第29章 深追い 〔冒険者視点〕
山頂の岩壁に、亀裂が口を開けていた。
聞いていた通りの場所だった。
ガルドが振り返ると、支援と予備の者たちは、少し手前で足を止めていた。
ここから先は、本隊だけで進む手筈になっている。
「では」
短く言い合って、隊列が動き出した。
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先に動いたのは、ゼインだった。
誰にも声をかけず、亀裂の中へ入っていく。
ロウェンが小さく舌打ちした。
「律儀に足並み揃える気は、本当にないんだな」
「好きにさせろ」
ガルドは前を見たまま言った。
「あいつが暴れて、俺たちが手薄になった分を突かれる方が困る。別行動なら、それでいい」
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リサが先頭に立った。
「入って、すぐの部屋に罠がある」
「暗くなる罠、だったな」
ダンが確認した。
「それと、落とし穴が二つ。あと、毒の霧」
「覚えてる」
ミラが頷いた。
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亀裂をくぐった。
暗さに、目が慣れるまで少しかかった。
先頭を、リサが進む。
「まっすぐ、五歩」
声に従って、隊列が進んだ。
その直後、視界が完全に消えた。
「止まれ」
ガルドが声を張った。
隊列が止まった。
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「これが、暗くなる罠か」ロウェンが低く言った。「聞いてたより、質が悪いな」
「動くな。焦って動くと、落とし穴に落ちる」
リサの声は、闇の中で落ち着いていた。
「今、五歩進んだ位置。ここから右に寄ると、危ない」
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隊列の後ろの方で、足音が乱れた。
ダンが、隊列の間隔を詰めようとして、右へ寄っていた。
床が抜けた。
「――っ」
短い悲鳴と、落下音。
「ダン!」
ミラが叫んだ。
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「動くな」
ガルドが制した。
「一人で助けに行けば、二人が落ちる。声は届いてるか」
「……聞こえます」
穴の底から、くぐもった声が返った。
「怪我は」
「足を、少し。動けます」
「上がってこい。ゆっくりでいい」
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視界が戻るまでの間、爪を立てるような音が続いた。
やがて、暗闇が晴れた。
ダンが、穴の縁に手をかけて這い上がってきていた。
膝が擦り傷だらけになっている。
「悪い。焦った」
「無事なら、いい」
ガルドが手を貸して引き上げた。
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その先、霧が薄く漂っていた。
セリアが、袖で口元を覆いながら顔をしかめた。
「毒の霧か。面倒ね」
軽く咳き込んだ。
一瞬遅れて、ミラが杖を振った。
小さな風が、霧を押し流していく。
「大丈夫?」
「……平気。ありがと」
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通路に入ると、床に薄く光る印が三つ並んでいた。
「これは」
「魔法陣。踏まないで」
リサが即座に言った。
「三点。全部、避けて通る」
隊列は、壁際に体を寄せて通路を抜けた。
誰も、印には触れなかった。
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通路の先に、開けた部屋の気配があった。
リサの足が、そこで止まった。
「ここからは、私は知りません」
ガルドが振り返った。
「戻れ。入口で待機」
「……はい」
リサは、迷わなかった。
一礼して、来た道を戻っていった。
その背中が、暗がりに消えるまで、
ミラがしばらく目で追っていた。
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部屋に踏み込んだ瞬間、影が動いた。
「来る――」
セリアの声と同時に、
雷を纏った獣がガルドの背後に現れた。
牙が、首筋へ向かった。
ガルドは反射的に盾を持ち上げた。
だが、間に合わない角度だった。
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ロウェンの剣が、獣の胴を薙いだ。
獣が横に弾かれ、床を転がった。
「悪い、助かった」
「礼はあとだ」
ロウェンが構え直しながら言った。
「まだ来る」
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獣が体勢を立て直し、通路の奥から直線に突っ込んできた。
「盾!」
ガルドが咄嗟に盾を構えた。
雷が、盾を通して腕まで走った。
体が硬直した。
「……くっ」
動けない。
視界の端で、二撃目の構えが見えた。
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ロウェンが割って入った。
双剣で、突進を受け流す。
刃を通して電流が伝わり、短い呻きが漏れた。
それでも、剣は離さなかった。
刃が、獣の首を深く裂いた。
獣は声もなく崩れ落ち、動かなくなった。
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天井から、何かが降ってきた。
「アラクニア……!」
ミラが叫んだ。
糸が、麻痺の解けきらないガルドの首元へ伸びる。
セリアが、迷わず炎を放った。
火球が、蜘蛛の脚に直撃した。
脚が一本、焼け落ちる。
蜘蛛は苦鳴を上げ、天井へ這い戻った。
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「……効いた」
麻痺が解け、ガルドが盾を構え直した。
その正面に、白い輪郭が浮かび上がった。
