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1.9 暴風

 紫電を纏ったハルケンティア。この場に吹く風はハルケンティアの怒りを体現するように激しくなる。風属性に耐性がない状態では常にスリップダメージを受けてしまう環境。覚醒したハルケンティアとの戦闘に、リンドウ以外の4人は追い付けていなかった。


 突如、ハルケンティアの姿が消える。

「え?」

 ユウカは戸惑いの声を上げていた。瞬きの一瞬、予想外の出来事に思考が停止する。いつの間にか自分の体が宙に浮いている。いや、正確には誰かに抱き抱えられていた。

「あっぶな……間に合ってよかった」

 すぐ近くから声が聞こえる。ユウカが顔を上げるとすぐそこにリンドウの顔があった。

「な……何が起こって」

 ユウカは辺りを見渡して気づく。ハルケンティアはユウカが立っていた場所にいた。ハルケンティアがもといた場所から今いる位置まで一直線に地面がえぐれている。

 リンドウは<フライト>の魔法によって浮遊していた。

 (まさか攻撃されたの!?全く見えなかった)

 ようやく、自分が反応できない速度で攻撃されたという事実に気づいたユウカは青ざめる。


「あ、ありがとうございます」

 ユウカはリンドウに感謝を伝える。リンドウはハルケンティアから一番離れた場所にいたユウカへとターゲットが向いたことに気づき、いち早くカバーに入っていた。動く余裕を与えない神速の一撃。リンドウが助けに入らなければユウカは間違いなくロストしていた。

「いや、俺も覚醒前の猶予時間に伝えておけばよかったな。ハルケンティアは体力が3割を切ると雷の力を纏った状態になる。移動速度が倍以上になって攻撃力も高くなる。ただ代償として防御力が下がる」

 ハルケンティアが覚醒したら最初に一番離れたプレイヤーを狙って必ず滑空攻撃を行う。見てからの回避は難しく、プレイヤーによっては必中即死の攻撃となる。


 (リンドウさんがいなかったら私……ていうかお姫様抱っこって初めてされたかも。いやいやこんなときになに考えているのよ!)

 余計なことを考えて顔が熱くなる。俯き、リンドウに顔を見られないように隠す。

「ユウカ、下ろすぞ?」

 リンドウは地面に着地してゆっくりユウカの足がつくように腰を落とす。

「は、はい」

 

「ユウカ!大丈夫?」

 慌ててお茶がかけてくる。背後にはクラウドと太鼓の姿もある。ハルケンティアを警戒しながらも仲間の安否確認を優先する。クラウドたちらしい行動。

「うんリンドウさんのおかげで」

「リンドウさん……ハルケンティアのあの状態は」

 クラウドの顔は険しい。今度こそは見逃さないとハルケンティアをにらみつける。しかし恐怖心がぬぐい切れない。ハルケンティアの狙いがユウカではなく自分だったら……。戦士職のクラウドは、魔法職のユウカよりは身のこなしに自信がある。プレイスキルの話ではなく、ジョブごとのステータス差がプレイヤーの動きに影響するため、レベルが離れていなければ当然の事実として、戦士職は運動能力で魔法職に勝る。


「暴君たる所以、なりふり構わず周囲の生物を攻撃する暴走モード。こうなると倒しきるか、プレイヤーがいなくなるまで戻らない」

 ハルケンティアはすばやく振り向きユウカたちを睨む。攻撃後の硬直時間が短い。

 ハルケンティアが叫ぶと風の刃が拡散する。同時に無差別に落雷が降り注ぐ。覚醒ハルケンティアの広範囲攻撃。覚醒前と比べて威力と範囲両方が格段に上がっている。

「やっべぇ……」

 太鼓が唸る。剣を握る手に汗がにじむ。

 (まずい……さっきの攻撃もそうだったけど、私たちで対処できる感じじゃない)

 ユウカの額にも嫌な汗が流れる。目で追いきれないほどの攻撃速度。

 クラウドたち全員が同じ気持ちだった。


「みんな……回復を忘れないで冷静にたたか……」

 ユウカが自陣の態勢を整えようと指示を出そうとした。そのときハルケンティアから雷撃が飛ぶ。リンドウはいつでも発動できるように構えていたスキルを発動する。

「<ハイドロシャウト>……ここは任せてくれないかな?」

 リンドウたちを囲うように水の壁が展開される。ハルケンティアの広範囲攻撃を受け止め後ろに通さない。クラウドは驚いてリンドウを見る。


「上から目線になってしまうのは申し訳ないけど……この状態のハルケンティアを君たちで相手するのは厳しい。俺もこいつの相手をしながらカバーに入るのは難しい」

 水の壁が消えると射殺すようなハルケンティアの視線がクラウドたちを貫く。その威圧感に体が硬直してしまう。


「悔しいけど確かに今の僕らじゃリンドウさんの足を引っ張りそうだね」

「うん、私もハルケンティアの動きを目で追うの厳しい」

 クラウドとお茶は自分達の限界を理解する。前半戦もリンドウの助けを借りつつ慎重に戦ってきたが、リンドウがいなければとっくに全滅していてもおかしくなかった。後半戦についていける力は今のクラウド達にはない。リンドウの提案にうなずく。


