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第45話




『な、なら、そっちに行けば合流できるんじゃ』

『ダメだ、足音が多すぎる。連邦軍と引き離さねーと、安全が確保できない』


 ルジーの銃撃が絶えず空へ放たれる。

 トゥルバが結界内で空間を歪める魔法を使用しているらしく、相手には鉛玉が四方八方から飛んでくるようになるという。

 自分たちの居場所を特定させないことに加えて、あらゆる攻撃も跳ね返せる威力があると、ルジーは声を弾ませた。


「聖女トゥルバ。撹乱魔法は無事です。ただ、存在認知魔法が上書きされています」


 おそらくセオドアかチェンノッタが、トゥルバの魔法を妨害したのだ。


 ルジーの見立てでは、エルシィが連れ去られてから、少なくとも三日が経過している。

 聖女が二人も側にいるセオドアなら、結界の一部を見つけて書き換えるなど、十分すぎるほどの時間だっただろう。

 

 エルシィは心臓を掴まれるような心地がして、ぐっと言葉を詰まらせる。


 連邦軍へ先に()()されてしまえば、無事では済まされないと、トゥルバは言う。

 連邦軍の狙いは、エルシィを餌にセオドアと他聖女を動かし、遊牧民族を敗北に追い込むことだ。

 トゥルバの魔法圏内に複数の存在をとらえているので、囮の戦士たちにも足がついている。ここで考えなしにエルシィを引き渡せば、連邦軍は何かと理由をつけて囲い込むだろう。

 口を憚るような拷問の末、証言を強要されてしまうのは目に見えていた。


『アンタは戦士じゃない。国を背負う立場でもない。正常で真っ当に生きている人間の精神は、人道を害する拷問に耐えられるほど、強靭じゃない』

『そ、そんな! みんながいるから、きっとそんな事にはならないわ。わたしは』

『その中でアンタ、連れ去られたんじゃねーのか!』


 一喝するトゥルバに、エルシィは喉の奥に言葉を飲み込む。


『アンタと一緒にいる人間を、信用しないわけじゃない。だが世界は、全ての人間が善人じゃない。だからアンタは危ない目に遭って、砂漠の真ん中で眠っていたんだ』

『そ……れは……』


 連れ去られる前に、宮殿の庭園で考え込んでいた内容が頭をよぎる。

 全ての人間が善人でないなら、エルシィはあの時、誰に助けを求めようとしたのだろう。


 トゥルバが横に視線をやり、驚愕に目を見開いた。

 ラクダを促して軌道を変えつつ、ルジーに何事か叫んでいる。

 エルシィは砂に霞む視界を細めながら、同じく横を向いた。


「……ウィズィ!」


 巨大なヒルギ科植物が、全速力で砂漠を走っている。

 距離は遠いがはっきり見える姿に、その後ろを連邦軍らしき部隊が、十数人。ラクダに乗って追いかけていた。

 ルジーが微かに声を上げたのが聞こえ、トゥルバが己の従者に再度呼びかける。


「ウィジャネクロイ、ですね」

「知ってるんですか?」

「古くからの友人です。ですが、今はあまり出くわしたくない相手です。彼が砂漠中に根を伸ばせば、我々の位置など丸わかりでしょうから」


 ルジーはそう言って部品を組み替えると、トゥルバの背中に収まった。


「聖女トゥルバ。向こうからは結界の効果で見えていませんが、距離が近い。ラクダで常に魔法が働いていますから、この状況でハープシコードに見つかるのは愚策です」

「××、×××」


 二、三こと会話をした後、ラクダが駆ける砂にいくつもの魔法陣が浮かび上がる。

 それらは砂を巻き上げて二人を包み込み始め、彼は手綱を放すと、背後からエルシィを抱きしめた。


『ラクダを捨てる。息を吸え』


 驚いて反応が遅れるも、エルシィは肺いっぱいに酸素を吸い込む。

 トゥルバは(あぶみ)に体重をかけながら腰を浮かせ、ラクダの背中から飛び降りた。


 悲鳴を上げかけたエルシィの目前で、大きく口を開けた砂が二人を飲み込む。

 目を閉じてトゥルバに縋ると、ルジーが一気に身体を変化させ、網目状に空洞を作った体躯の中に二人を押し込んだ。

 魔法陣が幾重も壁のようにルジーの内部で展開し、トゥルバの合図で一つ一つが別の模様を浮かび上がらせる。

 それは極めて単調な模様であったが、エルシィは美しい発光に目を瞬かせた。


 砂漠を突き進むモグラのように、ルジーが地中深くに潜っていく。


『……足音が停滞して、戸惑っている』

『見失ったってこと?』

『楽観視はできないが、少なくとも連邦軍の奴らは、俺たちの存在を完全に見失ったようだ』


 少なくとも、と言う単語に引っかかり、エルシィが問いかけようとして、続く言葉を失った。

 エルシィを抱えて座っていたトゥルバの体が、何かに引っ張られるように背後へ傾いたからだ。

 慌てて振り返り助けようと腕を伸ばすが、ルジーが砂の上から伸びてきた硬い木の根に押しつぶされ、魔法陣が一斉に破壊される。


『トゥルバくん!!』

「っ……!!」


 灯り代わりにしていた魔法陣がなくなり、視界は暗闇に閉ざされた。

 エルシィの体も何かに引き寄せられ、身動きが取れなくなる。

 それは性急でありながら、エルシィをいたわる暖かさがあり、彼女は、あ、と声を上げた。


「──ノッタくん!」

「まま!!」


 闇の中から腕の中に飛び込んできた少年を抱き止め、反動のように地上へ引き上げられる。

 砂から飛び出したエルシィは、ウィズィの()()の壁に後頭部を打ち付け、そのまま後ろにひっくり返った。

 うろの外に出ていたルヴィナが、エルシィの姿を目に留め、泣きながら飛び込んでくる。


「ママ、どこへ行っていたの! 怪我は? 酷いことされてない? 心配したんだよ……!」

「***!!」

「ルヴィナ、さま」


 泣きじゃくりながら腕の中にいるルヴィナと、母国語で泣き喚くチェンノッタに、エルシィは呆けた顔を返した。

 しかしうろの外で、本性を現しているシテラに囲まれたトゥルバと、目を回して倒れているルジーが見え、一気に意識を引き戻す。


「っ待って、やめて、その人はわたしを助けてくれたの!!」


 子供たちを押し退け、エルシィは外に飛び出した。シテラの蔓を両手で引っ張ると、チューリップの幻想生物は戸惑った様子でエルシィを見る。


「御母堂さま、落ち着いてください。私たちは……」

「お願い、やめて、その人を傷つけないで! わ、わたしが責任を負うわ! わたし、これでも強いんですよ、拷問でも強姦でも、なんだって耐えられるから!!」


 涙を飛ばして懇願するエルシィに、シテラが言葉を失う。

 子供たちが動揺し視線を上げた先で、ウィズィの頭部付近から降りてきたセオドアが、青い顔でエルシィを見下ろした。


「……なんの話をしてるんだ、エルシィ?」


 


 

 

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