010 宿に戻ると②
宿に戻ると、お客らしいパーティとおカミさんが話をしていた。
1人は引き締まった軽装の男で、長身の身体に似合った細身の剣を腰に差していた。
もう1人は頭からローブをまとい、若いのか歳なのかはわからないが、ただ体つきからは女性と察せられた。
おカミさんと交渉しているのは、小太り中年男性だった。
商人とその護衛の冒険者、というところか。
応対をしているおカミさんの話ぶりから、常連のように思えた。
シバケンはドラナーに足湯を頼むと、そのまま洗い場へ向かった。
今日こそは、シマノフスキから足湯の入り方を聞かなくては。
運ばれてきた足湯に、まずはを手拭いを浸して身体を拭く。
そして、シマノフスキの真似をして魔石を握り、タライに足と手を浸ける。
「少しずつ温まるように」とシマノフスキからは言われても、やり方の要領は全然得なかった。
当然といえは当然だが、タライのお湯はどんどんぬるくなっていく。
シバケンが諦めかけたその時、シマノフスキがシバケンのタライの中に手を入れて、シバケンから魔石を受け取る。
すると、少しずつ魔石から熱を発するようになり、しだいにタライのお湯がちょっと熱いぐらいにまでなってきた。
「シマノフスキ、ありがと。もういいよ。」
シマノフスキはそう言われると、魔石をはなし再び自分のタライに足と手を浸けた。
心なしか、お湯が冷めるのも緩やかになったように感じながら、シバケンは久しぶりの足湯を楽しんだ。
シマノフスキの方はというと、昨日ほど身体が冷えていないのか、早々に飽きているようだった。
その視線の先には、お土産のジャムとクッキーの包みがあった。
シバケンは苦笑を浮かべる。
「シマノフスキ、それじゃおやつにしようか。」
足湯を切り上げて、2人は食堂に向かう。
食堂には客はおらず、ドラナーは料理の仕込みを、おカミさんは掃除をしていた。
「今、大丈夫ですか?」
「ん、シバケンか。よし、それじゃ、そろそろ休憩にするか。」
テキパキとおカミさんはハーブティーを入れる。
シバケンはお土産の包みを開けると、小ぶりのクッキーが10枚と、真っ赤なジャムと薄ピンクのジャムが入っていた。
「まぁ、アッツとミリーの2つも。ミリーは今年初めてよ。楽しみだわ」
真っ赤なのはいつも見慣れたアッツだが、薄ピンクの方はミリーという果物らしい。
しかも、ジャムといっても果肉はごろっとしたままで、蜜の部分はうっすら色付いただけの透明な蜜のままだった。
まずはお手本とばかりに、おカミさんが手を出す。
シバケンは食べ方を真似ようとおカミさんの方を見ていると、おもむろにジャムの蜜だけを掬いハーブティーの中に入れて、香りを嗅いだ後一口飲んだ。
「ああ、相変わらずいい香り。それに、甘さもちょうどいいわ。」
そして、クッキーを半分浸し、柔らかくなったところにジャムの果肉のみを乗せて齧り付く。
おカミさんはすごく満足そうな表情を浮かべている。シバケンも真似をして、同じようにミリーのジャムをハーブティーに入れる。
ハーブティーは香りを抑えたタイプのようで、ジャムを溶かした途端、ミリーの香りが花開いたかのように広がる。
まずは一口啜る。
柑橘系の香りが鼻に抜け、爽やかな甘味が口に広がる。
「ああ、美味しいですね。」
「でしょ、クラレラさんのジャムは絶品なのよ。クッキーも食べてみて。」
言われる通りに、クッキーをハーブティーに浸す。
そろそろ柔らかくなったか、というタイミングでおカミさんと同じように果肉を乗せ一緒に口へ入れる。
ジャム入りのハーブティーを吸って、ホロホロと砕けるクッキーの食感が気持ちいい。
しかも、そこにほのかなバターの濃厚な風味が加わる。
ミリーの果肉もあまり煮詰めていないため、フレッシュな酸味すら感じさせる。
シバケンは夢中で残り半分のクッキーも浸して、口に放り込む。
「どうだ、美味いだろ。」
ドラナーは、自分の事のように誇らしげにしていた。
おカミさんは「もう一枚いいかしら」と言って、新しく入れたハーブティーに再びミリーのジャムを入れる。
シバケンとシマノフスキも、ハーブティーを新しく入れてもらい、今度はアッツのジャムを入れる。
干し果実にしたりお酒にしたりジュースにしたりして馴染みのあるアッツだが、ハーブティーに溶かすとまた違った香りを楽しめた。
ミリーが柑橘系で、こちらはベリー系の味といった食べ比べを楽しむ事が出来た。
シマノフスキはミリーの方が好みらしく、3杯目はミリーにしていた。
シバケンはハーブティー2杯と、クッキー3枚でお腹がいっぱいになった。
「ありがとうね。シバケンさん。せっかくの依頼の報酬、たくさん食べちゃったわ。」
「いえいえ、美味しい物はみんなで食べた方がいいですから。」
「そうか。いや、すまなかったな。オレも久しぶりに食べたら美味くてよ。ハーブティー2杯も飲んでしまったよ。」
クッキーは無くなり、ジャムも残り少なくなってしまっていたが、皆で美味しく食べたので惜しくはなかった。
そして、もちろんこの村を出る前に、お土産として買って帰ろう。
「おい、親父さん!急ぎで悪いが、腹に詰める物軽く作ってくれないか。」
先程の冒険者達が、勢い込んで食堂に降りてきた。
みな、物々しいいでたちをしている。
「わかった。簡単な物だが、すぐに作ってやるから、待ってろ。」
急に慌ただしくなった。
おカミさんは彼ら3人にお茶を出し、ドラナーは厨房に向かう。
包丁の音がしたかと思うと、すぐに油で炒めるような音がし始めた。
おカミさんも厨房に入って手伝っている。
「出来たぞ」と言って、ドラナーは肉と野菜を炒めてペイで包んだものを大皿に載せてきた。
「食えない分はそのまま持っていきな。ヴィクターにも食わせてやれ。」
ヴィクター?
という事は、彼らはあのヴィクターのパーティなんだろうか。
「それだけ急いでるって事は、見つかったのか?」
「ああ。探索役からの情報で、拠点の位置は掴んだ。今から出れば夜中前には着くはずだ。ちょうど良い時間さ。」
そう言うと、ペイを頬張り残りは袋に放り込んで慌ただしく宿を出て行った。




