第3話:最後のオムライス
「――な、なんだぁ。そうだったんだぁ。はずかしいなあもう」
青髪の子は頬をかきながら『えへえへ』と照れたように笑った。
「あ、あはは……」
危うく人権を失って神権を得る寸前のところ、メイドさんが事情を説明してくれたおかげでどうにか誤解を解くことが出来た。
「あ! そうだ!」
青髪の子が手をパンと叩く。
「わたしはね、柚月っていうの! 雪華ちゃんでもいいよ。よろしくね」
「遅くなってすみません、真宮です。さっきの、メイドさんに公園でお世話になりまして」
――コトッ。
「そのメイドさんってのやめろ。……如月だ」
そう言いながらメイドさん……、もとい、如月さんが俺の前に料理を置く。
皿の上にはケチャップでハートが描かれた、妙に可愛らしいオムライスがあった。
ぶっきらぼうで性格はキツそうなのに、案外、根っこはものすごく可愛い人なのかもしれない。
「お前いま、性格キツそうって思っただろ」
「そんな……! そ、それより――いいんですか? 僕までごちそうになってしまって……」
「……あぁ。オーナーに感謝するんだな」
喫茶らぶろあのオーナー。
それはつまり――
「え、えへえへぇ……。いやあ。そんなに見つめられると、なんか照れちゃうなあ」
まことに信じ難いことではあるが、俺の目の前でもじもじへらへらと笑っているこの柚月さんがこの喫茶店のオーナーだというのだ。
同い年ぐらいなのに、大したものだ。俺も四畳半でいいから城の主になってみたい。
「ありがとうございます……」
「いいからいいから! それにまだ学生さんでしょ? こんな時間に公園で一人なんて危ないもんね」
でも俺、男ですよ?
そう言いかけたが、ついに口から出ることはなかった。
なぜなら、視界の端には日本刀を携えた黒髪の女性が座っていたからだ。
身長もたぶん、俺より頭一つ分は高いかもしれない。
おい、憲法どこいった。
「なんだろうか」
俺の目線に気づき、黒髪の女性が言った。
「あ……いえ」
俺は完璧に委縮してしまった。
「もう、せっちゃん。自己紹介しないと! マミヤくん怖がってるよ!」
「ぬっ? ――そ、そうか。これは失礼した。絢瀬だ。よろしくたのむ」
「は、はい。よろしくおねがいします……」
如月さんはそんなぎこちない空気なんて意にも返さず、テーブルに手料理を次々に並べている。
「さっちゃんの料理ね。すごくおいしいんだよ!」
如月さんはそれを聞いて少し照れくさそうにしていた。
おそらく、この柚月と言う少女には裏表がない。言ったことはすべて本心なのだ。
だからこそ、この純度の高い誉め言葉が余計に恥ずかしく感じるのだろう。
「んっ――んん。 雪華、デザートは何がいい」
「えっとね! アイスがいいな! へへぇ」
「わかったアイスだな」
……いや、こう見えて案外、策士なのかもしれない。
「そ、それより――マミヤくん!」
「ひゃ、ひゃい! なんでせうか」
唐突にコッチに振られたので、一部の言葉遣いが現代に追いついてなかった。
「そ――ソレ! 仮面バイカーの劇場版限定配布のフィギュア付きストラップ……!」
柚月さんが目をキラキラさせながら俺のスマホを見ている。
俺のスマホには、上半身が裸でムキムキのバキバキな仮面のおさっさんストラップがついていた。
「う、うん」
「バイカー好きなの!?」
正直、そこまで好きではない。ビジュアルが面白かったので出来心で観ただけだった。
確か、映画館によって特典が違ったような気がする。
「いります……?」
「!? ――い、いいの!?」
俺はスマホからストラップを外して、柚月さんに渡した。
映画代の千円と考えても、一宿一飯の恩義としては安い方だ。
よほど欲しかったのか、柚月さんは嬉しそうに暫くストラップを眺めていた。
―――ぐぅううううう
「す、すみません……」
「――あ! お腹空いたよね。食べよっか!」
そうこうしている内に、食事も出そろったようだ。
いただきます。の合図のように鳴った俺の腹の音は、今日に限って言えば、もう鳴ることはないだろう。
ということで頂きまーー
「待て」
「あ、はい」
