086 恥ずかしい報告会
マーリオン村に戻った俺は馬車にアーニャとロナを残し村長へ報告する。森を焼き払ったことを伝えると驚かれたが、もうずいぶんと前からあの森へは人が近づかなくなっていたから問題ない、魔物が居なくなったならそれで良しということになった。
そして村の人の状態も改善傾向にあることを確認し、急ぎ王都へもどることにする。もうアーニャは大丈夫だけどこんなことになったんだ。マクシムさんとサユリさんに報告は必要だ。
まったくちょっと暇つぶしくらいのつもりで受けた依頼でえらい目にあった。カトブレパス、あれは罠みたいな魔物だったな。単純な戦闘力じゃ大した事ないのに、油断したら毒。しかも俺のスキルじゃ対処できない神経毒。あれだけ鍛え上げてるアーニャがあっさり死にかけたんだ。助かって本当に良かった。魔物には慣れてきたつもりだったけど、考え直さないとな。もっと安全に先手を打つようにしないとまた足をすくわれそうだ。
「私もしたいです」
「だめです」
「アーニャだけずるいです」
「ずるくない」
馬車に戻ると何やら口論しているアーニャとロナ。アーニャは上半身を起こして過ごすことが問題ない程度には回復してる。
「そろそろ出発するよ。どうしたの?」
「アーニャだけキスしてもらって、私も頑張ったのに何もないなんてずるいです」
はは、そんなことか。恥ずかしくなるからやめてくれないかな。思い出すと顔が熱くなる。30過ぎた男の反応としてはちょっと気持ち悪いぞ。
「ロナも私としたでしょ」
「それ、違うと思います」
「いいじゃない」
「よくないです。アーニャが最後にしてたのを私もケンジに」
「だめです。だめだよねケンジ」
「いや、まぁダメかな」
「ほら!」
「私だって何かご褒美があっていいと思うんですけど」
「まぁそれは考えとくってことで、出発するよ」
「私、グレそうです。グレて人間滅しますよ」
「ケンジに無力化されてしまえ」
ロナの非難の声は放置して俺は御者台へ飛び乗り馬車を走らせた。荷台ではロナとアーニャが何やら言い争いをしてるけど、聞いてると恥ずかしくなるから無視だ。救命行為だとしても何時間も唇を合わせていたとか、しかもアーニャは体が動かせなくなってただけで意識はあったんだ。ずっと意識を保ってあれを受けていたってことだ。今考えたらスキルで眠らせてた方が良かったんじゃないか? その方が苦痛も少なくて良かったんじゃないかって思う。でもあの時は、アーニャの意識が保たれてないと怖かったんだ。眠らせてしまったらもう心拍以外生きてるかどうかも分からなくなってしまうから。うん、仕方なかったんだ。
俺は俺で色々考え、自問自答してたら、帰りの道のりは宿場で一泊したのにもかかわらずあっという間だった。相変わらずアーニャとロナは恥ずかしい言い争いをしてる。そろそろ王都だし終わってくれないかな。
城門で衛兵に声をかける。王宮の者には既に通達がいってるから、ギルドカードで身分さえ証明すればあっさり馬車ごと中へ入れる。俺達は城内にあるアーニャ家族の部屋近くの入口前に馬車を止めた。
「じゃぁとりあえずアーニャの部屋に行こうか。マクシムさんたちに報告しないと」
「うん、じゃぁお願い」
そう言ってアーニャが両手を差し出してくる。昨日の宿場では部屋まで俺が抱きかかえていったんだがまたそうして欲しいみたいだ。もう歩けるはずだけど、本人がそう言うなら喜んで抱きかかえましょう。
「何言ってるんですか。もうトイレもお風呂も一緒に歩いていったじゃないですか。アーニャばっかり甘えていい思いしようなんてダメです。私が支えます」
近づこうとした俺の前に割り込んで気たロナがアーニャの腕を支えて引き起こした。非力なロナが頑張ってる。その背中には既に小さな赤い羽が育ち始めてる。
俺が扉を開き、ロナが支えてアーニャと一緒に歩き部屋にまでたどり着く。
「ケンジです。戻りました」
俺はノックして声をかける。
「あいてるよ」
「どうぞー」
部屋に居たみたいだ。マクシムさんとサユリさんの声が返ってくる。弱ってるアーニャを見てどういう反応をするだろう。俺も一緒に怒られるかな。
