064 魔族の人生? 魔生? を終わらせる
レクターが自分の手を見つめるように立ち尽くしている。手を握ったり開いたり自分の状態を確認するような様子だ。
「なんなんだこのスキルは、どういう能力なんだ」
「それはですね」
「ちょっと! ケンジ、なんでもすぐ言い過ぎ。手の内明かしすぎ!」
あ、そりゃそうか。どうもこのスキル、戦ってるって感じがしないんだよな。むしろ申し訳ない気分になるかも。頑張って鍛えた力も魔力も無意味にしちゃうからかな。正々堂々と戦ってないような……
「詳細は教えられませんが、誰でも無力化できます。そして実体を持たないゴースト系は魔力を完全に無力化してしまうと消滅します」
「それは、魔力体であるヴァンパイアも消し去れるということか」
「試したことがないので分かりませんが、聞いた通りヴァンパイアが魔力だけで構成された存在ならそうなると思います」
「……」
油断はできないけど危険度は大きく下がったはずだ。片頭痛嫌だからちょっと調節。
( 反応速度 8 )
これくらいなら1時間くらい使いっぱなしでも平気。
さてレクターさん、話を聞いてくれるかな。と言うか、レクターさんのデリーヌさんへの拘りとかもあるだろうし、ベイガードが話した方がいいんじゃないの?
「レクターさん、デリーヌさんにご執心だと聞きましたが、それが原因で人を襲ったりしてるんですか?」
「……」
「俺たちは、先程も言ったように人間と魔族が共存できる世の中にしたいと思ってます。なので人間に危害を加えないことだけ約束してくれれば、俺としては貴方をどうこうするつもりはないんですが……それとデリーヌさんについてですが」
俺はベイガードを見る。これはそっちから言ってもらおう。
「お母さんは生きていた」
「ふん、そんなことは知っておるわ」
しってたのか!
「死にたくとも死ねないのが我らだ」
羨ましいような、でも限度があるような。何もかも興味を失ってただ滅びるまで時間が過ぎるのを待つみたいな状況って辛そう。うつ病や無為自閉な状態で数百年とか……想像しがたいな。
「じゃあ何故人を襲ったりしてたんだ?」
「わからん」
「わからない?」
「意味などないのかもしれない」
「意味なく襲ってたのかよ!」
いよいよ病気だな。惰性でやってた的なやつか?
「デリーヌが人に興味を持ち行ってしまった。ワシにとってはただ時が過ぎるだけの中、唯一のよりどころであったデリーヌを奪われたことで久しく感じたことのなかった怒りが生まれた。だが、それも一瞬であった。お主にとっては生まれてよりこれまでの時は長い時であっただろうが、ワシにとっては一瞬。ワシが手を下すまでもなく、ワシからデリーヌを奪った男は死んだ」
300歳くらいだもんな。20年くらいなんて大した年月じゃないのかも。普通の人間だったら無気力にぼーっと過ごす20年って恐ろしく長いし、取り返しがつかないことになりそう。いや間違いなくなる。
「そしてデリーヌも自ら棺に入り、死を待つ選択をした」
デリーヌさんは、ちょっと理由が違うけどね。「仲良しすぎて夫の精力吸い取って死なせちゃったから、息子に合わせる顔がない」っていうちょっと恥ずかしい理由で死んだふりだもんな。
「デリーヌに会いに行こうかとも思ったがワシは気付いた。デリーヌとまた共に過ごすようになっても何も変わらないと。一人で滅びを待つのが、二人で待つことになるだけだと……」
デリーヌさん、結構人生? 魔生? を楽しんでる感じに見えるけど。
「なんとなく近くで過ごしてきたが、ワシは人を殺してはおらん。デリーヌに頼まれたからな」
「嘘をつくな。被害が出てるだろ、お前にやられたって話は多数あるぞ」
「襲いかかってきた者を追い払うくらいはする。それでも殺してはいない。おおかたその帰り道で魔獣にでも襲われたのであろう。そんなことはワシの知ったことではない」
王国の感覚だと、魔族は絶対的な討伐対象だもんな。賞金とかもあるんだろうし、レクターさんがその気がなくても向かってくる人間は沢山いたのかも。こういうのは王国の魔族拒絶姿勢のひずみなのかも。無用な争いで怪我人量産みたいな。
「じゃぁ、久しぶりにデリーヌさんに会ってみたらどうですか? デリーヌさんは貴方ほど世捨て人にはなってませんよ。人間社会で結構楽しくやってたみたいですし、今もこの森の外まで来てまして、道中すれ違う人たちとも楽しそうに話してましたよ」
「ぬ? 楽しそうだと? 愛する者を失って再びただ滅びを待っていたのではないのか?」
「いや、そもそも死んだ振りしてた理由もそんなのじゃないような」
ちらっとベイガードを見る。微妙に気まずそうな顔だ。ここでその理由を発表するのは気が引ける。
「まぁ会ってみては? 人間と交流して魔界に無い刺激を受ければ人生観? 魔生観? 変わるかもしれませんよ? 俺たちとしては理解してくれる魔族の方は貴重ですからできることは協力しますよ」
考える様子のレクター。いきなり襲ってきたからかなり好戦的な魔族かと思ったけど弱体化したからか、それとも他の理由か分からないけど、悩んでる感じだ。
「ワシには無理だな。だがそのような生き方もあるのだな。もっと若い時であれば違っていたのかもしれんな」
そうつぶやくように言うと俺に向き直る。その表情は穏やかだ。
「デリーヌが楽しくやっていると聞けたのは良かった。そしてお主のような存在がワシの前に現れたのも運命であろう。今なら気持ちよく逝けそうだ。ワシを滅してくれ」
おいおい話がいきなりおかしな方向へ向かったぞ。
「え? なにも死ななくてもよくないですか?」
「ふっ、お主ら人間には命とはなんとしてでも長らえたいものなのであろうな。その感覚で我ら魔族の死を思う必要はない。長すぎる命を持て余し死に場所、死に時を求める苦悩を理解することは難しいであろう」
理解できないし、せっかく話が通じるようになった途端に殺してくれって言われても困る。
「デリーヌさんみたいに生きればいいじゃないですか?」
「その生き方をするには歳を食いすぎた」
「にしても、いきなり殺してって頼まれても困ります」
「そうではない、終わらせてほしいのだ。お前にはその力があるのだろ?」
殺すのも終わらせるのも同じだろ。たぶんスキルで消滅させる分には苦痛を与えることも無いと思うけど、俺の後味も考慮してほしい。
「殺すことの罪悪感など感じる必要はない。それに王国はもともと魔族を滅ぼしたくて仕方ないのであろう? それにワシは生きることに疲れた。デリーヌの話を聞いてもそのような道もあるのかと理解しても、自分がそうなりたいとはもう思わない。生きることが苦痛なのだ。ワシを助けると思って滅ぼしてくれないか」
生きることが苦痛だから殺してくれって、尊厳死かよ。つか魔族と交渉してダメなら討伐って目的で来たのに結果は尊厳死の要求とか想定外。討伐は覚悟してきたけどこの流れは考えてなかった。元の世界での尊厳死って俺は賛成派だったけど、これって本人は覚悟を決めててもそれを決定したり実行したりする周りの者の負担って結構しんどいな。海外の例とかよく資料で見たりしてたけど、まさか異世界で自分が当事者になるとは思わなかった。どうする?
