごいていた。
――『普通の猫らしくしてろ』、という意味を込めて浅霧は足でどつく。
「あの。魔女捜しよりも、こんなのんびりとしたパーティが先なんですか?」
「も、もも。申し訳ございません……。浅霧様」
責めているつもりはないのに、一ノ瀬茜はしゅんと肩を落とす。
「なにせ、数ヶ月より前から予定していた恒例のイベントですので……。中止は関係者各位、お客様がたに多大な迷惑がかかると思い……やむを得ず……」
「そう、ですか」
「あ、浅霧様も! どうか、今だけは招待客として……鏡の魔女のことはお忘れになって、存分に楽しくお過ごしください! お、お料理だって、各国の郷土料理を揃えてみました! 四川風の蒸し鶏から、カンパーニュのサンドイッチまで!」
手を合わせて、微笑む着物の少女。
健気としかいいようがない姿だった。きっと自分なりに責任を感じて、うまく運ぶように気を遣っているのだろう。
足元ではまたしても猫が、「――ふむ。私は美味い食材があれば、一向に構わ――にゃあ」と。足でどつかれて、余計な言葉をいう前に転がった。
「……あら。浅霧様。そちらの猫さんは?」
「うん? ああ、ちょっと連れっていうか……うちで飼ってる猫だ。俺が家を離れて、あんまり寂しかったのか追いかけてきてさ」
「まあ! 素敵な家族愛ですっ!」
やっと元の調子を取り戻したのか。
一ノ瀬茜はしゃがみ込んで「よろしくです。猫さん?」と微笑んで見せた。どうやってこの別荘にきたのかとか、猫に車も電車も使えないはずなのにとか、そういう庶民感覚の疑問は持たないらしい。
と。
「それにしても……。毎年、すごい豪華にやるわよね……誕生日記念パーティ」
会場となっているホールを見まわすのは、自分だけドレスを用意していた凉下だ。(――浅霧はなにも聞かされてなかったので普段着。なんだか裏切られた気がしないでもなかった。……もっとも、この場に相応しい衣装など持っていないが)
別荘の一階。
中央階段を抜けた先に、その大広間はあった。最初に目に飛び込んできた天井の絢爛なシャンデリアに、壁には人が三人で抱えるサイズの絵画があった。柱は鏡張り。ロウソク型のライトに彩られ、料理はテーブル中央に盛られていた。
今日の昼間まで洋館でゴロゴロしていた庶民の浅霧には、ちょっと現実味が湧かないくらい豪華な空間だった。ただ、ただ、感嘆しか出ない。
ホールに満ちた金持ちっぽい招待客は、百名を越えるだろうか。
(……ちょっと)
(ん?)
凉下が、ヒソヒソ小声で話しかけてた。
(茜が、こうして出迎えてるんだから――。尊敬される鑑定師として、ここはビシッ! と、歯が浮くような気の利くセリフの一つや二つ、出しておきなさいよ)
(む、無茶いうな)
浅霧は、慌てる。
確かに、目の前の一ノ瀬茜は、鮮やかな模様の着物を着た『主役』としてこちらを見ていた。意匠も、すごく似合っている(――……と、思う。浅霧にはこのへんの感覚がよく分からなかったが)。
タダで招かれた庶民は、ここで何らかのお礼なり、社交辞令のお世辞なりとも口にしていないと場が許さない――。のかも、しれない。
「? どうしました? 浅霧様」
「あ、あの」
「はい?」
……う。
ちょっと、キョトンとする表情が、可愛い。と、思ってしまった。
クラスの女子とは、あんまり話したことがなかった。もともとそういう『普通の暮らしを享受している人たち』は自分と違う人種カテゴリに見えてしまい、鑑定師に歪んだ思いを抱えている浅霧は密かに嫉妬し、勝手に拗ねて、今までスルーしてきたのだ。
だから、彼女みたいに清楚で。可憐で。
立ち姿にもいちいち気品と格式高さがあって。そこに立っているだけで、何世紀も尊ばれてきた美術品のような趣がある『女の子』している人物は――正直、苦手だった。柔らかい雰囲気も。笑顔も。どう声をかけたら『正解』なのかが分からない。
でも、今は正解なんてないのだろう。
とにかく、声をかける『必要性』できた。そして、自分は声が出せる人間である。それだけで行動には十分である。(……のはず、である)
浅霧はごくりとつばを飲んで、
「…………お。おいしそうな、料理ですね」
隣で、凉下がすべった。
無茶いわないでほしい。浅霧は、これがやっとの限界だった。
と。
「――おんや。これは驚いた。一ノ瀬グループのイベントに、ドレスコードも知らない庶民が紛れ込んでいるぞぉ?」
と。声がした。
振り返ると。まだパーティも始まっていないのにワインのボトルを開けたらしい礼服の男が、泥酔しているらしく真っ赤な顔でこちらを見ていた。
「……! れ、麗二様!」
「おんや。これはお嬢。本日は、お招きに預かり光栄です。相変わらずお美しくなられた」
浅霧が口にできなかった世辞をあっさりと口にして、一ノ瀬茜にうやうやしく頭を下げる。
なんだコイツ? と。浅霧はどうリアクションしていいか分からずに戸惑っていると、
「このかたは、立川建設の息子さん。立川麗二様です。当家の父とは、家族ぐるみの付き合いがありまして」
「っと。そうだ。忘れるところだった。お嬢。お父上は、どちらに?」と。そんな男は、浅霧たちのことなど無視して会場を見回していた。
