エルンストの施術
一週間後。エルンストの家の一室には、所狭しと並べられた瓶が光を反射していた。
魔力回復薬、体力強化薬、魔法陣の紙……ありとあらゆる物が机の上に整然と並ぶ。
「何が起きるか、分からないから」
エルンストは低く言った。その声には固い決意がこもっていた。
一週間、沙羅のために、そして自分のために、大量のポーションを準備してきた。
──沙羅が能力を失えば、もう頼れるのはこれしかない。
「……始めるよ」
簡易ベッドのような台に横たわる沙羅は、緊張で手を強く握りしめていた。
「……はい」
目を閉じるよう言われ、沙羅は静かに従った。
エルンストが頭上に手をかざすと、耳慣れない呪文が紡がれる。
低く、響くような声。部屋の空気がわずかに震えた。
沙羅の頭が熱くなり、ぐるぐると回るような感覚が押し寄せる。
──そして。
「……終わった」
エルンストの声が聞こえた。
「どうだ?……話してること、わかるか」
「わかる……」
沙羅はぼんやりと答え、ふと気づいた。
「……あれ? 日本語だ」
エルンストは眉を寄せる。
「何を言っている?言葉はわかるのか?」
「……言葉、わかる」
沙羅は無意識に、日本語以外の言葉を口にした。
「……?失敗なのか?……気分はどうだ」
「頭が……ぼんやりするけど……大丈夫」
沙羅はこめかみを押さえながら、知らない言葉を発した。けれど意味は、確かに理解できている。
エルンストは顎に手を当てて考え込む。
「……もしかしたら、長い間この国の言葉を聞いていたから……それを身体が覚えてしまったのかもしれない。沙羅自身の一部になっているんだ」
彼は数種の異民族の言葉を発したが、沙羅はどれも理解できなかった。
「……やはり。日常的に使っていたものだけ、残っているのだろう」
顔を上げた沙羅は、エルンストを見て息を呑む。
「え……数字が、見える」
混乱のまま告げると、エルンストの顔に困惑が走る。
沈黙が落ちたあと、沙羅は顔を上げる。
「……エルンストの魔力値を……触らないで、上げてみる」
集中し、意識を向ける。だが──数値は動かない。
「……動かせない」
エルンストは手を差し出した。
「……いつもはどこか触れていただろう?」
沙羅はその手を握る。
──すると、少しずつ、エルンストの数値が動き始めた。
「……上がれ……」
沙羅の額に汗が滲む。
以前のような勢いはなく、ゆっくりと、ゆっくりと。
「魔力……動かせるみたい。でも……すごく時間がかかる」
エルンストは瞠目した。
「……動かせるのか」
エルンストは沙羅の手を離さず、脈と瞳孔、呼吸の浅さを順に確かめる。沙羅を見つめる。
「……完全に、剥がれた」
ぼそりと落ちた独白に、沙羅が不安げに目を上げた。
「失敗……ですか?」
「違う」エルンストは即座に首を振った。「魔法陣そのものは消えた。あれは意志疎通を常に強制発動させていた仕組みで、長く脳に負荷を与えていた。だが――影響を受け続けていた脳の回路は、その“使い方”を覚えてしまったんだ。
つまり、もう大元の魔法陣は存在しないのに、脳そのものが能力の一部を自力で模倣している、ということになる」
「……じゃあ、能力は?」
「能力は――弱く、形を変えて残った」
エルンストは机の上の紙片に簡単な図を描く。消し去った円の中心から、周囲に細い枝が伸びる。「脳が勝手に回路を再構築してしまったんだろう。だから、触れていなければ発動しないし、出力も大幅に低下している。けれど、全くのゼロにはならなかった」
沙羅は少しだけ肩の力を抜く。「……じゃあ、誰かを遠くから殺しちゃうことは……」
「もう起きない、と思う。少なくとも、以前のような無意識発動は不可能になっただろう」
エルンストは真剣な眼差しで言葉を継ぐ。「そして、もう一つ。負荷の掛かり方も変わっている。今の君は、数値を動かす速度が遅い代わりに、自分の脳や身体への反動も小さい。短命化のリスクは、大幅に下げられたと思う」
「……本当?」