俺は皆の顔を見る。
「ケンジに任せる」
アーニャはそうだろうね。俺に色々判断させようとしてるし、これも経験ってことか?
「まさか殺してくれって要求されるとは思わなかった」
ベイガードは、困惑気味だ。何度も戦った相手であり、母親の元彼だもんな。
「私はどちらでも。事の経緯を伝えるのが役目なので」
オーリンさんは監視役に徹する様子。
「特に反対する者はおらぬようだな」
そうだね、そうだけどね、だからってじゃぁ滅ぼしましょって決めるの難しいよ。感情的に。
「レクター、母に伝えることはあるか?」
俺が悩んでるとベイガードが問いかける。遺言的なやつか。
「……そうだな……さきに逝く、ワシの分も楽しんでくれ……とでも伝えてくれ」
俺、やるって決めてないのに話進んじゃってるよ。もう覚悟の決まった穏やかな顔になってるし。なんだろうこの流れ、断れない感じになってない?
「本当に終わらせるんですか? 後悔しません?」
「フハハハハ、命短い人間にそれを言われるとは、まったく面白い。ワシはお主の10倍は生き、ここ100年はなんのために生きておるのか考え続けた。その結果いくら考えてもなんの答えも得られなかった。何もだ。最近ではもう考えることもやめた。後悔などするわけがない」
あー、100年そんなこと考えてたらおかしくなりそうね。まさに滅びを待つだけの生か。
「しかし、意味は求めても仕方がないものなのであろうな。デリーヌの今を聞くとそれを理解できる。ワシにとってデリーヌがそういう存在であると思っていたが、そうではなかった。ただ共に滅びを待つ存在であり互いに何か刺激を与えるような間柄ではなかったのだろう」
「今からそういう相手を見つけたらどうです?」
「しつこいのう。お主は」
笑われてしまった。
「ワシは十分生き、十分考えた。もう十分なのだ」
そか。
「いいんじゃない。私には本心から心の底から終わりたいって言ってるように見えるよ」
俺もそう思う。価値観が違う魔族だけど今の状況は人の尊厳死と同じだ。生きることに疲れ、惰性で人を襲ったりしてるだけの存在、それが終わりたいって心底思ってるなら、その要望を聞き届けるのに罪悪感を持つ必要はないだろう。だけどなんかね、はいわかりました! ってできなかった。
でも覚悟しなきゃな。
「わかった。俺も覚悟します」
「討伐する気だったのであろうに」
「そうなんですけどね」
おかしなもんだよな。討伐して滅ぼす覚悟はあったのに、終わらせてくれ死なせてくれと頼まれると悩むし躊躇う。この先この判断を後悔するかもしれないし、知らんぷりして帰ってもいいのかもしれない。だけどどうもこの人の覚悟は本物だと思うし、人の尊厳死と一緒の状況に見える。罪悪感を覚える必要はない。助けると思ってやればいい。
「じゃぁスキル使いますが、これまでの経験だと、いきなりフッと消えちゃいますよ。本当に最後になりますが、何か言いたいことはありますか?」
「何もない……いや、終わらせてくれることに感謝する。と言っておこう」
そう言ってレクターは目を閉じる。
なんかあっさりだな。ロナが来てたら違ってたかな。命への執着の無さ、長寿ゆえの苦痛、一般的な人間の感覚との違いは理解してるつもりだけど、まだ飲み込めてはないな。でもまぁ引き受けたからには仕方ない。待たせても悪いしな。
「では、安らかにお眠りください」
何と言っていいか分からず、そんなことを口にする。
( 魔力 0 )
フォファ……
スキルを使った瞬間、レクターが黒い煙へと変化していく。一瞬でその顔も服も消えていく。
服まで魔力で構成されてたんだ。
一つの命を終わらせてしまったってのに、服のことなんかが気になってしまった。ヴァンパイアって本当に魔力の塊なんだな。たった今まで会話をしていた存在がもう跡形もなく消えていってしまった。
ぼーっとしてたらポンと肩が叩かれた。
「お疲れさま」
振り返ると優しく微笑むアーニャが気遣うように俺の顔を見返してきた。




