表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/253

007 『木馬亭』にて④

「初めて聴きましたけど、素晴らしかったです。是非他のも聴きたいんですけど、日頃は劇場とかで演じられてるんですか?」


 頬を上気させたラナマールは、一息に冷えた麦酒を飲み干す。


「お粗末様でした。久しぶりの外題なんで不安もありましたけど、シバケンの旦那に気に入って頂いたみたいでよかったです。聴きに来て下さるんなら、小屋の場所教えますよ。アタシらはちゃんとした劇場なんかでやるのは年に数回あればいい方で、日頃は戸板作りの粗末な小屋でやってますからね。しかも、裏路地の汚ねぇ所ですから、来るのに迷わねえで下さいよ。」


 小屋というと、寄席のような場所なんだろうか。

 シバケンは中学生の修学旅行で一度だけ行った、東京の寄席の雰囲気を思い浮かべながら話を聞いていた。


「小屋には、他の“赤目語り”の方も?」

「ええ、アタシみたいな赤目語りや、曲芸や糸あやつりなんかと一緒に出てますよ。」

「この村にもそんな小屋が4軒ほどあるから、場所はオレが後で教えてやるぜ。それよりも、まだ呑むんだろ?酒が無くなりそうじゃねぇか。呑みも食いもしねぇ奴は客じゃねえって、親父に叩き出されちまうぜ。」


 厨房を見ると髭面の主人が相変わらず不機嫌そうな顔で立っている。

 給仕係のカンナはいつの間にかどこかにいなくなっていた。

 裏で仕事でもしているのだろうか。

 こないだ食堂の掃除の依頼で、裏方の雑用の多さに辟易したのを思い出す。

 笑顔の素敵な女性だったな。

 厨房に立つ主人と彼女はどういう関係なのだろうか?

 主人の方は、髭に覆われていてはっきりとは分からないが、おそらく50代、それも後半だろう。

 年齢差から考えると、歳の離れた夫婦というよりは、親子という関係か。

 それにしては、顔は似てないな。


「おい、シバケン。ボーッとしてどうした。まだ呑めるんだろ。お前も濁り酒でいいのか?」


 プシホダとラナマールの話を聞くでも無しにいながら、店の主人と給仕の女性の事を考えていたら、いつの間にか瓶の酒が無くなったらしい。

 プシホダの声にハッと我に帰る。


「あっ、すいません。私も濁り酒で」

「親父、濁り酒を1瓶追加だ。シバケン、さっきからどうした?食いたりねぇのか?それとも、ラナマールの話がつまらなかったのか?」


 プシホダは意地の悪い笑みを顔に浮かべて、ラナマールを見る。


「いえいえ、そんな事は。ラナマールさんの語った“裸の”リュシュリューの話は面白かったですし、お酒も料理も美味しいですから、楽しんでますよ。」

「嬉しい事言ってくれますね、シバケンの旦那。しかも勘定まで持ってくれるみたいで。」

「おう、金の事は俺たちに任せな。」


 プシホダのあまりの態度に、シバケンは苦笑を浮かべる。

 ただ、最初にプシホダが言っていた「ふたりで5,000ガン」というのは、かなり眉唾な話だろう。

 このボリュームでこの味なら、ひとり5,000ガンはするのではないだろうか。

 ラナマールの分が増えても、まあお金は足りるだろうと、シバケンは自分の懐具合と相談しながら、干し魚に手を伸ばした。

 頭から丸齧りをする。

 硬い、が、味は懐かしい干物の味だ。

 昔はそんなに好きではなかったが、懐かしさから、思わずもう一匹手に取る。


「はい濁り酒。お待ちどうさま。あら、シバケンさん干し魚がお好きなんですね。珍しいわ。私も好きなんですよ。もう少し寒くなったら、卵を持つようになりますから、その時は卵の弾ける食感と濃厚な味が格別ですよ。また食べに来てくださいね。」

「なんだよ、カンナ。やけに愛想がいいな。金払うのがそいつだって分かっちまったか?」

「プシホダさん、バカな事言わないの。シバケンさんも、どんな関係か知らないけど、プシホダさんなんかにたかられたらダメよ。気を付けないといけないわよ。」


 冗談半分という感じで、カンナが心配そうにシバケンの顔を覗き込んだのだが、シバケンが思った以上に距離が近かった。

 顔が赤くなるのがわかり、思わず顔を背けた。

 プシホダはヘラヘラ笑っている。


「大丈夫ですよ。こんないい店を紹介して貰ったお礼ですから。心配しなくても、今度からは一人で来ますね。」


 「へっ、道もわからねえ癖によ」とプシホダは憎まれ口をたたく。

 

「シバケンさんは初めて見る顔だけど、プシホダさんのお仲間?」


 客が入ってくると巧みに捌きながら、カンナは話に加わった。

 カンナのおすすめメニューというのも注文した事もあるせいか、髭面の主人から不興を買う事もなかった。

 結果、3人がたらふく呑んで食べて、合計13,000ガン。

 プシホダの言葉よりオーバーはしたが、それでも想定していたより安く済んだ。


「ごめんね。勝手におすすめなんかしちゃって。普段はこんな高い店じゃないんだから、また絶対来て下さいね。」


 会計を済ませたシバケンを、すっかり打ち解けた感じのカンナは送り出してくれた。

 こちらの時間で五刻ほど、3時間半ぐらい居たのだろう。

 夕方に近くなり、店には客が立て続けに入ってくるのと、入れ違いに3人は店を出た。

2023.5.4 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