056 ベイガードの事情
町長より話を聞いた俺たちは早速墓地へ向かう。ベイガードの母親の名前はデリーヌ。その墓で見かけることが多いならそこに行くしかない。それとベイガードは王国軍には討伐対象とされてるが、町としては討伐しようとしていないってことだ。両親が死んだ後に暴れたことにより魔族であったことが広まり討伐対象となったが、町の住人にはベイガードの家族と親しくしていた者も多い。それにその一件以降ベイガードが町の住人を傷つけたことは無く、今でも馴染みの店にふらっと現れては生活に必要な物を買い込むらしい。ちなみにその時の対価は魔石などであり、ベイガードと交流のある商人は他の商人から羨ましがられたりしている。
「なんか討伐対象にしなくていい魔族なんじゃないかな」
歩きながら思ったことを口にした。というのも町長が討伐に乗り気に見えない。情報はくれたけど終始気乗りしない顔で、王の使者だから仕方なくって感じに見えたんだよな。
「そうね、町の人との付き合いだってあるみたいだし、アルドラ皇国みたいに受け入れられてるわけじゃないけどちゃんと人間社会に適応してるって感じだよね」
「そもそも人として生活してきて、騎士学校に入学してたくらいだから、基本の価値観は人と同じなんじゃないかなー」
どうも討伐するぞって気分にはなれないな。そもそも俺たちはマクシムさんたちの人間と魔族が和解し協力できるようにする活動に乗っかってるんだ。人類に害をなす魔族じゃなけりゃ倒す必要がない。でも王国側からすれば、魔族であれば絶対悪、しかも騎士団が何度も被害を受けている、何度も討伐失敗している状況だからムキになってるんだろう。ま、とりあえずは会って話してみないとな。ロナも居るし話すくらいはなんとかなるだろ。
「デリーヌ 人を愛した魔族、ここに眠る……ステキ……」
ロナが墓碑に書かれた文字を読んでウットリしている。
「愛した相手と一緒に死ねるとか幸せだと思う。魔族って寿命が長すぎるから結婚って仕組みがそもそも機能してないのよね。それに人間と結婚できたとしても寿命の違いで自分だけはいつまでも死なない。愛が深かったらそれだけ失った悲しさも長く続いて重くなると思うの。このデリーヌさんがどうやって死んだのか詳しくは分からないけど、きっとその悲しみに耐えられず愛した人を追ったんだと思う」
「長生きなのも大変ね。無気力になっちゃったり、失った悲しみが長く続いたり」
「俺は元の世界の仕事柄、亡くなる人を沢山見てきたけど、不思議と夫婦の片方が死ぬと、近い時期にそのパートナーも死んじゃうことが多いなーって思ってた」
「きっとそれって、愛が深い夫婦ほどそうなるんじゃないかな……」
「そうかもな」
「あれ? でもこのデリーヌさんって……」
「どうしたの?」
アーニャが何か言いかけたロナに聞き返した。
「ん……なんでもない」
ベイガードは居なかった。まぁそんな毎日居るわけじゃない。町に買い出しに現れるって話だからそのついでで寄ってるって感じなんだろう。墓の前で三人、魔族と人間の夫婦へ思いを馳せていたが、ベイガードを待ち続けても仕方ないから、交流がある商人へ話を聞きに行くことにする。
「あんたたち、もしかしてベイガードを倒しに来たのかい?」
ベイガードが馴染みにしているらしい商店で話を聞こうとすると、明らかに嫌そうな顔をされる。
「はっきり言って騎士団には迷惑してるんだよ。ベイガードは魔族だが、俺のような付き合いのある商人には貴重な品を持ってきてくれるお得意様よ。それに商売してなくてもこの町の者はベイガードを討伐したいって思ってる奴んなんてほとんどいない。大きな街じゃないからな。15になるまでベイガードはこの町で普通に暮らしてたんだ。真面目な働き者だったし、今でも役に立ってる」
ベイガードはお金ではなく魔石やその他魔物の森でしか取れない貴重なものと交換で買い物をしていく。ということはベイガードはこの町から近い森の中で魔物を倒してるってことだ。実際、ベイガードが魔族と発覚して以降、この町の魔物被害は減少していて、ベイガードを知ってる者の間では、それがベイガードのお陰だと信じられているらしい。
「えっとですね、まだ国からの発表はありませんが、俺たちは魔族と人間の和解と協力を目的に動いてます。今回は王からの依頼で魔族の討伐に来ましたが、討伐するかどうかはそのベイガードと話してから決めますし、今の所、その必要が無いように感じてます」
「ほんとうか?」
「はい、そもそも俺たちは王国の者じゃありませんから」
「は? 王の命令で来たんだろ?」
命令じゃなくて依頼ね。どうしよっか、このオジサン魔族に免疫ありそうだし少しバラしても平気?
