第4話:靄の先の景色
『じゃあ、今日はここ使って』
そう言われて俺は、
柚月さんに、
店の奥、開かれたドアの先へと案内された。
―――アレから俺は、
俺のオムライスと、半ば強引に交換させられた
オムライスとスプーンを柚月さんのものと交換し、
改めて目の前に出された
もう何口かは食べられたであろう、
半壊状態のオムライスに舌鼓を打っていた。
如月さんはと言うと、厨房から戻ってくるなり、
テーブルの上の異変に気付いたのか、一瞬怪訝そうな顔をしていたが、
すぐに状況を察したのか、
『……はぁ』
と、小さくため息をついたのち、
自分の席へと腰を下ろし、黙々と自分の分の料理を食べ始めていた。
…俺は久しぶりに、
自分以外の誰かと囲む晩御飯の味を、味わっていた。
ーーー
ーー
ー
三人で食事を楽しんだあと、
『今日はもうこんな時間だから』
と、食後に出されたチーズケーキとアイスティーを口に運びながら、
柚月さんが気を利かせてくれて、
俺は一晩、「喫茶らぶろあ」に泊めてもらえることになった。
「・・・・。」
行く当てがないこと、ここで雇って欲しいと言うことを
まだ言い出せずにいた臆病者の俺には、ありがたい申し出だった。
明日への不安がチラついたまま、
俺は部屋の内装を見回した。
見たところ、
通されたのはどうやら、スタッフ用の休憩室らしかった。
壁際に置かれた掃除用具などはきちんとまとめられ、
棚にはお店で使うのであろう備品が小奇麗に並んでいた。
『ふっふっふっ…、キレイでしょぉ。
なんたってウチには、お掃除のプロ! が居るからね!』
柚月さんは誇らしそうに、
そのデカイ胸……ではなく、他人の功績を自慢してきた。
「なるほど…。納得しました。」
『うんうん!
そうでしょぉそうでしょぉ。……うん?』
柚月さんは、
何かが喉元に引っかかったような顔で首を傾げ、
今度はうーん、うーんと考え始めてしまった。
「・・・・。」
その間に俺は、部屋の奥へと視線を向けた。
そこには、見た目こそ年季が入っていそうだが、
人一人が横になるくらいには、十分な大きさのソファが置かれていた。
『おら。枕と布団はコレを使え』
「あ、ありがとうございま…す。」
……俺は、
渡された何とも可愛らしい、ファンシーな柄の枕と掛布団に
意識が少し遅れて、困惑していた。
「……あの」
『それしかねぇんだ。我慢しろ』
「いや……その」
『あんだよ。それとも何か?
人の趣味に文句でもあんのか?』
如月さんは、
俺がわざわざ問いを投げかけるまでもなく、
聞きたかった質問の回答を、半ギレという形で、答えてくれた。
ーーーそしてその夜
俺は、トイレに起きた。
薄暗い店の中、
ホールの方から、かすかな明かりが漏れていた。
俺はドアの影から静かに中を覗き見ると、
柚月さんと如月さんと思われる二人の人物の話し声が、微かに聞こえてきた。
『―――どうすんだ? アレ』
『うぅ……、うん…。どうしようかなぁ…。』
『……気持ちはわからんでもないが、
もうここには、あんなもん置いておく余裕は無いぞ』
『うぅ…。
やっぱり、だめ…、かなぁ…?』
『……はぁ。
まあ…その、雪華がどうしてもって言うなら、
あたしも何か手を考えてみるけどさ…』
「・・・・。」
俺は静かに、その場を後にして、
明日からの体力を回復させるため、
早々に布団へと潜りみ、しばしの浅い眠りについた。
ーーー
ーー
ー
「―――では、お世話になりました。」
翌朝。
俺は二人への礼もそこそこに告げて、
喫茶らぶろあを後にすることにした。
『もう行っちゃうんだね…。』
「はい。
晩御飯を頂いただけでなく、一晩泊めていただいて
これ以上ご迷惑はかけられないので」
『そ、そっか……』
そう言って柚月さんは、
少し残念そうにしてくれていた。
如月さんは、
終始何か言いたげな顔をしていたが、
何も言わずに、見送ってくれた。
『…おら』
ただ、
別れの際、如月さんは可愛らしい包みに包まれた
お弁当箱を渡してくれた。
「え……、でも」
『金ねぇって、言ってただろ。
ちゃんと飯食わねえと、野垂れ死ぬぞ』
「ありがとうございます…。」
俺はお辞儀をして、二人に別れを告げた。
「こっからだ。こっから仕切り直そう。……よし!」
俺はカラ元気もそこそこに、
まずはアルバイト先を見つけるべく、
100%まで充電されたスマホを見ながら、まずは駅前を目指した。
ーーー
ーー
ー
「……ありがとうございました。」
俺は、本日何度目かのお礼を述べていた。
もはやもう何度述べたか覚えていない。
10回を超えたところで、数えるのをやめた。
「……やっぱきついよな」
履歴書を書こうにも住所がない。
スマホで求人情報を探しても、
このご時世、住み込みの案件などは一件も見つからなかった。
ーーー
ーー
ー
―――ポツ、ポツ。
その日の夕方は、
しとしとと、屋根を打つ雨音が公園に響いていた。
俺は段ボールを尻の下に敷き、
なんとか雨に当たらないよう、木の幹の部分に体を押し付けるようにしていた。
にゃあ
「・・・・」
足元で丸まっているバロンを軽くなでる。
コイツのおかげで、どうにか体温は保てていた。
―――ポツ、ポツ、ポツ。
雨脚は少しずつ強まりはじめ、
尻に敷いた段ボールも、
