第23話:君にまた会いたい
「――こ、こうちゃん?」
俺は雪華に近づいて、抱きしめた。
「……よかった。無事で、本当によかった」
その存在を確認するかのように、両腕にいっそう力が入った。
「う……うん。でも……痛いよ」
どうしていいかわからない。そうと戸惑いながらも、雪華はそれに答えてくれた。
それからしばらく互いの存在を確かめた後、雪華は思い出したかのように、俺のことを警告しながら引き剥がしにかかった。
「そ――そうだ! 孝ちゃん、だめ! 危ないんだよ!」
その顔は、目はほのかに赤らみ、涙はもうその目に留まるばかりだった。
不安と。恐怖と。
それでもなお、人のことを心配できる慈悲深き女神。
コイツが一体何をしたって言うんだ。
コイツがここまで追いつめられるほどの何かをしたって言うのか。
いいように使われ、傷つけられ、挙句には――。
俺は勝ち逃げしたように消え去ったヘビを思い返して、奥歯に力が入った。
「……いいんだ。もう終わったんだ」
その感情を磨り潰しながら、俺は傷一つない右手で雪華の頭と頬を撫でる。
「そう……なの?」
「ああ。そうともさ。俺がやっつけてやったよ」
本当は三人掛かりだし、逃げられてしまったけど、まあ、でも、俺も活躍したし全部嘘ってわけではないだろう。
「孝ちゃんが……?」
「あ、ああ。信じられないか?」
さすがに、出来すぎかと思って、フォローを入れようか悩んだ。
しかし、俺のそんな心配は一瞬で過ぎ去った。
「……ううん。信じる」
雪華はニコっと笑った。
* * *
「――そうだったのか」
俺は雪華から消えた夜以降の話を聞いていた。
雪華は、自分の過去と向き合うためにヘビに会いに来たらしい。
過去というのは、もちろん、まみみちゃんのことだった。
「強い子、だったんだね」
「……うん」
雪華は薄々気づいていたらしい。
だけど、閉ざしてしまっていた。その記憶を。その恐怖とともに。
自分を庇って、命を落とした、もう一人のヒーローの存在を。
「孝ちゃんはね。まみみちゃんにちょっと似てるの」
「そうなんだ。どこら辺が?」
「普段ね。優しくて大人しいんだけど、いざって時には誰よりも頼りになるんだよ!」
「……それは買い被りすぎだ」
優しくて大人しいのは同意だけど、最後の一点については過大評価もいいところだった。
俺は、流されているだけだ。
リミテッドにも言われたように、傍観者で蚊帳の外であり続けた存在だ。
「でも、ちゃんときてくれた」
頬を膝に当てながら、雪華が微笑する。
「そんなもんかね」
俺は照れくさそうに言った。
「うん。そんなもんだ」
今度はいたずらそうな笑顔だった。
「――っと、それよりも」
俺は恥ずかしさから話題を逸らす。
「アレ、どうにかならないのか?」
「アレって……うーん」
俺と雪華は上を見上げた。
周りは白い空間が広がっていたが、上は水面か蜃気楼のようにぼやけた空の有様が映し出されていた。
いうまでもなく、顕現しているワールドイズマインのことだ。
もう外の世界には食べるものがないのか、活動は停止しているようだった。
「アレって雪華が出したんだよな?」
「うーん……。そうみたいなんだけど、わたしもどうやったのかわからないんだよ」
雪華は本当に何もわかっていないようだった。
「でも、その時『みんな消えちゃえ』って気持ちと『わたしなんかいなければよかったのに』って思ってた」
――ああ。地雷を踏んだ。
恥ずかしさから変えた話題が、この先の未来をどうしようもないくらい、あらがいようもないくらいに想定させてしまう。
「そ、そうか! まあ、俺もそういう気持ちになるときあるよ」
「だから」
……言うな。
「もしかしたら」
……やめろ。言うな。それ以上。
「わたしがいなくなれば、いいのかも」
ーーーー。
ヘビは言っていた。
人間のいない世界を作る。と。
