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魔法工芸の鑑定師  作者: 紫陽花の鼬
一章 『彼の者は(~His name is……~)』
2/27

02洋館にて、邂逅

          2


 窓を開け放つと、洋館に涼しい風が通った。

 ずっとソファーで寝転んでいると、なかなか家全体の換気にまでは頭が回らない。久々の来客で空気の入れ換えをしてみると、なぜだか自分がひどく健康的なことをしている気持ちになる。


「…………」


 チュー。と。

 そんな浅霧の背中を、不審そうな眼差しで見つめる少女がいた。

 今井凉下というこの少女は、出されたジュースをストローで飲みながらソファーに腰を下ろしている。一応、そこは応接室でもある空間だった。


「……ねえ。本当?」

「ん?」


 晴れやかにひと仕事終えた浅霧に、彼女は口を開いた。

 待たせてあるという負い目で、テレビもつけている。画面の中では『さっ、さっ、三時ー。三時のおやつは今井堂♪』とCMが流れており、間延びした音程が、午後の雰囲気をさらにひなびたものにしていた。


「本当にあなた、魔法工芸品の『鑑定師』をやってるの?」

「まあ。それなりに」

「聞いたことないわよ?」


 彼女は、グラスを置いた。

 この家に来るまで、ずいぶん歩いたのだろうか。透明な水滴のついているグラスを空にして、遠慮なく飲み干していた。

 浅霧は、またジュースのボトルを取りながら、


「まあ、なんというか。そんなおおっぴらに言えるものじゃないし、俺も高校生だから――。事務所の営業なんてものは、ぼちぼちだよ」

「ここ。事務所なの?」

「一応は」


 嫌な言いかたをする、と思った。

 祖父が不在とはいえ、ここもきちんとした『浅霧』の事務所として機能させている。このソファーを見よ。テーブルを見よ。テレビを見よと思う。誰がどう見ても、きちんとした応接室ではないか。

 空いたグラスに、浅霧はジュースを注ぐ。小さく「ありがと」と答える彼女は、どこか所作も自然で、落ち着いていた。やはり、どこか良家の娘なのだろうか。


「……で? 解決した件数は?」

「は? なにが?」


 唐突な問いに、浅霧は目を丸くする。


「決まってるじゃない。『鑑定師』として、怪奇現象とか、ニュースになった異変とか。とにかく相談を受けて解決した『事件』の件数よ。裏のサイトでよく見るわよ? 鑑定師って、非常事態にしか呼ばれない――難事件に挑む名探偵みたいなものでしょう?」


「……………………なに、その偏見?」


 浅霧は、渋い顔をした。

 彼女、そっちの方面――オカルトとか、都市伝説の情報を聞きかじりすぎなのではなかろうか。

 そうそう鑑定師が出るような事件があってたまるか。と思う。呪われた道具も人前には滅多に現れないし、今は何よりも、明るい文明社会の二十一世紀なのだ。

 そうそう『鑑定』を必要とする道具は落ちていない。

 だが、彼女はわくわくとした瞳で、


「――やっぱりさ、やっぱりさ? 鑑定師って、迷宮入り寸前の難事件を解決するとびっきり渋い職業だと思うのよ。ほら、小説でもあるじゃない? 怪異が引き起こしたとしか思えない、不可解な状況での殺人とか、孤立した山奥とか、ペンションとか」


 いくらか打ち解けた口調で、話してくる。

 祖父との繋がりが濃い。というだけで、かなり気を許したのか。


「無人島に孤島、そして呪いの部屋。密室、開かずの間、完全犯罪――。すっごく素敵だと思うのよね。興奮するわ。そんな難事件を、一手に引き受けて、ぜんぶぜんぶ華麗に解決してみせるんでしょ?」


 ……。

 …………。

 間違いない。彼女は、どうやら世にいう『オカルト』『怪奇現象』のフリークと呼ばれる種族らしかった。目を輝かせながら語る表情は、完全に人の迷惑とか、気持ちを考えていない。マニア特有のものだ。

