第12話:タイムリミテッド
――ピピピピピ。ピッ
――ピピピピピ。ピッ
――ピピ。ピッ
「ふぁああ……」
ソファーで寝るのが結構キツくなってきていたので、俺は三千円程度の布団セットを買って床で寝るようになっていた。
値段は安いが、新品というのはなかなか気分がいい。
寝ぼけ眼で、カレンダーを見る。
暦は、4月に入っていた。
春休み。
学生ならば誰もが等しく享受するであろう10日余りのスクールライフの余白も、もういくつか寝ると、人々からは思い出として語られる存在となり、学園での新生活が始まろうとしていた。
当初、手狭なアパートに住む予定だった俺は、ほぼ身一つで実家を出てきていた。
なので、この喫茶店に来た当初は布団はおろか、文房具や筆記用具すらない状態だった。
「さすがに、買いにいかないとなぁ……」
春休みの終わり、新生活、駅前への買い出し。
すべてがちょっとずつ、うっとうしく、ゆううつに感じる。
まだ目が覚め切っていない、そんな、ゆめうつつな朝だった。
* * *
「――ん?」
違和感。
支度をして、喫茶店から出て駅前の百円ショップにでも向かおうとしていた途中だった。
俺はその光景に首を傾げた。
らぶろあを挟んで、向かいの土手で、見慣れた後ろ姿と、見慣れない顔が話しているのを目にした。
いや、正確には話しているのかもわからないし、どちらかが一方的に絡んでいるだけかもしれない。
ついでに言えば、相手の顔も見えているわけではない。
ただ、わかるのは、その相手がとても特徴的なシルエットだったということだ。
これが普通の恰好なら、俺はそのまま、ただ知り合いとダベっているのだろう。で済ませ、そそくさと駅前に自分の用事を終わらせに向かっただろう。
しかし、その人物は、すっかり暖かくなってきたという、この春爛漫に、これ見よがしに、薄茶のロングコートと、顔が見えなくなるまで深く帽子をかぶっていた。
季節感かファッションセンスが半年ほどズレている。
一見すると、探偵ものかスパイものに影響を受けた変人の可能性もある。
ただ、例えそうであろうと、なんであろうと。
「……変人は、変人だろう」
俺は、その見慣れた後ろ姿にまで少し駆け足で近づいた。
* * *
「柚月さん。おはよ」
ビクッとして、柚月さんはこちらを振り向いた。
「あ……、マミヤくんおはよ。どうしたの?」
「いや、ちょっと駅前に。文房具買いに行こかなって。そしたら柚月さんを見かけたから声をかけたんだよ」
「そ、そうなんだ」
俺が柚月さんと話し始めると、その人物は無言でその場から立ち去った。
「…………」
横目でその人物が去っていくのを見届ける。
近づいて思ったが、やはり、変人か、不審者。あるいは危険人物。
そう言われた方が納得できるくらいには、俺はその人物からあまりいい印象を受けていなかった。
でも、万が一、柚月さんの親しい人だった場合を考慮して、俺は念のため丁寧に聞いた。
「いまのは柚月さんの知り合い?」
……しまった。
つい不信感から『いまのは』呼ばわりしてしまった。
「う、ううん。道を聞かれただけ……だよ」
セぇえフ。
しかし……、柚月さんは明らかに何かを隠している感じだった。
「そっか。ならよかった」
昨日の夜に『守る』っていったけど、あんな変人を前にしても、俺はまだ力として信頼されていないのだろうか。
そう思って俺は、少し、胸が痛かった。
ただ、だからといって、こんな明らかに動揺した状態の彼女を、そのまま放っておくというわけにもいかないだろう。
「柚月さん。いま時間あるなら、一緒に駅前にいかない?」
「う――うん! いく!」
* * *
普通のボールペンとフリクションのボールペン。筆箱。定規。
俺は使えそうな文房具を適当に、片っ端から、かごの中にぶち込んでいく。
うまかー棒。シャリシャリ梅。ポテチ。がぶがぶメロンソーダ。
わたしはおいしそうな駄菓子を適当に、片っ端から、かごの中にぶち込んでいく。
「……いやいや、待て待て」
「え?」
「え? じゃないが。……いや、なにこれ。柚月さん」
「なにって――ハッ! ま、まさかマミヤくん。駄菓子をご存じでない……?」
「存じてるよ!? 存じあげてるから困惑してるんだよ! っていうか人の頭を残念そうに見るな! そこまで頭が落ちこぼれた覚えはない!」
「えーーー。じゃあイィじゃぁんー……だめぇ?」
「いや……まあ、いいけどさ。いくらでもないし」
「やったね! じゃあコレとコレと……あとコレも!」
ああ。
もう、どうにでもしてくれ。
「はいはい……」
柚月さんは、すっかり普段の状態に戻っていた。
俺は守る力にはまだなれないのかもしれない。
けど、こんなことで気が紛れるなら、安いものだろう。
……いや。
この考え良くないな。
俺、将来ATMの才能があるのかもしれない。
「…………」
「どしたの? マミヤくん」
「いや……なんでもないよ。ただ、自分の将来を憂いていただけさ」
「ふぅん……。マミヤくんもたいへんだぁねぇ」
軽ぅうっ! ……コイツ。ゼッタイ何とも思ってないだろう。
俺の人生よりもお菓子選びに夢中じゃないか……!
「ま! だいじょうぶだいじょうぶ! マミヤくんには未来があるよ!」
「そ、そう……かな!? 明るく輝いてるかな……? 僕の人生」
そうだなあ。
定番かもしれないけど、人生設計的には、やっぱり、できれば25歳くらいで結婚して、子供は……そうだなぁ、その時の収入もあるだろうし30歳くらいから考えはじめ
「うん! きっと! たぶん? ……おそらく」
「…………」
「――あ!」
「……今度はなんすか」
「マミヤくん。コレも買っていい?」
「うん? ……ああ。うん。もちろん」
* * *
「にゃぁにゃぁ」
――にゃぁ
俺は、公園のベンチに座りながら、さっき百円ショップで買った駄菓子を摘まんでいた。
柚月さんは猫のバロンにさっき買った猫缶を与えたりして、戯れていた。
この公園に来るのも、ほぼほぼ一週間ぶりくらいか。
如月さんはその間もバロンへの餌やりを欠かしていないようだった。
「ごめんねぇ。お店だとキミを飼えないんだよー」
「アレルギーとかありますしね……」
「うんー。こんなに可愛いし、和むんだけどねぇ」
――ごろごろ
一人の少女と猫の姿を見ながら、俺は違うことを考えていた。
『あそこにそんな人、いないですよ……?』
昨日、あまねちゃんに言われたことが頭にチラつく。
「にゃぁにゃぁ」
……聞いて、みるべきだろうか……?
まあ、もしかしたらなんかの理由、例えば海外に行ってるとかで長期的に不在ってだけの可能性もあるんじゃないか?
それに、そもそもあまねちゃんが調べ切れていないって可能性や、たんに俺をからかっているだけっていう線もあるはずだ。
何にせよ、同居人のことを気にするのは当然ではないだろうか?
そうだよ。
あまり聞かなかったせいで、絢瀬さんの時は首を固められてしまったともいえる。
……俺は、意を決して聞いてみる事にした。
「あ、あの柚月さん」
「うん? なぁに? ――にゃぁにゃぁ」
「雛琶さん。まみみさんってどんな人なの? その、同じ家に住む者として知っておきたいなぁ……って」
「……まみみちゃん?」
ぴくッと。
バロンを両手で持ち上げた状態で、彼女はそのまま止まってしまった。
■あとがき
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