ちょっと不安になりながら扉を開き、アーニャとロナを通す。
「ただいまー、へへ、ちょっとやらかしちゃった」
アーニャは軽い調子で言う。
「もう、重たいんですから早く座ってください」
ロナは本当に疲れた様子でそのままアーニャをテーブルの椅子へ座らせる。ロナって体力は普通の人間以下だもんな。魔力はとんでもないってのを見せつけられたけど。
「どうしたんだ? ロナ食中毒か?」
「違うよ。魔物にやられちゃった」
「魔物? そんな強いのがいたのか!」
「アーニャ、どこ怪我したの? 見せてみなさい。大怪我したって今は大神官と聖女が揃ってるんだから、手足が無くなったって元に戻してくれるわよ」
大神官と聖女が揃ってれば手足が無くなった手足も生えてくるんだ。すげーな。
サユリさんがアーニャに近づき全身を見る。怪我はない。説明いるよね。
「いや、怪我はないんです。毒にやられました」
俺の説明にマクシムさんとサユリさんの顔が青ざめる。
「おい、それ本当かよ。毒てどんなどくなんだ? 今はいいのか?」
「実は動けなくなって息もできなくなったんだよね」
「あれは神経毒、薬で言うと筋弛緩薬のような毒なんだと思います。アーニャはちょっとしか毒を吸ってなかったみたいなんですが、だんだん動けなくなって、最終的には息ができなくなり……」
こっから先はなんか言いにくいな。両親に人工呼吸しましたとか。
「どうやって助けたんだ。ケンジのスキルなら効果があったのか?」
「いえ、俺のスキルも効き目がなくて」
うーん、最後まで説明しないとだめだよな。隠す方が変だし。
「ケンジと私が、何時間もキスして助けました」
俺が言えずに迷ってたら、ロナが誤解を招きそうな説明をズバっとしちゃったよ!
「は? キスして助けた?」
マクシムさんの目が俺とロナの顔を行ったり来たりしてる。何言ってんだ? の顔だ。逆にサユリさんは、納得したように頷く。
「いや、ロナ違うだろ、人工呼吸だろ」
「同じようなものでしょ」
「全然違うし! アーニャから毒が抜けて自力で呼吸ができるようになるまで人工呼吸を続けたんです」
キスは空気を吹き込んだりしないだろ。というかキスに拘り過ぎ。昨日から私にもキスしろ的な要求を繰り返してる。あまり相手にしないようにしてるのにしつこい。人工呼吸のことを追及されたくないからまくしたてるように説明を続ける。
「私が何も考えずに突っ込んじゃって」
「俺たちには見えなかったんですが、周囲に毒が撒かれてたみたいで」
「アーニャが私の注意も聞かずに突っ込んでいっちゃったんですよ。私は魔力を感知して何かあるって分かったけど、それを言ってもすぐに戻ってこなかったし」
「ごめん、槍が刺さったままになっちゃって……あ、私の槍、結局忘れてきちゃった」
いやいや、死にかけたんだ。武器のことなんてどうでもいいでしょ。
「そうか、そりゃ危ない目にあったなアーニャ。ケンジ、ありがとう。やっぱり医療関係者は違うな」
「本当に危なかったです。もし濃い毒をモロに吸ってたりしたら助けられたか分かりません。ロナが風で吹き飛ばしてくれるのがもうちょっと遅かったらダメだったかもしれません」
「アーニャ、気を付けてね。怪我ならここに戻ってくればなんとでもしてもらえるけど、魔物にはそういう予想外な攻撃をもった個体が居るのを考えて行動しないと。慣れてきた頃が危ないんだから。常に警戒心は持つようにしなさい」
「はい、お母さん」
「ケンジさん、本当にありがとう。娘を救ってくれて」
「いえ、助けられて良かったです」
青くなっていたマクシムさんとサユリさんが改めてアーニャの無事を喜んでくれた。本当に助かってくれて良かった。もしアーニャが死んでたりしたら、俺はもうこの二入りに合わせる顔がないし、この世界に居場所がなくなってたかもしれない。
「良くないです! アーニャだけケンジにキスしてもらって私だって頑張ったのに何もなしです」
ロナがむしかえしてきた! ここは和やかに終わるところだろ。
「ほほう、ロナはケンジにキスしてもらいたいのか」
しかもマクシムさんが乗ってきた!