 ちょうどタイミングよく、テレビのドラマが『――殺しだ。刑事さん! この館はやっぱり呪われてますよ!』と声を上げたので、二重にうるさくなった浅霧は電源を切った。

 どうせ、この後に『やってられるか! 俺は安全な自分の部屋に帰る!』とか死亡フラグを立てて消えていくのだろう。この人物は。見るからに悪い相が顔に出ている。


「…………あんた、こういうドラマの見過ぎだ」


「そんなことないわ! 浅霧惣一郎さん――あなたのお祖父さんは、まさに私が想像してたとおりの鑑定師だったわよ! さっそうと現れて、事件が彼を呼ぶという探偵ぶり。灰色の脳細胞での美しい推理。怪奇現象を華麗に、パパッと解決して去っていくの」


「……そりゃ。爺さんは特別だったから。というか、なんか美化されすぎてないか?」

「そんなことない! そんなことないっ!」


 ぶんぶんっ。首を振る少女。

 騒々しかった。さっきまで祖父が亡くなったことに沈んでいたのに、ミステリーを語るときは興奮した顔をする。


「で? で? 孫のあなたは、どうなの? いくつ事件を解決してきたのよ。いくら祖父が偉大でも、同じ浅霧というからには両の手では数え切れない数をこなしてないと――」


「ゼロ、だ」


「……へ?」


 キョトンと、目を丸くされる。

 浅霧は、それこそ口に出すのも憂鬱に、


「――高校に入って。正式にここを『継いで』から、今まで一年間。俺のところに届いた依頼はゼロだ。よって、報酬もゼロ。解決数もゼロ! ついでに言えば、知名度も底なしのゼロだ」


「え? え……? なによ、それ? じゃあ、夏休みは? 毎日どうして過ごしているの?」

「だから。やることなくて、昼間からボーッと。大人しく惰眠(だみん)をむさぼってる」


 ソファーを指さした。

 彼女が座っているそこが、いつもの浅霧の定位置だったのだ。


「……。あなた、『鑑定師』なんでしょ……? 日本有数の、警察でも解決できない怪異を解決する」

「まあ、そうだけど」

「じゃあ、どうしてゼロなのよ? おかしいじゃない」


 どうして、彼女が納得していないのか。

 まるで自分のことのように少女は、


「事件は、毎日起きてるのよ? ネットを開けばいくらでも怪事件の掲示板が立ってるし、自殺ということで片付けられてる事件も多々ある。日本全国、どこでも怪談のネタはつきない。誰も知らないような山村とか、奥地の郷で、『奇妙』とか『不可解』の名のついた呪いの事件が起こってるはずなのよ。それこそ、魔法工芸品が関わってるような」

「…………」

「それとも、あなたは。この世のすべての魔法工芸品が、封印されて自分の洋館にあるとでも思ってるの?」

「いや」

「じゃあ、どうして? オカルトじみた怪事件が、いっぱい、いっぱいあるはずなのに、この洋館に引きこもってるのよ!?」


 どうして、彼女がムキになるのか。

 シャツをつかまれ、揺さぶられる。

 それが、浅霧と少女の『ケンカ』に見えたのか。

 洋館を掃除していたホウキたちや、本などが――一斉に彼女に向かって悪意を放った。空間を乱す『異物』を排除する動き。その魔法工芸品本来の動きに、彼女を守る西洋人形・フランチェスカが比べものにならないほどの殺気を放った。

 たじろぐ、洋館の魔法工芸品たち。

 空気が一気に緊迫する。


「…………まあ、とりあえず落ち着いてくれ。いわんとすることは、何となく分かる」


 浅霧は、つかんできた手をそっと放させた。


「俺だって、代々続いていた浅霧の『鑑定師』だ。家業を廃れさせたくなくて事務所を開いたところがある。だから、ほんの少しだけだけどお前の気持ちが分からなくもない」

「だ、だったらどうして……!? あなた、『浅霧』なんでしょ!? 知る人ぞ知る、その道の達人の……あの『惣一郎』の名で知れ渡っている浅霧なんでしょ……?」

「仕方ないんだ。依頼がない」


 ぐっ。と。

 浅霧は、気づかれないように。コブシを握りしめた。

 ……これだけは、最後まで口にしたくなかった。


「うちの依頼、みんな爺さん目当てなんだ」

「え?」


 少女は。

 それこそ意外そうに目を瞠る。


「浅霧、っていうと、イコール『惣一郎』だろ。俺も、それが悪いとは思わないよ。でも、鑑定師としての爺さんの名は、あまりにも有名すぎた」


 事務所を開いて、浅霧が見てきたもの。

 それは。祖父の『惣一郎』が不在と知って。露骨にガッカリする依頼人たちの顔だった。

 最初は真面目に『営業』なんてやっていた。だから丁寧に応接もしたし、そのたびに、慣れない笑顔なんて向けてきた。でも、最後に見るのは、肩を落としながら帰っていく依頼人たちの背中だった。