「もう一体か」
半霊体の姿。
「守護してるものがある、って顔だな」
ロウェンが低く言った。
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「来る」
セリアが警告と同時に光弾を放った。
輪郭を、光がすり抜けた。
命中しない。
「効いてない……!」
「魔法が全部効かないわけじゃない。運が悪かっただけだ」
ガルドが前へ出た。
「削り切るぞ」
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盾がガーディアンの拳を受けた。
軋む音。
腕に痺れが走る。
「重い……!」
「下がるな」
ロウェンが横から斬りかかった。
拳がいなされる。
だが、二人がかりで、確実に押している。
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セリアとミラが、後方から交互に光弾を撃ち込んだ。
一発、また一発。
輪郭が、少しずつ薄くなっていく。
その分、圧のようなものが部屋に満ちた。
肌が痺れる感覚だった。
「これ、なに……」
ミラが顔をしかめた。
「気にするな。撃ち続けろ」
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拳が、ガルドの盾を捉えた。
盾の縁が、大きく歪んだ。
「あと少しだ……!」
ロウェンが叫んだ。
双剣が、いなされながらも輪郭を削っていく。
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ひときわ強い光弾が、正面から突き刺さった。
輪郭が、大きく揺れた。
「今だ」
ガルドが最後の力で踏み込んだ。
盾の角を、中心に叩き込んだ。
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白い輪郭が、霧のように散った。
静寂が落ちた。
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四人が、その場に座り込みそうになった。
肩が上下している。
ガルドの腕は感覚が薄い。
ロウェンの肩からは、まだ血が滲んでいる。
セリアとミラは、魔力を使い切った顔をしていた。
「……終わった、か」
ダンが、部屋の入口で息をついた。
ノアは、剣を握ったまま、震えを堪えるように立っていた。
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「片付いたとは言えない状態だな」
セリアが、乾いた声で言った。
「これだけ削られて、まだ奥に行く気?」
「行く」
ガルドが即答した。
「……本気で言ってる?」
「ここで退けば、これだけ払った意味がなくなる」
ガルドは、倒れた獣たちを見渡した。
「Aランクまで動かして、俺たちが持ち帰るのが『傷を負いました』だけじゃ話にならない。最低でも、奥に何があるか確かめる」
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「四人がまともに動けない状態なのよ、これ」
セリアが食い下がった。
「分かってる」
「分かってて言ってるの」
「だからだ」
ガルドの声が、低くなった。
「今、退いても、次に来る時にはもっと強くなってる相手を、もっと消耗した状態で相手取ることになる。今、確かめられるところまで確かめておく方がいい」
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沈黙が落ちた。
ミラが、小さく口を開いた。
「……ノアは、まだ動けそうです」
「俺は、大丈夫です」
ノアが、少し慌てて言った。
その声に、無理をしている響きがあった。
誰も、それを指摘しなかった。
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「行くぞ」
ガルドの言葉に、反論は出なかった。
隊列が、奥へ向けて動き出した。
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療養中の何かがいる部屋の脇を、
足早に通り過ぎた。
下層へ続く、急な傾斜があった。
一列になって、慎重に降りていく。
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下りきった先は、広い空間だった。
正面に、一本の通路が伸びている。
「また、真っ暗になるパターンか」
ロウェンが、うんざりした声で言った。
分岐点に差しかかった瞬間、
その予感は当たった。
視界が消えた。
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「……また、これか」
ガルドの声に、疲労が滲んでいた。
「中央を進む。壁伝いに」
隊列が、慎重に中央を選んだ。
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暗闇の中、左右から金属の擦れる音がした。
「――何か、いる」
セリアが警戒の声を上げた。
その直後、剣を構えた白骨の姿が、
左右の折れた通路から同時に現れた。
一体が中央へ、
もう一体が隊列の後方へ回り込んだ。
「挟まれた……!」
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視界のない中での戦闘だった。
ダンが、感覚だけを頼りに短剣を構えた。
前から迫る気配へ向けて、振るった。
手応えがあった。
だが、返された一撃が深かった。
「ぐ……っ」
膝が崩れた。
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「ダン!」
ミラの声が響いた。
だが、闇の中では、どちらへ向かえばいいのかも分からなかった。
短い呻きのあと、
それきり、ダンの声は聞こえなくなった。
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後方の一体が、ミラへ向かって剣を振り下ろした。