「ありがとう……任せて、ハルケンティアには負けないから」

 リンドウは風の刃をよけながらハルケンティアへと向かっていく。

「くぅー、結構いい線いってたと思ったけどなぁ……確かにこれじゃまだまだか。でも諦めねぇ、目の前に最高のお手本があるんだ。もっと強くなるぜ」

 闘志を漲らせ、強くなる自分をイメージする太鼓。戦いについていけないことが悔しいのはその声音から伝わる。しかし彼我の戦力差を理解できない太鼓ではない。

「そうね、今はリンドウさんが勝つところを見届けましょ」

 (最後まで戦えないのは私も残念。でもリンドウさんは私たちのことを思ってこうしている。リアル思考の私たちがロストを極力避けていることを理解して……)


 誰もリンドウが一人で戦うことに文句はない。出会ってから短い時間だが、彼らとリンドウの間には確かな信頼ができていた。

「へへ、ていうか誰もリンドウさんが負けるって思ってないのな?」

 太鼓は笑いながら口にする。全員がハルケンティアの強さを身に染みて理解している。しかしリンドウを心配する声は上がらない。

「今までの戦いを見ていたらね」

「安心できる」

「えぇ、間違いないわ」

 彼らの目には戦うリンドウとハルケンティアの姿がうつる。電撃に暴風、そして爆炎。派手な戦闘が繰り広げられていた。


 リンドウとハルケンティアの戦闘は目を離すと両者の位置がわからなくなるほど高速戦闘となっていた。しかし両者の差は如実に出始める。ハルケンティアの動きが徐々に鈍っていく。瀕死の高速戦闘と、リンドウの的確に命中する攻撃がハルケンティアの体力を減らす。

 クラウドたちが戦闘から離脱し、リンドウとハルケンティアの一対一の勝負になってから5分が経過した。激しく荒れる戦場に立っていれば、その時間は普通よりも長く感じられただろう。


「そろそろ終わりにしようか?ハルケンティア」

 ハルケンティアの落雷のような突進を避け、頭上から叩きつけるように<噴炎の槍>を放つ。

 その一撃を受け、"グギギェ"と苦しむ声を上げながらもまだ飛び続けるハルケンティア。対ハルケンティアの戦い方は、カウンターが王道。超高速で移動、攻撃を繰り出すハルケンティアにも些細ながら攻撃後の硬直が存在する。リンドウレベルになるとその隙をつくことができた。防御力がダウンした状態ならば、攻撃を当てさえすれば体力を削ることは容易い。


 (ほんと慣れてるモンスターで助かった。キティの素材集めの手伝いをやってなかったら、クラウドたちの前でこんなにカッコつけられなかったからなぁ。先輩プレイヤーに任せなさいとか言って情けない姿見せたら二度と顔出せないよ……)


 ハルケンティアの動きも鈍ってきて、リンドウにはだいぶ余裕ができていた。もともと苦戦するような敵ではない。やろうと思えばもっと速く決着をつけることもできた。

 リンドウがそうしなかった理由は当然彼らのためだった。

 お茶は今後も同じジョブでやっていくかわからないが、もし精霊術師を続けていくのであれば一定のレベルまでは墨色の羽を回収するためにこの深淵の螺旋階段というダンジョンに潜る必要がある。キティを近くで見てきたリンドウはおそらくそうなるだろうと考えていた。であればハルケンティアに遭遇することもある。戦闘を学んでおくに越したことはない。そのためリンドウはハルケンティアの攻撃パターンをできるだけ引き出すように動いていた。

 リンドウと同じ戦い方は誰にもできない。しかし参考になることは大いにある。

 (勉強はダメでもゲーム知識を伝達することは俺でもできそうだ)


「さぁそろそろ終いだ。<焔渦>!」

 リンドウは炎の螺旋を鞭のようにしならせて空中を飛ぶハルケンティアにぶつける。自慢の高速移動も体力の減少で衰えていた。ハルケンティアに回避する余力はない。

 腹から盛大に地面に叩きつけられハルケンティアはかすれた声で一鳴きするとピタリと動かなくなった。

 激しい戦闘音が急に無くなり辺りを静寂が満たす。倒れたハルケンティアは今度こそ黒い霧となって消滅する。


「討伐完了」

 構えを解き、肩の力を抜く。ウィンドウにドロップアイテムが表示される。大量の墨色の羽と狂鳥の名前がついた足や嘴などの素材がいくつか。

「お疲れ様です!」

 戦闘を終え、軽く伸びをしていたリンドウのもとへユウカが走ってくる。

「そっちもお疲れ様」

「僕からもパーティーを代表して、改めて攻略を手伝ってくださりありがとうございました」

 ユウカのとなりに並んでクラウドも感謝を伝える。もともとハルケンティアの討伐は予定外のことだったが、これにて深淵の螺旋階段を攻略したといってよい。深淵の螺旋階段にはボスがいないため、最下層に到着することが目的となっている。最下層にはランダム生成の宝箱が存在し、ダンジョンクリアの報酬としてはそれだけである。だからこそプレイヤーは少ない。

