008 神殿の掃除
狭い集落の事なので、10分も歩かないうちに目的のクラレラの店の前に着いた。
年季は入っているが、食べ物を扱っている店らしく小綺麗にしており、シバケンは好感が持てた。
「こんにちは。」
「いらっしゃい。あ、ギルドからかい?あらあら、こんなに若い人が2人も。ありがとうね。助かるよ。」
上品で小柄な老婆が店の奥から出てきた。
「ギルドから神殿の改修の依頼を受けたシバケンです。こっちはシマノフスキ。」
「ご丁寧にありがとうね。アタシは依頼者のクラレラだよ。疲れてなきゃ、早速仕事に取り掛かって貰ってもいいかい?」
「ええ、是非お願いします。」
シバケン達は、クラレラについて店の外に出て、その向かいの道を進んだ突き当たりに、神殿と呼ぶにはあまりにも粗末な小屋が建っていた。
3人で中に入ると狭く感じるほどの広さの神殿で、その正面には、表面がボロボロと欠け始めている神像が鎮座していた。
さらに、奥にも部屋があるようだった。
クラレラは神像にむかって深々と頭を下げたので、シバケンとシマノフスキもそれに倣って頭を下げる。
「見ての通りですよ。神殿の周りの草むしりは子供たちにやってもらいますから、お2人にやって頂きたい仕事は、奥の倉庫から物を出して虫干しをするのと、その間に棚や床の掃除をお願いします。あと、神像を磨くのは私がやりますから、それのお手伝いもお願いできたら。」
シバケンは倉庫を見てみたが、僅かな本と細々とした祭具があるぐらいで、仕事のボリュームとしては大した事はなさそうだった。
「わかりました」とシバケンは言い、まずは屋外の日陰に虫干し用のスペースを確保した。
その後、壊れやすくなっている祭具を運び出し、軽く拭いてから間隔を開けて置いていく。
シバケンとシマノフスキの2人で、一刻(約40分)余りで作業が終わった。
いつの間にか子供達も来ており、遊びながら神殿の周りの草むしりをしている。
シバケンは、クラレラが神像を磨くのを手伝うようシマノフスキに伝えると、自分は内部の拭き掃除と、床の掃き掃除を行った。
四畳半の倉庫と十畳間ぐらいの広さの神殿だったので、午前中には掃除は終わった。
子供達も途中から草むしりそっちのけで遊び始めていたが、クラレラはそれを咎めるでもなく、ニコニコと眺めていた。
「ありがとうね。冒険者さん達の手際がいいから、いつもより早く終わったわ。それに、いつもより綺麗になったみたい。」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです。次は、何をしましょう?」
「ちょっと早いけどお昼にしましょうか。婆さんの作った大した物じゃ無いけど、よかったら食べてって。ご飯を食べたら、虫干しした物を片付けて貰っていいかしら?」
「ご飯って。悪いですよ、そんな。」
「気にしないで。大した物は用意出来ないんだから、そんなに期待しないでよ。」
「そうですか。それじゃ遠慮なく頂きます。代わりに、時間の許す限りお店の方の掃除をしてますよ。」
「あら、そんな。悪いわよ。」
「こちらこそ、お気になさらないで下さい。時間も限られてるんですから、そんな大した事出来なくて恐縮しますよ。」
神像を磨いている最中も、クラレラは腰と肩の痛みに悩まされているように見受けられたので、シバケンは掃除の提案をした。
言葉とは裏腹に、クラレラは嬉しそうしていたので、遠慮なく3人は子供達と共に店に戻る事にした。
店は古くはあるが丁寧に使われており、またホコリなども綺麗に除かれ、クラレラの人柄を彷彿とさせた。
ただ、高い所の埃や重い物が入り口近くに置かれていたりするなど、今のクラレラの手に余る事も多々あるようにシバケンには見受けられた。
それを、シバケンとシマノフスキは手分けをして掃除をした。
「出来たわよ。」
クラレラの手にある器には、具沢山のスープが注がれていた。