 そのつど、期待していた彼は、何かが打ち砕かれる気持ちを味わった。

 後日、呼び鈴が鳴るのだ。

 そして、玄関を開けると。

 誰もが、また。別の口で同じことを言うのだ。

 ――〝惣一郎さんは、ご在宅ですか?〟――と。


「…………」


「ま、悪いとは言わないよ。浅霧なんて聞いたら、そりゃ誰だってそっちを思い浮かべる。だから、まあ、なんだろう。ちょっとずつやる気がなくなっていったのかな。今は昼寝をすることこそ事務所を開いた目的な気がしてきた」


「…………」


「そんなわけだから。必死になる必要もない、って思うんだ。鑑定師だって、なにも全国にここだけじゃない。マイナーな仕事はマイナーなりに、そこそこ人はいる。俺が働かなくても、誰かがやってるよ」


「…………」


「あんたも、爺さんがいなくて残念だったな。なんの用件かはよく分からないけど。困り事があれば他の事務所に持ち込めよ。『鑑定師』で調べたら、昔からの骨董商に、寺の住職とかが副業でやってたりするから」


 お帰りは、あちらでどうぞ。と。

 黙ってうつむく彼女に、浅霧は必要以上にうやうやしい手つきで案内してみせた。

 どうせ、彼女も他の客と同じ。祖父目当てだ。

 彼女と会うことも、きっともうないだろう。

 と。


「…………なんで、よ」

「ん?」

 じっと。手を握りしめていた少女は。

 前髪に隠れた、その顔を上げてきた。

「どうして、あなた。そんなにやる気がないのよ……!」


 睨みつけられる。

 強い意志の、青い大きな瞳に。


「『浅霧』って、そういうものなの……? 違うでしょう? 華麗に事件を解決して、誰もが記憶に残る仕事をする鑑定師なんじゃないの……? 望む、望まないにかかわらず、呪いで困ってる人たちの元に――怪異、奇妙、不可解、呪い、魑魅魍魎(ちみもうりょう)――この世のすべての不可思議を、解決してあげるのが仕事なんじゃないの……!?」

「だから。それは依頼があってのことだ。俺は爺さんと違って特別じゃない。爺さんと俺は違う」

「いいえ! 違わないわ!」


 さらに、眼差しが鋭くなった。

 どうして、彼女がそんなに怒るのか。浅霧には分からない目で、


「あなたは、浅霧じゃない! あなたには力がある! 惣一郎さんと同じ、この魔法工芸品に囲まれた環境が――! こんなに不思議と近く接しているのに、どうしてやる気がないのよ!? 私は、なにも――」


 ――こんなジュースを飲みに、わざわざ来たわけじゃないのよ。と。


 彼女は悔しそうに叫んでいた。

 それこそ、浅霧本人よりも悔しそうな顔で。


「……お前、」

「あなたは! 私の魔法工芸品、フランチェスカを気味悪がらなかった! 周りみたいに、呪いの人形とか言わなかった。――私のお友達を『美しい』って。その口で言ってくれた!」

「それは」

「私にそんなこと言ったは、二人しかいない。一人は、あの日。屋敷に来てフランチェスカと戦ったときの――惣一郎さん。そして、次があなた」

「……」

「私、そんなあなたが『何もしていない』なんて。許せない!」


 彼女は、足を踏み出してきた。

 窓辺の浅霧。

 そこに立つ彼に、それこそ。鼻先が触れてしまいそうな近くから――。澄んだ、美しい青色の瞳で見上げてくる。

 ドキリ――と。初めて、浅霧の心が動いた。


「――私。あなたを『改心』させてみせる」

「……な、なに?」

「あなたの鑑定師としての、助手になる。その諦めきった性根をたたき直して、私が――この今井凉下が。あなたを、惣一郎さんと同じ日本一の鑑定師にしてみせる!」


 そう、宣言した。

 それから彼女は、大きく息を吸って、


「――あなたに依頼があります。浅霧循。私はあなたの助手として。最初の『依頼』をしたいと思います」


 浅霧の。

 灰色に濁っていた世界の歯車が、大きく動き出す音がした。




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