三つ子の兄弟
昔......
ずっと昔のことだ............
私のことを『マドンナ』と呼んだ三つ子の兄弟がいた。
その街では、三分の一の確率で双子が生まれていた。
そして数十年に一度の割合で、三つ子の兄弟が生まれることがあった。
これから話すのは、その三つ子の兄弟の話だ......
三つ子の兄弟と......私の......
......ひと夏の恋の物語だ────────
一九四二年の夏。
七月十日に三つ子の兄弟、カインとケインとアシュレーは、三人揃って十二歳の誕生日を迎えた。
双子の多いこの街で、三つ子の彼等は目立つ存在だった。
彼等はそのことを、充分に意識していたし彼等の存在は、否応なしに女の子達の目を引いた。
彼等は常に、注目を浴びる存在だった。
特に長男のカインは、有り余る色香と神秘的な瞳の両方を持っていたので、女の子達は誰もがカインの虜になった。一方二男のケインは、爽やかさを売りにしていたが、女の子達がそれに気付くことはなかった。
何故なら、女の子の誰もが......振り向きざまに向けられたケインの笑顔を前にすると『どっちがカインで、どっちがケイン?』なんてことは、もうどうでもよくなってしまうからだった。
それ程に、ケインの笑顔は魅力的だった。
なので、女の子達がカインとケインの二人を、見分けるのは至難の技だった。
カインとケインの二人が、真夏の太陽の様にキラキラして、陽気に笑うのに対して末の弟アシュレーは、沈みかけた夕陽の様に静かで、驚くほど無口だった。
同じ顔をして同じ声を持ち、同じ髪型をして、同じ服を着ているにも関わらず、末の弟アシュレーがそれと分かるのは、彼が二人の兄とはまったく異なっていたからだった。
カインとケインの二人が、次から次へとおしゃべりをする中、末の弟アシュレーは声を発することもなく、彼等の顔を見てにこにこと笑うばかりで、海辺にやって来た女の子達には、彼が『アシュレー』だと、一目で見抜くことが出来た。
兄が、女の子達と楽し気に笑っている時も、アシュレーだけはじっと海を見つめていた。
遠くを見つめている時、アシュレーの心がここにないことを、女の子達は気付いていたが、それに触れることはなかった。
その夏、三つ子の兄弟は毎日海へと繰り出した。そして女の子達の熱い視線を、降り注ぐ太陽の光の様に、さんさんと浴び続けた。
二人に会いに女の子達も毎日、海にやって来た。そしてどっちがカインで、どっちがカインなのかを言い当てるゲームを楽しんでいた。
カインは海辺にやって来る女の子達全ての『心』を釘づけにする術を、生まれながらにして持っていた。
カインが、自然と身に付けた優雅な仕草で額にはり付いた栗色の髪を、人差指を使って払いのけると、その仕草を目にした女の子達は、太陽の光とカインの色香にあてられ突然の目眩を引き起こし、砂場に倒れ込んだ。
三つ子の兄弟が十二歳の誕生日を迎えたこの夏は、女の子達にとって特別な夏となった。
それはカインが────
「ぼくとケインとを見分けることが出来たら、デートしてあげるよ」と言ったからだ。
カインが始めたひと夏のゲームに、女の子達は夢中になった。
誰がカインと『デート』をするのか、盛り上がる中、カインは憂いに満ちた眼差しで海辺でさえずる女の子達を、毎日魅了し続けた。
そんな中、双子の姉妹ティナとティアの二人がアシュレーの側にやって来た。
「アシュレー何を作ってるの」
アシュレーが『砂の城』を作っていることは、一目瞭然だったが、ティナは決まってそう訊いた。
そしてアシュレーもまた『マーメイドのお城だよ』と、いつも答えた。
ティナとティアの二人は、肩をすくめて軽く微笑んだ。
「じゃあねアシュレー。マーメイドのお城、頑張って作ってね」
二人はくすくす笑いながらアシュレーの側から離れていった。
風が吹いて、女の子達のおしゃべりがアシュレーの耳に運ばれて来た。波打ち際で遊んでいた黒い髪の女の子が、「アシュレーは何をしてたの?」と訊いた。
「砂の城を作ってた」とティナが言った。
「マーメイドのお城ね」
「アシュレーはきっと、信じてるのよマーメイドの伝説を」ティアが言った。
「あたしのおじいさんは、昔この海で、人魚姫を見たことがあるのよ」
黒い髪をした女の子、ルーシーが言った。
ティナとティアの二人が、顔を見合わせて叫んだ。
「マジ?!」
「その話、初めて聞いた」とティナが言った。
「うん。あたしも初めて聞いた」とティアが言った。
「だって、話すの初めてだから」
そう言って、ルーシーはマーメイド岩を指さした。
「おじいさんは、あの岩の上で長い金色の髪をすいている人魚を見たんだって......」
ティナとティアのふたりは、食い入る様にマーメイド岩を見つめたが、突き出した岩以外何もなかった。
「人魚姫って美人なのかな?」
ティナの問いかけに、ティアが首を左右に振った。
「人魚って、お腹から下はお魚なんだよ。いくら綺麗でも、半分お魚じゃ幻滅だって」
「だよね」
ティアの横でルーシーが頷いた。
「そんなことより、あんた達なんでいつも、アシュレーに話しかけるの?」
双子の姉妹は、顔を見合わせてにっこり微笑んだ。
「だって。アシュレーは、カインとケインと同じ顔をしてるのよ」
ティナとティアは声を揃えて答えた。
風がやみ、女の子達のおしゃべりはアシュレーの耳元から遠ざかっていった。
アシュレーは『砂の城』をいくつも作っていた。アシュレーの両手はキラキラ光る砂で覆われていた。アシュレーが顔を上げると、カインとケインの姿が見えた。
二人は、にこにこしながらアシュレーに近づいて来た。
「アシュレー。家へ帰ろう」ケインが言った。
後からやって来たカインが『砂の城』を次々と蹴とばした。
「カイン兄さん......どうして?」
「いいだろアシュレー。砂の城なら、また明日作ればいいさ。ぼく達、毎日海へやって来るんだから」
カインは笑いながら駆け出した。
「待ってよカイン」
ケインはカインの後を追って、行ってしまった。
「うん......分かったよカイン兄さん......」
アシュレーは壊された『砂の城』を見つめながら呟いた。