沙羅、少年に会う
市場を一巡しても、沙羅は何一つ掴めなかった。
何が売れるのか、何が不足しているのか――わからない。
けれど、今夜寝る場所を決めなければならない。
沙羅は思いきって通りがかりの人に聞いた。
「あの、宿屋を探しているのですが」
相手は少し怪訝そうな顔をしたが、
「あそこに、鳥が枝にとまっている絵があるだろう。あれが宿屋だ。宿屋はどれでもあの絵を表に出している」
識字率が低い……?
絵のある建物の扉を押す。
「……一人、一晩泊まりたいのですが、いくらですか」
「銀貨一枚だよ」
……高いのか、わからない。
「もう少し、回って考えます」
(どうしよう……どこか、安全に泊まれる場所を……)
町を歩きながら悩んでいると、不意に声をかけられた。
「……どうしたの?」
振り返ると、昼間見たあの少年がいた。
頬にうっすらとあざを残しているが、真っ直ぐに沙羅を見上げている。
「……宿を探してるの?」
驚きに答えられずにいると、少年は少し照れたように続けた。
「うち……部屋を二つ、人に貸してるんだ。立派じゃないけれど……泊まる?」
沙羅は思わず息を呑んだ。
まさか、偶然がこうして繋がるとは。
案内された家は、通りの外れにある古い木造の建物だった。
広くはないが清潔で、入口の扉には「鳥ととまり木」の絵が掛かっている。
応対に出たのは、淡金の髪の女性だった。
その顔には疲労の影が濃く刻まれていたが、柔らかな声で言う。
「旅のお方、ようこそ。……お一人ですか?」
「母さん、宿を探してるみたいなんだ!部屋は空いてるし、連れてきた!」
少年は元気に言う。
「……一人です。一晩いくらですか?」
「銅貨6枚よ」
銅貨10枚で銀貨1枚と青年から聞いていた。
確かに、安い。二部屋なら、他人の接触も少ない。そして、私はかなり疲れていた。
「……お願いします」
奥から杖を突く音と共に、男が現れた。
片足を失ったその男は、歳のわりにやつれた顔つきだが、瞳の奥に微かな強さが残っている。
「……客か」
低い声でそう言うと、男の視線は沙羅の頭のフードに止まった。
「ここじゃ、顔を隠すのは怪しまれる。……取ってもらおうか」
沙羅は一瞬、迷った。だが断る理由もない。
ゆっくりとフードを外す。
黒い髪、黒い瞳。
男の目が一瞬、大きく見開かれた。
次の瞬間、彼は静かに息を吐き、表情を引き締めた。
「……そうか」
沙羅には、その意味が分からなかった。だが、男は深く詮索しなかった。ただ、杖を突いて近づき、低い声で言う。
「旅をしているのか」
沙羅は小さく頷いた。
「なら、一つだけ覚えておけ。……隣の国には行くな」
言葉には鋭さがあった。
忠告というより、警告。
理由は語られない。だが、その声に刻まれた苦味と恐れが、ただの噂話ではないことを告げていた。
沙羅は思わず問いかけそうになったが、男はそれ以上言葉を重ねず、机の上に宿帳を置いた。
「泊まるなら、ここに名を書け」
異世界の文字は読めない。字も書けない。
「……書けません」
「……まあいい。リュカ、案内を」
少年は部屋の鍵を持って、嬉しそうに私の前にきた。
「こっちだよ」