「挨拶だけ、しておきたいのですがね」
「ち。父は……」
着物の少女は、口ごもる。
それだけで、麗二という男は「ははあ」と何かを察したらしく、
「そうか。まーた、お仕事の都合で遅れる……ということですか。ふーむ。いや、私が招いていただいている身で、あまりとやかくは言えないのですが。イベントの中で、一ノ瀬会長が『遅れる』とお話になって、本当に来られたことは一度もありゃしませんよね」
「…………」
「ちょ、ちょっと! あなたね!」
と。
凉下が、声を荒げて睨みつけた。一ノ瀬茜が、悲しそうに瞳を落としたからだ。
「どこの誰だか知らないけどね。茜が気にしてることをわざわざいわないでよ! なに? せっかくの楽しいパーティで、主役を悲しませるようなことしてもいいの!?」
「んなことはないです。誤解ですよ」
男は、日本酒でも飲むような手酌で『ワイン』のボトルを傾け、グラスで飲酒しながら答えている。
「私はただ。状況をありのまま口にしてしまうクセがあって……いけないなー。まーた、人を傷つけてしまった」
「……! わ、わざとらしい」
「――いえ。いいんです。いいんです、凉下さん。事実、父はあまりわたくしのパーティには出てくださいませんから」
ケンカ腰になっている凉下を、着物の少女が止めた。
それから、一瞬の隙をついたのか。「では。これで」と素早く離脱した立川麗二が、ホールの招待客たちに消えていった。
「……ぐぐ。なによ、アイツ。ムカつく。酒臭いし、最悪!」
「いいんですよ。麗二さんは、昔からああいう方なんです。……父は、料理を食い散らかすわ、陰口をたたくわ。酒は飲むわ……と嘆かれて、あまり好きではないご様子ですが」
どうやら。
浅霧が見たところ、あの男は札付きの厄介者らしかった。最初に会長を探していたから、まず挨拶だけはしようとしていたのだろうが……。パーティの主役である茜に対する敬意は、まったく感じられなかった。
と。――パシャ。
フラッシュが光ったのに驚いて、凉下たちが振り向くと。
「あ。いや! 失礼ッ! あまりにも皆さんお美しいので、つい取材を――」
ビシッと敬礼する、小柄な女性。
当然軍服などではなく、パーティに合わせたフォーマルなスーツを着ていた。きりきりとした身動きと表情は、敏捷な子鹿を思わせる。
首からカメラを下げた姿は、そのまま女性記者だった。
「わたくし、今回こちらのパーティを取材させていただくことになりました。出版社『アイビス』の記者をしております、長谷川スミカと申します」
さっきの光は、どうやらストロボのフラッシュだったらしい。
『ビーッ』と低い機械音とともに、コピー機のように写真が出てくる。古いカメラだった。記者は写真とともに、名刺を差し出してきた。
一ノ瀬茜にも。凉下にも。そして、浅霧にも。
「いやぁ、さすが世界の一ノ瀬電工。娘さんのホームパーティにも念が入っておりますねー。経済界に、芸能界から大物たちがいっぱい、がっぽがっぽじゃないですか! 特大魚ばっかりの釣り堀を見ているようですよ。あ、私のことなんかはお構いなく。万国の料理よりも美味しいネタが転がってそうですから……うへへ」
パシャ。パシャ。
ヨダレでも垂らしそうな女性記者は、しきりとストロボを焚いていた。
「ちょ、ちょっと茜っ!? あんた、まさかこの女の人を入れたの?」
「え。ええ。あの、お話だけでも……ということでしたので。わたくしが許可をだして」
「――っ。なーんで入れるのよ!? せっかくの、あなたの誕生日パーティなのよ!? マスコミが写真撮って、話だけ聞いて、『ハイ、そうですか』って素直に帰るわけないじゃない!」
「おや。よく分かってらっしゃる」
にしし。と。
さらに一枚。 パシャ――と。眼鏡の女性記者は、イタズラっぽく微笑みながらストロボを焚いた。いい年の大人がするような表情ではなく、行動も小学生じみていたために、凉下は『キッ』と腹を立てて睨みつける。
それから、カメラのレンズを正面からわしづかみにした。
「――ここで、ぶっ壊してあげてもいいんですよ?」
「あらら。報道の自由を奪った問題で、弊社があなたに対して訴訟を起こすこともできますが」
「その前に、うら若き乙女たちを『盗撮』した容疑で、あなたを面白いところに突き出すこともできるんだけど? 三畳一間の、トイレが同じ部屋についてるところ」
「…………」
ふむ。と。
女性は、静かにショートの髪を傾けて。それからポンと手を打った。
「……私、あそこの料理を取材してきたいと思います」
「それが賢明ね」
荒い鼻息で、凉下はスーツの背中を見送る。
浅霧は、ずっと横で見ていて、
「…………なんていうか。すごいな。お前」
「当然よ。私の大事な茜にチョッカイをだそうだなんて、どんな女の人でも、マスコミが相手でも許さないんだから。この今井凉下様がついている限りね」
「じゃあ、もう『浅霧』なんていらないんじゃないか? この館に?」
と。
そんなことを口にしていると、ざわざわとホールの喧噪が大きくなってきた。
どうやら、パーティの開催時刻が迫ってきたらしい。




