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魔法工芸の鑑定師  作者: 紫陽花の鼬
一章 『彼の者は(~His name is……~)』
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04一ノ瀬のご令嬢


          4


「あ。あ、あの。い、いち、一ノ瀬……」


 すうっと。息を吸う。

 白い肌の頬に、赤みがさした。


一ノ瀬、茜(いちのせあかね)と申します――っ! よ、よりょしゅく……じゃない。よろしく。お願い致します」


 駅のロータリーで出迎えたのは、そんな着物の少女だった。

深々と頭を下げる、その所作はまさしく大和撫子。黒く艶のある髪が、日本の美というものを体現している。


「あ……うん。その、よろしく」


 そんなにされると、浅霧まで気まずく言うしかない。

 場所は、電車から降りた駅前。

 迎えの黒い車は――リムジンというやつ。なのだろうか。彼女の後ろに待機しいていた。生まれてこのかた乗ったことのない車は、てらてらと光沢をもった、未知の異形として浅霧の目に映っていた。


「そ、その。ふつつかものではありますが。なにとぞ。なにとぞ――平に。ご容赦をもちまして。浅霧様、茜をお導きください」

「は、はあ」


 また、深ーく頭を下げられる。

 どうして、彼女はこんなに丁重なのか。

 凉下が、隣で耳打ちしてくる。


(――彼女ね、極度のあがり症で。病弱な子なの)

(……ははぁ)

(すぐに具合が悪くなるから、あんまり人前に出たことがなくて……。それに、うちは女子校だから『男の人』にも慣れてなくって)


 今どき、いるものだな。と思った。

 こんな絶滅危惧種みたいな、箱入り令嬢が。

 要するに、凉下が補足を入れてきたのも、この『人見知り』っぷりを考慮してほしい。ということだろう。


(……優しくしろ。ってことか)

(あら。察しがいいじゃない。さすがは『鑑定師』)

(鑑定師じゃなくても、そのくらい分かる)


 苦くなる。微妙に褒めてないだろ、と思った。


「にしても、えっと。その……一ノ瀬さん、か? なんか、俺なんかにそこまで丁寧にしなくてもいいんじゃないかな。折り目正しく出迎えてくれなくても」

「いえ。いえいえ、いえいえ! そんな! あの浅霧様を、むげになどできません!」


 と。激しく手を振られてしまった。


 …………『あの』、浅霧様……?


 一ノ瀬茜は、精一杯の笑みで、


「浅霧様のお噂は、かねがね! 『月の島の人魚事件ムーン・オブ・マーメイド』や、海外での『無人の御者事件(フロー・キャブリオレ)』。皇室が関わられたという『天魔の揺り籠事件(ザ・デーモンケージ)』――警察でも手が出せなかった難事件を、次々と解決していったという凄腕の鑑定師様ですよね?」


「え、えっと……」


 たじろぐ。

 隣を見る。すると、凉下はやや気まずそうな顔で、目をそらせていた。

 凄腕の鑑定師じゃなくても分かる。…………原因は、こいつだ。

 浅霧は「ちょっと来い」と。彼女を駅前の物影に連れ込んだ。田舎駅によくある、自販機の列だ。


「……どーいうことか。説明してもらおうか」

「だ。だから。悪いとは思ったわよ」


 凉下は、目が泳いでいる。


「だって、予定ではあなたのお祖父さんを連れてくるつもりだったし。前振りっていうのかな。すっごい鑑定師が来るから、待ってて。…………っていっちゃったの。茜に」

「なんでそんなウソつくんだよッッ!?」

「う、ウソじゃないもん! その時は、本気だったんだもん!」


 彼女は涙目になる。


「私にとって……その。お友達と言ったら、茜とフランチェスカだけだったんだよ。フランチェスカを見せていた彼女には、やっぱり、『鑑定師』と知り合いだったってことも自慢したいじゃない……?」

「? ってことは。あの子も、魔法工芸品の存在を知ってるのか?」

「ま、まあ。一応」


 浅霧の興味が他にうつったことに、若干ホッとする少女。

 が、残念ながら浅霧は忘れるつもりはない。今はとりあえず必要な情報を優先させているが、この件については後でキッチリ制裁させてもらう。


「……魔法工芸品を知ってる。といっても、実際に動く『現物』は私のフランチェスカしか知らないはずよ。さすがに、あなたの洋館みたいにごろごろ呪いの道具が動いているなんてあり得ないし」

「まあ。そりゃそうだ」


 あんな風に魔法工芸品が日本中にあふれたら、その日から世界の常識は変わってしまう。


「彼女――茜は、今。困り事を抱えているらしいの。そして、それは世間で言う『怪奇現象』に位置する類のもので――。だから、彼女はいくつもの難事件を解決している鑑定師の惣一郎さんを頼りに、私にお願いしてきたの」

「……ふむ」

「い、今さら。『いなかったです』――って。言えないのよ!」


 小声で、開き直る。切羽詰まっていた。

 二人は、自販機の裏で、駅前のロータリーを見る。

 そこには、「?」と。

 にこにことした笑みを絶やさず、ずっと待っている一ノ瀬茜の姿が見えた。


「…………ぐ。なんか、関係ない俺まで心が痛む……」

「で、でしょう? 彼女、信じるを知って疑うを知らないの。そういう女の子なの」


 ――だから、お願い! と。

 凉下は、パンッ!! と両手を合わせてきた。


「あの子の。せめて、あの子の夢と希望だけは打ち砕かずに――あなたは『浅霧』として今回の依頼を解決して! この通り! 一生のお願いっ!」

「…………安っすい一生だなぁ」

「お願いよ! 私にできることなら、なんでも協力するから! 幸いなことに、あの子は私が『浅霧』『浅霧』言い過ぎて、下の名前はそんなに知らないの。浅霧惣一郎じゃなく、浅霧循として動いてもなんの問題もないのよ!」

「…………」

「お願い! お願いします浅霧様! 浅霧大明神さま!」


 浅霧は、息をついた。

 どうせ、ここでいっても仕方がないのだろう。それになんの実績もない浅霧が、鑑定師という名前で、例の別荘で動きまわるのも難しいように思えた。依頼がなんなのか分からないが、とりあえず祖父の名前は、使えるだけ使っておこう。


「……。これっきりだからな」

「! い、いいの!?」

「どっちみち、『ノー』の選択肢はなさそうだし。その代わり。バレそうになったら、きちんとフォローしろよ」

「う。うん! 分かった。超分かった!」


 がくがくと頷く。

 ……まったく、調子がいい。そう思ったが。まあ、どうせこの件だけの付き合いだ。

 彼女が浅霧についてどう思っているのか知らないが、浅霧は『助手』を取ろうなんて、これっぽっちも思ってなかった。そんな立派な人間でもない。彼女はあくまでも、『他人』だ。依頼だけをさっさと解決して、それだけでこの縁は終わる。

 浅霧に、今後も彼女と関わろうとする意志はなかった。


「……あ。それと。後から俺を追っかけて『連れ』が来ると思うから。そのときはよろしくしてくれ」


 浅霧が言うと、彼女は不思議そうに首を傾げて、


「? 知り合い? お友達?」

「……まあ。なんて言うか。浅霧(うち)とは腐れ縁みたいなやつだ」




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