「危ない――」
ノアが、間に割って入った。
剣で受けた。
刃が、深く食い込んだ。
「ノア……!」
「……大丈夫、です」
震える声だった。
もう一撃が来た。
ノアの体が、崩れ落ちた。
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視界が戻った。
六人だった隊列が、四人になっていた。
倒れた骸骨剣士が一体。
もう一体は、深い傷を負いながらも、
まだ剣を構えていた。
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「戻る」
ガルドが、迷いのない声で言った。
「今度こそ、戻る」
誰も、異論を挟まなかった。
来た道を、四人で駆け戻った。
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だが、通ってきたはずの通路の先に、
石材の壁が立ちはだかっていた。
見覚えのない壁だった。
いつの間にか、通路そのものを塞いでいた。
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「――なんだ、これは」
ロウェンの声に、初めて焦りが混じった。
盾で叩いた。
押した。
びくともしなかった。
「開かない……!」
「落ち着け」
ガルドの声も、震えを隠しきれていなかった。
「別の道が、あるはずだ」
なかった。
前方には、深手を負った骸骨剣士。
背後には、閉ざされた壁。
逃げ場は、どこにもなかった。
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セリアが、震える手で杖を構えた。
「……まだ、やれる」
声とは裏腹に、魔力はほとんど残っていなかった。
放った光弾は、力なく消えた。
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骸骨剣士が、剣を構えて踏み込んできた。
一撃が、セリアの腹を貫いた。
「……あ」
短い声だけが漏れた。
その体が、崩れ落ちた。
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「セリア!」
ミラが駆け寄ろうとした。
だが、二撃目が、その背を捉えた。
「――」
声にならなかった。
ミラも、そのまま動かなくなった。
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「くそ……! くそっ……!」
ロウェンが叫びながら剣を振るった。
出血と疲労で、動きはもう鈍っていた。
骸骨剣士の一撃が、脇腹を裂いた。
膝が崩れた。
もう、立ち上がれなかった。
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残ったのは、ガルド一人だった。
盾は、とうに割れていた。
それでも、剣だけは手放さなかった。
「……こんなところで」
呟きが、闇に溶けた。
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骸骨剣士の剣が、最後に振り下ろされた。
ガルドは、それを避けなかった。
避ける力が、もう残っていなかった。
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閉ざされた通路に、物音が消えた。
石の壁は、何も語らず、そこに在り続けた。
■ あとがき — 第29章 ダンジョンレポート
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【ダンジョン構造(変更点)】
変更なし(人物視点章・第25〜26章と同一の出来事を冒険者視点で再構成)
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【戦力配置(変更点)】
変更なし(PT・討伐数・功績・維持費はすべて第26・27章で計上済み)
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【PT収支】
変動なし(人物視点章のため。実数は第26章メモ参照:本隊6名全滅+35PT)
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【本隊6名 死亡順・詳細(第26章の凪視点記述を補完)】
1. ダン(弓/斥候・Cランク):2F前半通路、正面の骸骨剣士との一撃交換で戦死
2. ノア(見習い剣士・Dランク):同・ミラを庇って後方の骸骨剣士に討たれる
3. セリア(攻撃魔法・Bランク):隔離壁前、深手を負った骸骨剣士の一撃で戦死
4. ミラ(補助魔法・Cランク):同・セリアを庇おうとした直後に戦死
5. ロウェン(双剣・Bランク):同・出血と疲労により力尽きる
6. ガルド(盾・リーダー・Bランク):最後まで抵抗するも力尽きる(本隊最後の生存者)
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【重要イベント】
■ 入口の間・トラップの通過
ダンが落とし穴に落下(軽傷・自力脱出)、毒霧をミラの風魔法で払う、連鎖爆炎魔法陣はリサの案内で回避
■ モンスターの間の激戦(死者なし・全員負傷)
サンダーウルフの奇襲・雷突進をガルド・ロウェンが受け止め撃破
アラクニアの奇襲をセリアの火球で撃退(脚一本を焼く)、ゴースト・ガーディアンを四人がかりで撃破
■ 進撃続行の決断
ガルドが「ここで退けば意味がない」と判断し、セリアの反対を押し切って2Fへ進撃
この判断が全滅の直接的な引き金になった
■ 2F前半通路での挟撃・2名戦死
■ 隔離壁前での包囲・残り4名全滅
退路の隔離壁が既に閉鎖されており、前方の骸骨剣士と背後の壁に挟まれる形で全滅
■ リサ、唯一の生存者
モンスターの間の手前でガルドの指示により離脱・入口で待機していたため難を逃れた
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【通貨変動】
変動なし