「もちろんです。目の前で何時間も見せつけられたんですから」
「そうかそうか、ケンジは何時間もアーニャにキスしてたのか!」
「いや、人口呼吸ですから。それにロナも交代でしましたから!」
「私のは人工呼吸です」
「そうか、ケンジは我が娘の唇を奪って、さらにロナの唇まで手に入れるのか! うらやましいぞ!」
「それで平等だと思います!」
なんだその平等。おかしいだろ。ロナ、人間の価値観を間違って理解してるぞ。そこに平等はない。
「あなた、羨ましいんですか?」
よし、サユリさん、この場を鎮めてくれ。あなたしかまともな人はいない。サユリさんの小さな手がマクシムさんの盛り上がった僧帽筋を掴む。
「アーニャだって、動けるようになってすぐ自分からケンジにチュッチュしてたんです。私だってそのくらいさせてくれてもいいじゃないですか!」
「そんなことお父さんたちの前で言わないでよ!」
黙って真っ赤な顔してたアーニャが大声をだす。おお、そんな声が出せるくらい回復してるんだ。そんな真っ赤な顔になって、やっぱり可愛いぞ。
「なに! アーニャからだと! アーニャどういうことだ説明しろ!」
「お父さん! そこに食いつかないで!」
「あなた、いい加減にしてくださいね」
サユリさんがマクシムさんの僧帽筋の繊維をミキミキ言わせながら握っている。あの小さい手、いったいどのくらいの握力があるんだろう。そういえばアーニャの槍よりずっと重い薙刀を使ってるって言ってたな。
「あだだだ、痛い、痛いよサユリ。分かった。分かったから離してくれ」
初めてマクシムさんが降参するのを見た気がする。
「まぁ、あれだ。俺は娘の恋路を邪魔する気はない。それに俺より強い男を連れてきたんだ。それが娘を助けてくれたってんだから文句はない。いや、ここは父親の特権で一発本気で殴らせろ!」
えええ! そんなベタなことになるの? 俺無抵抗に殴られないといけないの?
「マジですか!」
立ち上がったマクシムさんの迫力にビビッて数歩あとずさる。いや怖いって。この人の本気の一発ってどんな威力なの? 俺死ぬの? 死んでも大神官と聖女が生き返らせてくれる?
「お父さん!」
アーニャがまた大きな声を出す。情けないがアーニャ頼むからマクシムさんを止めてくれ。俺の命が危ない。
「はははははは、冗談だ。娘の好いた男を殴り殺したりしたら、一生口を利いてもらえなくなりそうだ」
おいおい、やっぱり本気の一発って俺が死ぬような一発だったのかよ。冗談でも勘弁してください。
「あなた、アーニャはそういうの免疫ないんですから。ふざけすぎですよ」
あ、マクシムさんの言ったことに、またアーニャが真っ赤になって下を向いてる。はは、アーニャは一見活発な武闘派だけど、実は本物の箱入りだもんな。正確には5年もの王宮入り娘か。恋愛経験もなさそうだし、母親に免疫ないとか言われてるし。
一通りの説明を終えて、やっと落ち着く。ロナだけは納得いかないムスッとした様子だ。まぁそこは今度人間の恋愛についての価値観とかも教えていく必要があるかもしれないな。あ、でも俺はこの世界の恋愛の常識とか知らない。すごく自由な感じだったらどうしよう。アーニャとロナを二股とか許されたりしちゃったり? いやそんなことしたら俺もサユリさんに首をギリギリやられそうだ。うん、あれはヤバイ。マクシムさんは耐えてるけど、俺の首はポキっと折れるだろう。