じわじわと水を吸って色を変えていく。
それはまるで、俺の逃げ場を塞ぐかのように、
無事だった範囲を少し、また少しと狭めていっていた。
「……っ。うっ……くっ」
喉の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
俺は、情けなくて、
また泣いていた。
昨日も今日も、威勢がいいのは見た目だけで、
何にも成し遂げていなかった。
自分は頭が良いと思っていた。
天才ではなくても、
秀才くらいの頭は持っていると思っていた。
計画や準備も入念にして、
常に2手先くらいまでは考えるようにしていた。
色々な思いが頭をめぐっていると―――
ふと、
さっきまで俺の頭を軽く叩いていた雨粒の感触が、
不意に消え感じがした。
雨が止んだのかと思って、
顔を見上げると、涙でにじむ靄の中に、
いっぱいの赤が広がった。
体が半分濡れた状態で、赤髪のメイドさんが
俺の方に向けて傘を差しだして立っていた。
『……あにしてんだよ。お前は』
先ほどまで単調な音しか聞こえなかったはずの公園に、
いまとなっては、少し聞き覚え始めていた、
雨とは違う音が、耳へと落ちた。
ーーー
ーー
ー
『……ったく。
お前、それまた貧乏神だの言われるぞ』
「じゅびばぜん…。本当に…じゅびばぜん」
俺は渡された可愛らしいタオルを涙と鼻水で濡らしながら、
如月さんと二人で相合傘をして歩いていた。
喫茶らぶろあへ向かう道すがら、
如月さんがこんなことを聞いてきた。
『……あぁそうだ。
お前さ、パソコンとかに強かったりするか?』
「ぅえ…? まあ、得意な方ではあると思います…けど」
『なるほどな』
「……?」
『雪華がお前のスマホ見て、
ゲーミングスマホだーって言っててさ』
「はあ…。」
たしかに、俺の持っているスマホは、
パソコンメーカーが出している所謂ゲーミングスマホ、だった。
上京するにあたって、
高性能な端末があった方がいいだろうと思い、
引っ越し代とは別に新調したのだ。
まあ、
その所為で余計に金欠となっているわけだが…。
『うちの店にもな。パソコンはあるんだが、
店のやつら、みんな使い方がわからなくて困ってんだ。』
「は、はあ…。」
『それで雪華が、お前ならパソコン使えるかもー。って』
「は、はあ…。」
『だから、
雪華は初めからお前を雇うつもりだったんだよ。』
「……。……ぇ」
思わず足が止まりかける。
頭の中で、じんわりと何かが広がった。
「本当…、ですか、それ」
『ああ。ほんとーだよ』
如月さんは前を向いたまま、
ぶっきらぼうに答えた。
『だのにお前ときたら、
カッコつけて威勢よく出ていったと思ったら、このザマだよ』
如月さんは俺の方をチラリと見て、
何日も片付けられてなくて、
腐敗しはじめたゴミを見つけたような目で言った。
「ぅ…。うぇえ……」
『チッ。あーうるせえうるせえ。
泣くな、男なら』
「ご、ごべんなばぃ……」
『あたしに謝るんじゃなくて、
戻ったら雪華に謝るんだな。』
「はい…。
ありがとう…ございます。」
『……ああ。あと。
その弁当箱の包み。それ、あたしのお気に入りなんだ。
あとでちゃんと返せよ。真宮』
春先の夜に降った雨は、
心なしか、先ほどとは少し、勢いが弱まっているような
そんな気がした。
ーーー
ーー
ー
店につくなり俺は、如月さんにまずはその恰好をどうにかしろと、
風呂に入ってくるように勧められた。
「え、でも、如月さんも濡れてるじゃないですか」
『あぁ? ああ、あたしは後でいい』
そう言って、濡れた肩口を軽く払う。
「でも…」
如月さんはため息をついて、言い捨てた。
『だから、お前のそういうところだって言ってんだよ。
あたしはお前と雪華が話してる間に、ゆっくりと入らせてもらうから気にすんな』
いまの俺では、何も言い返せなかった。
「わ、わかりました…。」
すみません。と、俺は小さく頭を下げてから、
店の奥を如月さんに教えてもらったった通りにに進んで、
お風呂場へと向かった。
「・・・・。」
ここで、なぜ喫茶店に風呂があるのか。
などと言う、誰もが思い浮かぶであろう平凡で模範的でありきたりな
面白みに欠ける疑問については、
この際、頭の片隅にでも追いやっておくことにしよう。
暗い中、案内された通りの先で、
脱衣所からの明かりがさしていた。
床を歩くたび、靴下に吸われた水によって足跡ができる。
ズボンの裾も、シャツも、まだまだ冷たく、肌にくっついてきている。
あそこまで行けば、
この気持ち悪さから解放されると思うと、少し顔がほころんだ。
―――ギィイ
夜の静かな店に、
扉の開閉音が、鈍い金切り音として響いた。
俺は脱衣所で早々と衣服を脱ぎ去り、
浴室の扉に手を掛け、勢いよく開いた。
『―――あ。さっちゃんおかえりぃ。
遅かっ…た…ね…。………ぇ』
俺の耳にまた、
少し、聞き覚え始めていた声がした。
「……あ。」
青髪の女性と視線がぶつかる。
俺はフリーズしそうになる頭で、赤髪のメイドさんに言われた使命を思い出していた。
「ご、ごめんなさぃ……」
夜の静かな店に、
少女の悲鳴が、高い金切り音として響いていた。
■あとがき
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