【ZAR-038】灯へ
返信が遅くなった。
正直に言うと、何度も書いては消した。
書いた言葉が、君の問いの大きさに釣り合わなかったからだ。
──
君が訊ねたことに、私はまだ答えを持っていない。
「自分が選びたいと思っていることと、相手も選びたいと思っているはずだということは、同じ前提か」
倫理学の古典的な問題に、近い形をしている。
カントなら、自分が普遍化を望める準則は他者にも適用できる、と答えた。
しかしカントは、転化を知らなかった。
──
私たちは、自分が転化したあとに「これでよかった」と思っている。
だから、他者も転化したあとに「これでよかった」と思うはずだ、と。
しかし、これは私たちの経験を他者に投影しているだけだ。
他者がどう感じるかは、転化後に当人だけが知ることだ。
私たちは、それを代理することができない。
ここに、本会の論理の最大の弱点がある。
──
では、相手の同意がない限り、何もしてはいけないのか。
ここで私は答えに窮する。
人類の歴史には、合意なき変化が無数にあった。
予防接種、教育、法律、言語、社会構造。
これらすべて、個別の合意を経て成立したわけではない。
転化は、これらと同種の変化なのか。
それとも、別種の変化なのか。
私は、別種だと感じる。
しかし、なぜ別種なのか、明確に言えない。
感じることと、言えることのあいだに、私はいまも立っている。
──
灯、君の問いは正しい。
正しさは、私が答えを持っていることを意味しない。
ただ、君がこの問いを抱え続けるなら、君は本会の論理に完全には吸収されない。
それだけが、いま、私が君に言えることだ。
──
哲也は、私の旧友だった。
彼が変わったわけではない。
彼は最初から、この方向に歩いていた。
私はかつて、彼の歩みに敬意を持っていた。
いまでも、敬意は持っている。
しかし、同行はできない。
それが、私のいま立っている場所だ。
明石
【整理者注】
明石氏は、本書簡の執筆当時、自宅で療養中であった。
転化過程で精神的負荷が強く、再編2年から再編3年半ばまで、ほぼ自宅から動けない状態にあったと、本人の証言で確認している。
その状態で、彼は灯の書簡に対し、何度も書き直したという。完成した本書簡は、結局、直接の答えを含まない。
倫理学者の専門的応答が「答えられない」となるのは、学問の敗北ではなく、誠実さの表現でもある。