俺はほとんど何も話さずただ追従している御者をしてくれた騎士に聞く。
「俺たちのやることに制限ってあります? 魔族の話とかしていいんですかね」
騎士は落ち着いた雰囲気の40前後に見える人だが、急に話しかけられ驚くもすぐに答える。
「制限はありません。そもそも制限できると思っていません。ご自由にどうぞ」
怖がるでも恐れるでもなく淡々と答える。そんな切り返しにベテラン騎士の風格が垣間見える。
「じゃぁロナ、フード脱いで」
ロナは俺の意図を理解してくれてるみたいですぐにローブを脱ぎその可愛らしい姿を見せる。人間界では滅多に見ないであろう真っ赤な髪と、絶対見ないであろう真っ赤な羽に商人のオジサンが目を見張る。
「っ……そ、その子は……その羽は作りもの、じゃなさそうだな」
赤い髪と羽以外は普通の女の子だし、羽が作りものに見えても不思議じゃないかも。だけどこのオジサンは普段からベイガードと接してるだけになんとなく感じるものがあるんだろう。
「魔族……なのか」
「そうです」
「一緒に行動してるのか」
「まだ数週間ですけど、普通に一緒に行動してますよ」
「そうか、やっぱりな」
「やっぱりな……って?」
「いや、この町の連中はベイガードとその母親のデリーヌのを見てるからな。他の町と違って魔族=絶対悪って国の考えに疑問を持ってる者が多いんだ。普通に人間と付き合いができる魔族だっているじゃないかってな」
「そんなのアルドラ皇国の様子を聞けば分かると思うけどな」
アーニャが言う。
「アルドラは魔族に乗っ取られつつある。魔族は人を騙す。いずれアルドラは全てを奪われ魔族の国となる……と子供のころから教えられてきた。刷り込みだな」
「魔族がそんな野心があるなら、アルドラはとっくに魔族の国になってる気がするんだけどな」
それだけの力があると思う。大げさじゃなく本当に。だけど100年も交流が続いてるのにアルドラが魔族に乗っ取られつつあるって感じはなかった。むしろ100年も交流してるのに、リゲルやロナは魔族の無気力の重症化で滅亡するんじゃないかって危機感すら持ってるし、王国の心配って的外れなんじゃないかな。
「まぁ俺たちを見てくれれば分かると思いますが普通に交流できます。それにハッキリ言ってしまえば人間が魔物に悩むのと同じように、いやそれ以上に魔族にも大きな社会問題があって人間との交流というか人間社会の刺激を求めてたりしてますよ。ロナ、簡単に説明してくれる?」
ということで魔族の口から言ってもらった方がいいだろうと思い説明をロナに任せる。ロナは長寿すぎる魔族が、どんどん無気力になり徐々に消えていってる現状を説明する。
人間と魔族の歴史は長く、リゲルが魔王になるより前には悪戯に人間に危害を加える魔族が今よりずっと多かったし、更に数百年昔には人間を滅ぼそうとした魔族やそれを打ち破った勇者の伝説などもある。だけど今は魔族が存亡の危機となってしまっている。不思議なもんだね。人間から見れば寿命が長いってのはうらやましい話なんだけど、魔族の無気力化の話を知ると、案外生き物は適度な寿命が一所懸命生きるために必要な要素なのかもって思えてしまう。
「そうか、魔族にもそんな事情があるんだな」
ロナの話をそう疑うことも無く受け入れたオジサンはベイガードについて詳しく話してくれた。
そして町長に聞いたベイガードの両親を埋葬した者の一人がこのオジサンだった。ベイガードが暴れた時取り押さえようとして殴られたのもだ。
俺たちもさらに詳しく事情を伝える。俺が魔王ってことまでは言わないけど、魔族の代表のような形で王国へ来て現在交渉中だってことまで話した。
「俺はあばらを折られたが、別にあいつを怨んじゃいねーし、今じゃ貴重な品で儲けさせてくれるお得意様だ。どうかあいつを討伐しないでやってくれ。この町の連中だってあいつの討伐なんて望んでいない」
だからか……町に来てからなんとなく暗く感じてたのは騎士と一緒に来た俺たちが討伐関連の何かに見えたから町の人たちが警戒してそんな風に感じたのかも。
「お前らが言う、人と魔族が共存できる国ってやつにこの国が変われば、ベイガードも普通に生活できるようになるかもな」
そう言ってオジサンはベイガードのことを語った。