それはつまり、雪華の思った『みんな消えちゃえ』の方の世界なのだろう。
なら、もう一つは『雪華がだけがいない』方の世界もあるということだ。
人類を復活させるか、一人の少女をこの世から消すか。その二択だった。
俺は急いで話題をまた変えようとする。
「ま、まあ! 俺はこのまま二人でいるのもそれはそ――えぅ」
顔を横に向けると、すぐそこに雪華の顔があった。
そして――。
俺たちはしばらく、お互いの唇をあずけあった。
「――っぷ」
唇が離れ、細い糸がわずかに伸びた。
間接でもなく、歯でもなく。ちゃんとしたキスだった。
「へへへ」
彼女はしてやったり。と、無邪気にはにかむ。
――ああ。失いたくねぇなあ。
ああ――そうか。
「せ……柚月さん」
「うぇ!? な、なに孝ちゃんあらたまって」
「君が好きだ。俺と、付き合って欲しい」
まだ出会って数日しか経っていないのに、俺はいつの間にか彼女の笑顔に惚れていた。
雪華はちょっとびっくりした顔をしたが、照れくさそうに言ってきた
「チューしたぐらいで、勘違いしないでよねっ!」
雪華はべーっと舌を出して、照れくさそうに笑っていた。
今日、再会してから、何度彼女の違う笑顔を見ただろうか。
どうやら俺は振られたらしい。
でも、それもノーカウントだ。だって――そうだろ。
俺は、泣いていた。
振られたからじゃない。彼女がどういう意図でそんな返事をしたか、わかってしまったからだ。
「せ……」
「じゃあね。孝ちゃん。わたしのこと――忘れないで欲しい、な」
彼女の周囲が強い光を発した。
「せっ、か――!!」
俺は突然の眩しさで、目をつむってしまった。
そして、再び瞼を開いたとき、雪華は目の前から消えてしまっていた。
「あ……あぁ――あああああああ!! ーーー!!! ―――!!!!」
頭を掻きむしり、声にならない叫びを上げながら、頭上から見下してくるソレを睨みつけた。
「俺はこんなの認めねぇ!! 絶対に認めないからな!!」
世界が揺らぐ。
それと同時、俺の意識も揺らぎ、切れた糸のように、俺の意識もブツリと切れた。
春休みの最終日。
世界の終りの日であり世界のはじまりの日である今日、俺、真宮孝一は失恋した。
* * *
――バッ
「せ―――!! ……あ、あれ」
気がつくと俺は、布団の中にいた。
……いや、気がつくとって……なんだ?
普通に昨日寝床に着いただけだよな……。
頭が混乱している。まだ寝ぼけているようだった。
「ふぁああ」
俺は洗面台に向かい、歯を磨き、顔を洗って目を覚ます。
「おはようございます。如月さん」
「おう。おはよ真宮」
如月さんはいつも俺より先に起きて仕事の準備をしている。
昨日アレだけお店は忙しかったのに、本当にタフだ。
「おはよう。孝一殿」
朝レンからもどった絢瀬さんと挨拶する。
これも、いつも通りだ。
――ドタドタドタ
階段を駆け下りてくる騒がしい足音が近づいてくる。
どうやら、このお店のオーナーが起床したらしい。
――バタン!
「おはよー! さっちゃんにせっちゃん! あとマミヤくんも!」
そんな風にドア開けたらそのうち壊れるぞ……。
俺はそのコチラに向けてくる満点の笑顔を見ながら、少し呆れたように言った。
「ああ。おはよう
――まみみちゃん」
* * * * * * *
第一章 せっかりょうらん(上) 完
* * * * * * *
■あとがき
これにて第一章、雪華のお話は一旦、完となります。
書き始めて二か月程度でしたが、なんとか続けることが出来ました。
最初の方はノベルゲーの書き方しか知らなかったため、小説とは言い難いものでしたが、筆者の成長としてそれも楽しんでいただけたら幸いです。
よろしければ、感想などを頂けましたらとても嬉しいです。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。