 太鼓が「これで目的達成だな!」と元気よくお茶にハイタッチを求めているが、「太鼓は後半活躍してないでしょ?リンドウさんのおかげ」と容赦なくスルーしている。これも仲がよいといえるのだろうか。少なくともいつものことだと太鼓は気にしていない。


「今、俺たちは1つのパーティーだからな。全員の力が合わさって攻略できたんだよ」

 リンドウだって前半は見守ることのほうが多かった。彼らの力でダンジョンを進んだのは事実。リンドウは称賛する。

「ほーら!リンドウさんは良いこと言うなぁ。まじ尊敬」

 満面の笑みで太鼓は喜んでいる。

「それにしても、ハルケンティアの素材僕たちも手に入りましたが……なんだか寄生みたいになってしまいましたね。申し訳ないです」

 クラウドがウィンドウを開きながら話す。モンスターのドロップ報酬は一定時間モンスターと戦闘を行う、または一定以上のダメージを与えると手に入れることができる。経験値はモンスターとのレベル差によって倍率が変わるが、ドロップに関してはほとんど変わらない。ハルケンティアとの前半戦を戦い抜いたクラウドたちにはドロップ報酬を手に入れる権利があった。しかし、後半戦になにもしていないにも関わらず報酬を手にいれたことにたいしてクラウドは納得がいっていないようである。


「私も同感かな。私たちだけなら倒せていないし……リンドウさん、素材は後で……」

「受け取らないよ?」

 リンドウはユウカの言葉を途中で遮る。

「素材が配られたってことは、ゲームのシステムとして君たちの戦闘が評価されているってことだから。俺が受けとるほうが申し訳ないよ」

 リンドウは正当な成果として受け取るように促す。リンドウが冷静に、論理的に説明するためユウカは渋々納得する。ユウカの心の中ではまだ少し、申し訳なさが残っていた。


「ありがとうございます」

「まあなんだかんだ俺たちも頑張ったしな!ハハハ」

「こういうときに喜べる太鼓はいい性格をしている」

「そのいい性格ってのは誉めてんだよな?」

「うん誉めてる誉めてる」

 太鼓とお茶の漫才が始まる。クラウドとユウカはそれを見て苦笑している。

 (ほんとうに純粋で真面目な子達だな)

 リンドウは心からそう思った。


「あれ?ドロップ報酬に『墨色の羽』がはいってる」

 お茶がふとウィンドウを見て呟く。

「ほんとだ!しかもすごいたくさん……」

 ユウカもつられてウィンドウの表示を眺める。

「もしかして墨色の羽ってハルケンティアの羽のことだった?」

「おっ、クラウド正解」

 クラウドの答えにリンドウは正解の拍手を送る。そう、深淵の螺旋階段の最下層で手に入るフィールドアイテム『墨色の羽』はハルケンティアの羽であり、だからこそハルケンティアが住みかにしている最下層で入手可能となっている。そして羽の持ち主を倒せば当然フィールドから拾うよりも多く羽を入手することができる。

 まだ成長していないプレイヤーからしたらハルケンティアは初心者殺しの悪魔に見える。だが上級者からしたら効率よく墨色の羽を入手するためのモンスターとなる。


「さて、そろそろ帰還するか」

 リンドウはダンジョンの最奥部に存在する帰還ポータルへと足を向ける。帰還ポータルはボスが存在するダンジョンではボスを倒すことが出現条件となり、周囲で戦闘が起こっている場合は姿を消してしまうという特性がある。

「ちょっと待ってください。『古代の破片』がまだ……」

 (ああ、そういえばそれもあったか)

 リンドウはすっかり忘れていたもう1つの目的。ユウカは周囲を見渡す。パッと見てそれらしいものは見当たらない。


「ん、あれじゃない?」

 お茶が壁際を指差す。そこには鈍く光る何かがあった。全員で近寄り、太鼓が進んでそれを拾い上げる。

 縦横20センチほどの奇妙な模様が彫られた石板。銀の装飾が施されているが土を被って汚れている。

 太鼓がウィンドウにアイテムを収納するとアイテムに表示された名前を見て答え合わせを完了する。

「ちゃんと『古代の破片』だったな。これで全部完了と」

「今度こそ帰りましょうか」

「そうだな」

 パーティーは帰還ポータルを通ってダンジョンの入り口にワープする。間もなく彼らは深淵の螺旋階段をあとにした。

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