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077 大神官、復活!


 コリコリコリコリコリコリコリ


 手加減が分からないから軽く軽くドリルを回す。そして外して穴を確認する。まだまだ全然っぽい。


 コリコリコリコリコリコリコリコリ


 また確認する。まだまだ。繰り返しちょっとづつ頭蓋骨へ穴を空ける。部屋に骨を削る音だけが響く。


「見てると自分の頭が痛くなってくるわね」


 サユリさんが自分の側頭部を押さえて言う。俺も初めてこの手術を見た時はそんな風に思ったかも。

 なんとなくドリルの感触が変化したことに気付き、またドリルをよけて穴を覗き込む。


 ピューピュー


 あ! 血が噴き出した! しまった、膜を残して骨だけ綺麗に穴をあけたかったのに俺の不慣れな作業のためか、それとも作ったドリルが鋭すぎたのか、脳を包む膜まで切り裂いてしまったみたいだ。噴き出す勢いはすぐに弱くなり、赤黒いドロッとした血液が流れ出てくる。


「ケケケ、ケンジさん! 大丈夫でしょうか!」


 慌てる聖女メグミ。あわあわ状態である。まぁ予定とは違うけど大丈夫。だってこの血を抜くために穴をあけたんだから。


「血が噴き出すってことは血種に命中したってことだから大丈夫じゃないですか? このドロッとした感じは溜まってた血だと思いますよ」


 聖女メグミはすでに手を淡い緑に光らせ回復スキルを使おうとしている。


「あ、ちょっと待って、血を抜くためにやってるのに今傷を回復させちゃダメでしょ」

「あ……そうでしたね。すみません取り乱しました」


 大神官と聖女メグミの回復魔法は凄い、これは世間で誰もが知ってること。たぶんそれは医者であり解剖学的知識が豊富だから、それが作用して普通の回復魔法より圧倒的な効果がでてるんだろう。実際にこの国の回復魔法が二人の教育により進歩したって言うんだから間違いない。

 だけど、直接的な手術に関してはこの聖女メグミは完全にド素人だな。たとえ手術で手元が狂っても回復魔法でリカバリーできるんだ。そんな取り乱す必要ないのにね。


「しばらく垂れ流しにしといて洗浄吸引の準備をします」

「はい」


 俺は煮沸消毒済みの容器を取り出す。


「じゃぁロナ、これに水を入れて」

「はい、どうぞ」


 ロナが小さい魔法陣を四苦八苦して作り出し容器に水をためる。どうもロナは小さな出力で魔法を使うのが苦手らしい。大量の魔力をもってるから適当な調整でも問題なかったんだろう。

 魔法で生み出した水は純粋な混じりっ気のない水、ということなので滅菌水だと信じて使う。鍛冶屋に作ってもらった注射器に水を吸い込む。注射器といっても金属製だから中にどのくらい入ってるかは見えないがこの作業に正確な量の把握なんて必要ないから問題ない。そして一番待たされたゴムチューブを接続し、その先に曲がった金属のストローを取り付ける。


「では洗浄吸引しますね」

「はい、私は注射器を操作します」


 ドリルで開けた穴から金属製のストローをゆっくりと頭蓋骨と脳の間に差し込む。脳を破壊しないように手に感じる抵抗に注意して頭蓋骨の内側に沿うように進める。そしてゆっくり水を入れる。そうすると血液と水が混ざって穴からドロドロと出てくる。


「上手く洗えてる感じがしますね」


 上手くいってるように見えるね。ハッキリ言って差し込み具合とかは完全に勘でやってる。それができるのも、聖女の回復魔法があるからだ。同じ作業を穴から四方八方に繰り返す。そして今度は、水を入れるだけじゃなく、そろーっと注射器で内部の水と血種を吸う。しばらく繰り返すと水を注入しても血液が出てこなくなる。


「かなりとれてきましたね」

「はい、どれくらい続けるんですか?」


 かなり慎重にやってたから、洗浄しはじめてから1時間は経ったかもしれない。回復スキルがあるからと言っても脳を大きく傷つけて障害が残らないとは限らないからね。


「もうやめましょう。血種がそれなりに取れたら脳の圧迫が解除されて意識は戻るはずです。回復スキルで傷を閉じるので再出血の心配もないですし、少しの血種は残っても症状も出ないし、そのうち吸収されるはずです」

