殴り書きの入学願書(担任視点)
私にとって黒沼泥水という少年は、その生い立ちや名前の特異性を除けば受持ちの生徒の一人としか認識していなかった。
彼の両親は地図にも載っていない半ば異界化した小さな村で当時ようやく解明されてきた超常現象について調べていた国の研究チームによって保護された数少ない生存者だったようだ。
それまでにも神隠しにあった子ども達や地震の被害で身元不明になった人達が突如戻って来たという例は珍しくなかったが、彼の両親のように異能を使えるようになった例は初めての事だった。
政府は二人の身体に異常がないか調べるうちにその脳と丹田に独特な紋様が刻まれてありそれが脳の電気信号で起動することで一種の超能力の様なものを起こしていると仮定した。
そして、その紋様を解析することが出来れば人為的に脳や丹田に刻み付けることにより後天的に超能力を使用することが可能になるということが解明された。
今では世界中が新たな紋様の開発や研究に力を注いでいる。
しかし紋様のオリジナルである彼の両親は、彼を産んですぐ母親が倒れ、父親は研究資料を盗みとった某国のスパイとの銃撃戦に巻き込まれ死亡したらしく現在彼は両親の引き取り手であった義理の祖母に育てられている。
泥水という名前は祖母の父親から譲り受けたらしい、肝心の彼には紋様は遺伝しておらず最初の紋様は永遠に失われてしまった。
彼の長く伸びた前髪の奥にある瞳は塞き止められた川の水のように黒く濁っており確かに泥水のようであった。
私はこの三年間、彼という人間を見てきたが誰かに心を開いたところをみたことがない。彼自身に両親の事は知らされていないにも関わらず、彼は紋様をいれるのを嫌っているようだった。だから高校も紋様学が関わらない場所を選ぶと思っていたが彼は紋様学の専攻がある墨字学園に進学を希望した。墨字学園は紋様学を学びに世界中から生徒が集まる学園だ、紋様を嫌う彼が何故と思ったが彼の顔つきをみて察した。中性的な顔立ちから暗くともいつも幼さが覗いていたが
今日は寂しさを押し隠し前に進もうと、巣立ちの時を迎えた雛鳥のような力強さを感じた。
きっと祖母から両親の事を聞いたのだろう、聞いた上で決意したのだろう、彼はその瞳で両親と自分と世界を変えた紋様を見定めるために墨字学園に入学願書を書いたのだ。
ならば私は彼の背を押そう、私は生徒の成長を喜びながら
手続きを済ました。