俺は理解する前にスプーンを置いた。そのスピードはまるで訓練された犬の様だった。
なん……だろうか。一体。
もしかして俺は、なろう系主人公よろしく『また俺なんかやっちゃいました?』みたいなムーブをかましてしまったのだろうか。
この場合『やっちゃった』というよりも『やらかしちゃった』の方があっている気がする分、俺にその適正はないようだ。
……覚えはないが、ここは一旦、とりあえずでも謝っておくことが賢明だろう。それが日本人のわびさび? ってやつだ。たぶん。
「あの、すみません。なにか失礼をしてしまっていたら―――」
「まだおいしくなる魔法をかけてねえ」
「もうしわけ……ぁりま……せ――んんん?」
そう言って、如月さんはぶっきらぼうな顔をしながら、その小さな両手で可愛らしいハートの形とポーズを作っていた。
「おいしくなーれ、ラブちゅっちゅっ」
俺のオムライスに『おいしくなる魔法』がかかった。
同時に俺の脳は固まった。どうやら混乱効果も付与されているらしい。
柚月さんはそれを見て「さっちゃぁん! 今度はコッチコッチ! はやくはやくぅ!」と急かしていた。
絢瀬さんも「紗姫! 私もだ! もう勘弁ならん!」と急かしていた。
如月さんはかったるそうに、呪文を唱えるために各席を回っていた。
「――ぁ。ああ! やっぱり! ここ、そういうお店なんですね」
止まっていた脳みそが一つの答えをはじき出した。
「……ぁあ? 何言ってんだお前」
如月さんは困惑顔で首を傾けている。
すでに両手はハート型になっており、いまにも呪文を解き放ちそうな勢いだ。
「え……。だって、アレですよね? おいしくなる魔法って、コスプレしたメイドさんがやってるという……」
「コス……? なんだそりゃ、これは雪華がコッチではこれが普……通だ――って」
如月さんは柚月さんに目線を落とす。
その視線を受けた柚月と絢瀬さんは、すごい速さでぷいっと顔を背けた。
「……は? え――っく!! っグググーー!!」
途端、如月さんの顔が真っ赤になっていた。
「さ……さっちゃん?」
「さ、紗姫……これはつまりその、アレだ。何だ」
何だってなんだよ。
「……もうやらねえ」
「え……、でもさっちゃん。お、おいし――」
「や! らー! ねぇ! えーッ!」
そう言って、ドカドカとした足取りで如月さんはキッチンへと消えていった。
「あぅうう……」
柚月さんは泣きながら、オムライスをちびちびと口へと運んでいた。
絢瀬さんは魂が抜けたように白くなっていた。
しかし、この時俺は一人、失礼ではあるけど内心ほくそ笑んでいた。
何故ならこのオムライスには、最後になったかもしれない『おいしくなる魔法』がかかっているのだ。
俺はじっくりねっとり味わいながら、一口、また一口と黄色の山を崩していく。
ああ! 美味しいなあ! これならどんどん食べれ――
「コノオムライス、チガウ、さっちゃんのラブ、ちゅっちゅされてない……」
ついに地獄の蓋が開いたのかと疑うような呪詛が隣から聞こえてきた。
柚月と言う少女には裏表がない。言ったことはすべて本心なのだ。
だからこそ、この純度の高い呪いの言葉は余計に怖く感じるのだろう。
「……交換、します?」
その言葉に、柚月さんは『ぱあっ』と顔を明るくして、俺の食器ごと自分のと取り換えていった。
「雪華! 一口! 私にも一口くれ! 後生だ!」
向かいのテーブルから絢瀬さんが身を乗り出している。
「……あにしてんだおまえ――ら」
如月さんが呆れた様子で着席するや否や、ため息をついていた。
テーブルの上を見て、どうやら状況を察したらしい。
俺はそんな三人の様子を見ながら、黄色い山を崩して黙々と食べ始めていた。
――パクパク
――パクパク
うん。美味しい。
さすが、喫茶店をやっているだけあって、お金を取れるだけの確かな味を感じる。
ふと、俺は自分のスプーンに目をやる。
……なるほど。美味しい理由がわかったかもしれない。
俺は納得して、隣に座る柚月さんを見つつ丁寧にスプーンを舐めながら、再び黄色い山を崩しはじめるのだった。
2026/4/12 改訂