後ろから付いてきた子供達がパンと付け合わせを持ってきた。
付け合わせは、酢漬けの小魚だった。
「こんな物だけど、おかわりはいっぱいあるから、遠慮なく言ってね。」
「あら、ずいぶん綺麗にしてくれたのね」とクラレラは大袈裟に誉めてくれながら、シバケンは子供達も交えた賑やかな食事を楽しむ事が出来た。
と、そこに1人の若者が入ってきた。
歳はシマノフスキより少し上ぐらいで、綺麗な赤い髪を無造作に縛った美少年だ。
体つきはまだ少年のものだが、腰から下げた長剣はシバケンから見ても立派な物で、そのアンバランスさを際立たせていた。
「あっ、ヴィクターだ。」
子供達が駆け寄る。
「ヴィクターかい。あんたはいつも急だね。」
「婆ちゃん、まだ元気そうだね。これお土産。」
「ありがとうよ。ご飯は食べるだろ。誰か、ヴィクターにスープをよそってやってくれ」
子供達が競って厨房に駆けるのに、クラレラは「こぼさないようにね」と声をかけた。
「今日は、いつもの掃除だったの?」
ヴィクターと呼ばれた少年は、シバケンとシマノフスキに目を向ける。
その何気ない視線の中に、一瞬背中を寒気が走るような感覚を覚え、シバケンは鳥肌がたった。
シマノフスキは、持っていた皿を落としてシバケンの腕を握る。
しかし、その感覚は一瞬で消え去り、ヴィクターの顔には笑顔が浮かぶ。
「驚かせてごめん。見た事のない冒険者だったからね、つい。オレはヴィクター。タランテラ市とプリズメイン村を拠点にしてる“鱗の無い竜”のリーダーだ。君たちは?」
「私は、ゴモ村の冒険者でシバケン。こっちはその相棒のシマノフスキです。この村には昨日荷物持ちの依頼で来て、今朝たまたまクラレラさんの依頼を受けて。」
「シバケンさん達はホントに丁寧に仕事をしてくれてたよ。しかも、私の手の届かない店の掃除までしてくれて大助かりだよ。」
「そっか。どうりでいつもと雰囲気が違ってると思った。」
「ヴィクターさんは、この村には依頼で?それとも、釣りで?」
「ヴィクターでいいよ。ちょっと違うかな。1級になったから嬉しくて、依頼の途中で久しぶりに村に帰って来たんだよ。」
「一級ってまさか、冒険者の1級?」
「もちろんそうだよ。“鱗の無い竜”ってパーティー知らない?」
「いや。ごめんなさい、知らなくて。」
「そっか、それじゃ僕らもまだまだ頑張らないとね。」
ヴィクターは屈託なく笑うと、酢漬けの小魚を指で摘んで口に入れる。
たしか、クレンペラーさん達が4級て、アルゲリッチさん達でも3級だったはず。
それをこんな高校生ぐらいの男の子が1級だなんて。
しかも、リーダーだという。
シバケンは改めてヴィクターの姿を見直す。
「そんな目で見ないでくれよ。たまたまパーティのメンバーに恵まれただけなんだから。ん?待てよ。シバケンとシマノフスキって、こないだセッカイクを発見した調査団にそんな名前があったような。あれは?」
「ええ、私たちです。あの依頼には、荷物持ちで参加したんですよ。」
「すごい、まさかそんな話題の人だなんてね。」
「話題、ですか?」
「もちろんさ。あんな大ニュースだもん、話題になってるよ。セイカックの発見と、腐鳥を飼育するゴブリン。それに、忌腐酒を醸成するゴブリンメイジ。1級のオレ達が聞いてもヤバいもんね。さすがは騎士団って声もあるけど、ヌブーさんとアルゲリッチさんの二人の安定感は相変わらずだって感心したよ。」
「おふたりの事を?」
「もちろん知ってるよ。狭い世界だからね。評判はよく聞くし、二回ぐらい一緒に依頼をこなした事もあるよ。だから余計に、シバケンがオレ達のパーティを知らなかったのがショックだったよ。」
そう笑うと、ヴィクターは、子供達に催促されて遊びの輪に加わって出ていった。
2023.4.23 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました




