075 手術準備
大神官は刺激でたまに開眼する程度の意識レベルだ。病院でよく使う意識レベルの基準で言うと良く見てⅡの20ってところか。俺は気になってる点をスキルで観察させてもらう。
手術道具集めは順調だ。王都だけに鍛冶屋が何軒もあり道具の種類も豊富だったため手術に使用する道具の代用品はすぐに見つかった。
最初に探したのは穿頭器、簡単に言えば頭蓋骨に穴をあけるドリルだ。これが無けりゃ始まらない。王都は石造りの建物が多いが木造の建物もそれなりにある。似たような物はきっとあるだろうと大工道具の鍛冶屋に行ったら一発で見つかった。先端の形状が鋭すぎるから研磨して記憶にある角度へ修正してもらう。俺は結構道具好きで、医者から戻ってきた医療機器を丁寧に拭きあげてたのが今になって役に立ってる。ちなみに道具集めに際して、聖女から特別な依頼書を貰ってる。
聖女からの依頼であること、急な用件であること、料金は倍額支払うことが書かれた書類を見せえると、どの店の店主もすぐに対応してくれた。それどころか「聖女様の御役に立てるなら」と支払いを断る店主までいた。俺にとっちゃ最初のイメージが最悪だった聖女だが、どうやら民には本当に聖女としてあがめられてるみたいだ。そういえば、この世界の回復魔法を大きく進歩させたって前に聞いたな。
メスのかわりは小さめのナイフで十分だ。皮膚を切るためのメスと、頭蓋骨の下にある脳を包む膜、硬膜を切るための繊細なメスを準備する。ペアンも代用できそうな細いペンチを見つけた。それに加工でラチェットを付けてもらった。これは皮膚や血管をつまんだりする道具だ。コッヘルもあれば助かるが、無くてもペアンでなんとかなるだろう。そしてハーケン(手術用の引っかかりのあるピンセット)と 筋鈎(切開したそうを拡げて保持する道具)も準備。
この手術は出血の心配をしなくていいってのが凄く楽だ。なんたって聖女がオペレーターだ。予想外に欠陥を傷つけて出血したとしても、そこにピンポイントで回復魔法だ。元の世界にこれがあったら出血のために輸血することなんてほとんどなくなりそう。そして当然ながら傷を縫い閉じる時も魔法でOKだ。
しかし針と糸は必要になる。まぁ色々使えるからな。縫い針を作る職人に曲がった小さい針を複数準備してもらった。
後は頭蓋内の血種を洗浄吸引するチューブ類だが、それは食堂で見かける子供用の金属のストローで代用できそうだ。曲がった物も用意してもらった。だけどその吸引力をどうやって得るかが課題で、職人に説明して試行錯誤した結果。大きな注射器のような器具を作って引くことになった。
他にも数点依頼したが、最も待たされそうな道具は、その吸引する道具と大きな注射器を繋ぐためのホースだ。ゴムは存在するが、ゴム製のチューブはこの世界に存在しないらしい。細い棒に溶かしたゴムをまとわりつかせてチューブを作ってみたが、棒から外す時点で破損してしまった。
色々考えた結果、細い棒にゴムをまとわりつかせてチューブを作るのではなく、針金を細いらせん状にしてチューブの形にして、それに溶かしたゴムをまとわりつかせるという方法にたどり着いた。繊細な作業のため成功するまで少々時間がかかるかもということで、手術はその準備待ちとなる。
「凄いね、どんどん準備できてるね」
「元の世界の知識が役立って嬉しいかも。スキルにたよりっきりだからな、俺は」
「でもそのスキルも元の世界でやってたことがスキルになったって感じじゃない」
「まぁそうかも」
アーニャはしきりに感心してくれてる。これはあれか、ポイントアップの大チャンスか? そろそろ俺とアーニャに何か進展があってもいいのでは?
「魔法で治せない病気をどうやって治すのか楽しみ」
ロナも興味津々だ。
「まぁ見ると地味な手術だけど、効果は劇的だから成功するといいな」
「これだけ頑張ってるんだし、魔法のサポートもあるんだからなんとかなるんじゃない?」
「そうだね、俺も上手くいくような気がする」
「私にも何かできます?」
「ロナには大切な役目が色々あるよ」
「なに? なにしたらいいの?」
「ロナって複数の魔法、威力の小さい魔法を複数つかったりはできる?」
「できるけど、どんな?」
「風を吹かせたり、お湯を沸かしたり、傷口を照らす光をだしたりなんだけど」
「その程度だったら余裕だよ」
「手術の時それがすっごく大切になるからまた説明するからお願いね」
「わかりました! 任せてください!」
すっごく張り切ってくれてる。もし同時に色々できなくても複数の魔法使いに頼めばいいだけなんだけど、大勢が見る中でやるのは変に緊張するし清潔面でも良くないかもしれないからな。できるだけ少人数でやりたい。
ということで、今度は部屋の準備だ。これは聖女に頼んだ。
「今、父が居る部屋の隣を極力清潔な状態にして準備します」
十分すぎるほどの広い部屋が確保できた。そして手術台になるベッドと道具台になる大きなテーブル以外はすべての調度品を部屋から出してもらい、カーテンすら外す。窓も板で塞いでもらい、排気口として二か所小さな穴を空けた。
「すっごい張り切ってるね。聖女のこと結構嫌ってたよね」
「まぁ嫌ってたし今だって召喚されてからのことを思い出すと腹が立つよ。でもそれ以上に自分がやれること、自分だからやれることをやってる楽しさが上かも」
「手術って楽しいの?」
「いや、それ自体は楽しいわけじゃない。リスクもあるし、異世界での手術なんて想像もして無かったから怖いし、肝心の聖女が初心者というか医者だけど手術の経験がほとんど無さそうだからね。怖いよ」
部屋が整い後は道具が揃えば手術ができる状態となった。そろそろロナにも色々試してほしいことがある。
「ロナ、天井から下向きに風を出すこととかできる?」
「ん? できるけどなんで?」
「手術する時は、部屋の中の空気まで綺麗にしたいんだ。強さは凄く優しい感じで」
「わかった、じゃぁやってみるね」
そういうと天井を見るロナ。その天井に張り付くように魔法陣が出現する。さすが魔族。この自分から離れた場所に魔法陣を設置するってのは、人間だとかなりの高等技術らしい。
ブワーーー
その魔法陣から風が吹き出す。板をはめ込んだ窓がガタガタと音を立てる。
「強い強い、もっと優しく」
「こんな感じかしら」
フワーー
「お、いいかも、この状態で長時間放置とかできる?」
「半年くらいならできますけど」
「それ長すぎ、じゃぁ10日くらい続くようにして」
「わかりました」
よし、これで簡易的だけど陽圧室っぽいくなったんじゃないかな。常に内部から外へ風が流れ不潔な空気とか入ってこない状態になったはずだ。
「あとは光なんだけど、熱を発しない光とかも出せる?」
「簡単です」
「眩しすぎない程度で保てる?」
「風と同じで簡単ですよ」
「助かる。じゃぁそれは手術の直前に明るさの調整をしよう」
これで部屋準備は完璧かな。後は道具を待つだけだ。
そして待つ間、手術室となった部屋で聖女との術前カンファレンスを繰り返す。
「私にできるでしょうか?」
「んー、やるしかないんじゃないですか?」
毎度のことだが、聖女は普段の意志の強そうな姿から想像できないほど弱気で自信なさげだ。まぁ研修医になってすぐにこの世界に召喚されたみたいだし、実際に手術をしたことなんて無いに等しいんだろう。それがいきなり脳外科の手術。まぁ自信が無くて当たり前か。
「CT検査もできないですし、血種の位置が特定できていませんし」
「あ、言ってませんでしたがそれは確認済みです。このまえ観察させてもらった時に、ピンポイントで血流を調べたんですが、血種の位置は打撲した部分の直下で間違いないです。反対側も調べてみましたが、反衝損傷とかもなさそうですから、血種さえうまく除去できたらスッキリ回復すると思いますよ」
「そんなことも分かるんですか?!」
「みたいです。俺も今回はじめてやってみました」
まぁ体調に関することで今まで観察できなかったことが一度もないからできるだろうと思ってやってみたんだけどね。観察結果が1から10の数値でしか分からないのが唯一残念なところだ。
「なので後は聖女様の技術しだいですよ」
「そこが一番心配です。私に父の施術ができるのか、やると決めてからずっと自問自答しています」
「聖女様は回復スキルで多くの人を助けてきたんだから、それを今回は元の世界の技術を加えてやるだけです。実の父親だから緊張するってのもあるでしょうけど、俺は何度もこの手術を見てますから、しっかりサポートするんで頑張ってください」
「ふふ、新米研修医とベテラン看護師って感じですね。懐かしいです。あとケンジさん、私のことはメグミでいいです。公の場では聖女ですが、ケンジさんやアーニャさんの前でその肩書は必要ないでしょう。そして、今更ですがケンジさんとアーニャさんに対しては、大変申し訳ないことをしたと思っています。あの時は父が倒れ、私に多くの役目が与えられ必死でした。目の前のことしか見えておらず、あなた方を余計なものと判断してしまいました。本当に申し訳ございませんでした」
初めてハッキリと謝罪された。アーニャがちょっと驚いた顔をしている。俺よりずっと聖女を知ってるだろうアーニャが驚くんだ。それだけ予想外なことなんだろう。素直な謝罪で色々つっかえてたものが取れた気分だ。
「まぁ旅の途中でそちらがこの10年大変だったってのは聞いてます。そう謝ってくれるならもう済んだことだし良しとします。大きな流れが良い方向へ進んでくれればそれで満足です」
あと、俺が聖女にやった仕返しとかが表に出なければ満足です。
「そう言っていただけると本当に助かります」
「あ、いいこと思いついた。一つお願いがあるんですが、この手術が上手く終わったら、発表してくれませんか? 聖女と魔王が協力して大神官を回復させた! そう発表することで人間と魔族の関係改善を加速できるかも!」
我ながらいい考えだ!
「……いいでしょう。おやくそくします。そしてよろしくお願いします」