「そうなんですね」


 そうなんですねって、あなた医者でしょ。

 俺の少し後ろから手術創を覗き込む聖女メグミはもう完全に観客状態だ。


「まぁとにかく、俺の作業はこれでおしまいです。後は聖女様が傷を閉じてください」

「は、はい」

「奥の方から順に止血しながら傷を閉じるイメージで骨までお願いします」

「やってみます」


 俺は場所を譲り、聖女が創部の前に立つ。そして手に淡い緑色の光を蓄え傷へ近づける。


「あるべき姿へ戻れ」


 聖女の言葉とともに傷が閉じ始める。裂けた硬膜が巻き戻し映像を見ているかのように閉じていく。さらにはドリルで開けた穴も周囲から骨が育つように盛り上がってきて穴を空けたことが嘘のようにふさがる。そこで一旦ストップ。


「じゃぁ皮膚を戻しますね」


 針と糸で固定していた皮膚を頭蓋骨へかぶせるように戻す。そしてまた回復スキルだ。聖女がスキルを使うと皮膚はあっと言う間に閉じる。もうよく見ないと傷すら分からないレベルだ。


「凄いですね。回復スキル。これで終了です。後は眠らせてるのを解除するだけです」

「本当にこれで良くなるのでしょうか」

「良くなるはずですよ、まぁ元の世界の治療法ですからね、もしこの世界の理屈がなにか大きく違ってたりしたら効果が出ないってこともあるかもしれませんけど、きっと大丈夫だと思いますよ」

 

 元の世界の知識をもつ聖女や大神官の回復魔法がとびぬけてるんだからきっとその辺りは同じだ。

 傷が完全に閉じると部屋の中に充満した緊張した空気が少し軽くなる。


「こんな方法で大神官様が良くなるのか」

「頭を打った後に意識がなくなることは時折あることだが、あたまの中に血が溜まって脳を圧迫していたとは考え付かなかった」

「このような方法があるとは、これは発表しなくては」

「しかし診断方法はどうするんだ? 魔王殿のようなスキルが無ければ分からないぞ」


 見届け人として来ていた回復魔導士たちが議論し始める。単純に驚いているだけじゃなくもう新しい技術として取り入れようとしてるのはさすがだと思う。


「もう私はいいの?」


 アーニャが大神官の頭を支えたまま聞いてくる。


「あ、もういいけど意識を戻す時、また押さえてもらうかも。ベッドから落ちそうだったりしたら押さえられるように構えてて」

「わかった。いつでもいいよ」

「じゃぁ起こしましょうか。回復スキルのお陰で安静の必要すらないからね、聖女様いいですか?」

「はい、お願いします!」


 ではでは、早速ですが。


 ( 眠気 0 )


「解除しました。今は俺のスキルとは関係なく普通に眠ってるはずです。声をかけてみてください」

「起こしていいんですか」

「もちろんです」


 聖女メグミがおそるおそる父親のもとへ進み出る。そして手を握り声をかける。


「お父さん、お父さん起きて」


 優しい声で起こそうとしてるが反応はない。優しすぎだ。それじゃ普通に寝てる人も起きない。


「もっと、大きな声で、傷は回復スキルで完治してるでしょ。しっかり起こしてください」

「わかりました。お父さん! 起きて! もう大丈夫だよ。起きて!」


 そう言いながら、手を揺らすだけでなく体も揺さぶって刺激する。そして大神官が動き出す。んん? っと目を眩しそうに薄く開き周囲を見渡している。


「お父さん!」


 ひときわ大きな声で呼びかける聖女。


「ああ、どうしたんだメグミ、こんなに大勢の前で」

「お父さん硬膜下血腫で倒れたの。ずっと寝たきりだったの!」

「んあ? あー……ああ! そうだった、だんだん手が痺れたりぼーっとしたりしていて……そうか、俺は慢性硬膜下血腫だったのか!」


 おお、めっちゃハッキリしてる。元の世界でみてきたケースじゃ、薬でぼーっとさせてるからここまでいきなりはっきりしなかった。今回は俺のスキルで眠らせてたからな。


「成功みたいだね、やったねケンジ!」

「私も頑張りましたよ!」

「はは、おかげさんでなんとかなったよ」


 俺たちは手術の成功を素直に喜ぶ。もしこれが元の世界だったら大問題だがここはそんなの関係ない。俺のスキルと聖女のスキルの合わせ技で、ほとんどリスクを負わずに手術ができたんだ。まぁ回復魔法でほとんどのことを治せる世界なんだから、今後手術の出番があるケースなんて滅多にないだろうけど、いい経験ができたな。

 

「お疲れ様ケンジ。看護師だったんだよね。凄いじゃない手術成功させちゃって」

「普通にやってたらできてませんよ。失敗したって回復スキルがあるからやれたんです」

「それでも方法を知ってただけでも凄いわよ」


 サユリさんが褒めてくれる。


「異世界に来て手術室で働いてたのが役に立つとは思いませんでしたよ」

「うんうん、人間経験が一番の宝だからね」


 大神官が治ってくれたこと思った以上に嬉しいな。外科医ってこういう達成感をいつも味わってたんだろうか。

 俺たちが話してる間、大神官と聖女も回復を喜んだりこれまでの経緯を話してる。聖女は涙を流して喜び以前の冷たい聖女とは別人のように見える。父親が倒れ一人で責任を背負って頑張ってたらしいが相当ストレスだったんだろうな。

 邪魔したくなかったので俺は手術道具を片付けることにした。と言っても洗ってロナの異空間収納に放り込むだけだ。出番があるか分からないけどこの世界じゃ貴重な品だ。聖女や大神官は権力も金もあるんだから作ろうと思えばいつでも作れるだろうし遠慮なくもらうことにした。

 しばらくして親子の話が一段落したのか、大神官が俺に声をかける。


「ケンジくん、話は娘に聞いた。ここに至るまで色々大変だったようだな。色々詫びなけりゃならないこともあるが、まずは感謝したい。おかげで助かった。本当にありがとう。目が覚めたばかりで現状がまだ理解しきれていないが今は、かなりふくざつな状況のようだ。だが君は恩人だ。私にできることがあればなんだって言ってくれ。たとえ君が魔族側の人間であっても恩にはしっかり報いるつもりだ」

「ありがとう、ケンジさん。本当にありがとう」


 意識障害から復活したばかりなのに、もうかなりのことを理解してらっしゃる。その表情も凛々しく見るからに頭脳明晰って感じがする。これは元の世界でもかなり遣り手のドクターだったんだろう。すでに魔族と王国の今の状況まで大まかに把握してるみたいだ。


「いや、うまく回復してくれて俺も嬉しいです。本当は聖女様にやっていただくべきところを、看護師の俺がやってしまってすみません。聖女様の回復スキルのお陰でなんのトラブルもなく血種が取れました」

「聞いたよ、娘が怖気づいてやれなくなったのを見かねて君がやったらしいじゃないか。手術室で働いてたって言ってたが、かなりしっかり手技を見ていたんだろうね」

「はは、ぼちぼち頑張ってました」

「本当に助かった。ありがとう」

「ケンジさん、ありがとうございました。お礼は必ず」


 大神官と聖女にたいそう感謝され、俺たちは部屋を出た。術後の注意事項なんてのもない。唯一の心配は、長期間寝たきりだったおかげで体が弱ってる可能性だけど、どうもそれもなさそうだ。聖女は意識を失ってる父親に毎日何度も回復スキルを使っていたようで、寝たきりで発生するはずの筋力低下や関節の拘縮(硬く動かなくなる)も無いように見えた。ほんと凄い回復スキルだよ。徐々に進む症状もこまめに対応すれば防げるってことだからな。


 部屋を出た俺たちは、王国側の見届け人と別れ食事へと向かった。サユリさんが話があるってことで、夕食をかねて魔族チーム会議となるらしい。これは大神官の手術が終わるのを待ってくれていたようで、内容は王国との話し合いがほぼ完了したための報告と今後についてらしい。

 いよいよだな、俺は魔王を返上して自由になるぞ。そしてアーニャと旅に出る! もとの世界に戻る方法も知りたいけど今はそんなことより、せっかく異世界に来たんだ。自由に楽しみたいし冒険者として活躍したりもしたいぞ!



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