027 魔物への嫌悪感と怒り
隠れた俺たちにゴブリンと思われる物音が近づいてくる。
「どうする?」
戦闘の判断は正直いつもアマンダ任せだ。俺は戦い方なんて考えて生きてきてないからね。任せるのが正解だ。スキルで視力や聴力を強化して得た情報をアマンダに伝えれば的確に判断してくれる。
「殲滅する必要があるんだから、当然倒すわ。でも初めての相手だし油断しないで、不意打ちで一気に終わらせましょ」
「わかった、じゃあ俺は俺たちから見て一番奥の敵から無力化していくからアマンダは正面からでいい?」
「挟まずして挟み撃ちって感じね、それで行きましょ」
視界に物音の主が入ってきた。あれがゴブリンか。すっごくイメージ通りだ。皮膚の色はトロールと同じで汚い緑色。造形は小さな鬼って感じだ。下あごから上向きに出た牙とか本当に鬼っぽい。腰ミノを付けている以外なにも装備してなくて、武器は棍棒や錆びた短剣だ。短剣は人から奪った物を手入れもせずに使ってるんだろうな。しかしトロールもそうだったけど、なんで腰ミノだけは身に着けてるんだろう。こいつらも陰部が見られたら恥ずかしいとか感覚があるのか? まぁ知っても仕方ないけど。
「小さいね。130? 140?」
「すごく猫背な感じだから真っすぐすればもう少しあるかも」
「一匹だったらちょっと訓練した一般人でも倒せるって話だよね」
「そう言ってたね」
「じゃぁ最後の一匹はケインがスキルで無力化しないで直接倒してみてよ」
「それも訓練?」
「訓練の意味もあるし、できるだけ早く倒したり止めを刺す感覚を覚えといた方が何かあった時に対応できる幅が広がるよ。私だけが止めを刺す係って感じでやってくのは無理があるし」
「ごめん、それは良くないね。わかった、アマンダ師匠の言う通りにするよ」
「よろしい」
醜い小鬼はトロールの討伐を済ませた俺には手強い相手じゃないだろう。俺が初めて止めを刺す対象はゴブリンか……別に罪悪感とかないけど、やっぱりあれだ、命を奪うって行為そのものにちょっと抵抗があるんだろうな。
「この先がゴブリンの巣があるなら、そっちに逃げられたら面倒そうね。通り過ぎるのを待って、数も確認してから背後を叩くよ」
こそこそ話しながら、ゴブリンの通過を待つ。俺たちの近くで臭いを嗅ぐような様子を見せるゴブリン。発見されるかと思ったが、違和感に対してそれを調べるような知性がないのか、そのまま進んでいった。
「5匹ね、いくよ!」
アマンダが立ち上がり、ゴブリンに静かに近づく。動きはまさにあれだ、あまたの戦場でかくれんぼして強敵を倒していくスネークな人だ。
ギャギャーギャー
最後尾を行くゴブリンが気配に気づいたわけでもなさそうに、何気なく振りむきアマンダを見つける。驚いたように後ずさり、前を行くゴブリンにぶつかる。気持ち悪い耳に残りそうな声だ。近距離で聞くには聴力を強化した状態じゃ辛い。急いで解除する。
俺もアマンダを追い、一番先を行くゴブリンへスキルを使用する。
< 筋力 0 >
パタン
とりあえず一匹は無力化だ。
バシュ! ズバァ! ドス!
アマンダの槍が二閃と一突きし、三匹が倒れる。
はは、圧倒的だな。ゴブリンが弱いってのもあるんだろうけど、一瞬だったな。
「はい、ケイン、後は任せるよ」
「了解」
( 反応速度 7 )
俺は籠手の装着を確認し、片頭痛が怖いから控えめに反応速度を強化。直接戦って止めを刺す……それが条件なら自分に対してスキルを使用するのはOKだろう。戦うことは覚悟できた。問題はない。
俺とは違い残されたゴブリンは大いに混乱中だ。突然4匹が倒され、一匹になったゴブリンが逃げるか戦うか迷ってるようだ。
俺はなんとなく、武器を持ってない丸腰であることをアピールするように両手を上げる。
ギャヒ? ヒヒ!
それを見たゴブリンがちょっと笑った気がした。ゴブリンの表情なんてよくわからないけど、俺に向かってきてるから、武器が無いなら倒せるって判断したのかもしれない。この状況で俺が丸腰だからって向かってくるとは、ゴブリンは聞いてた以上に知能が低い?
そして他のゴブリンが落とした短剣を拾い、右手に棍棒左手に短剣の二刀流で襲いかかってきた。
ギャィー
ガシュ、ギン、カシャン、ゴス
ゴブリンの気合の声なのか奇声を上げ滅茶苦茶な動きで棍棒と短剣を振ってくる。力を入れるのに合理的と思えないような適当な動きは、逆に受けるのが難しく感じたが、根本的に速度が遅く威力もないため、反応速度を高めた状態の俺は余裕で防御できた。
アマンダの三太刀の繰り返しに比べたら、ゆっくりすぎる。
「問題なさそうね! 殴り倒して! 止めはナイフで!」
分かってる。殴るだけで止めが刺せるほど俺のパンチは強くない。今はすぐに取り出せるよう腰にナイフを装着してる。最初からナイフを持っておこうかとも考えたけど、実戦でいきなりやったことも無いことをすると自分が怪我するかもと考え、やめておいた。
右手の棍棒の振り下ろしを踏み込んで威力がのる前に受け流し力いっぱいゴブリンの顔面を殴る。
バフギャ!
あっさり命中、綺麗にカウンターになりゴブリンが武器を落として後ろへ転がる。
「止め!」
殴られた顔面をおさえて転がるゴブリンに俺はナイフを抜いて近づく。
さぁ殺すぞ!
ここで再度覚悟を決める。
こいつは害獣だ、人を襲い、攫って行き酷い目に遭わせる害獣だ。殺して当然、殺さなければ被害が増えるんだ! 罪を犯すわけじゃない、この世界じゃこうしなけりゃ人に被害が出続けるんだ!
自分に教え込むようにそれを確認し、ナイフを振り下ろした。
トス!
多目的用の刃渡り20cmほどある丈夫なナイフは、大した抵抗もなくゴブリンの胸に吸い込まれた。刺した位置は人間の心臓と同じ位置だ。
ギィイイ!
呻くような短い声を最後に一瞬全身を強張らせその後動かなくなるゴブリン。その様子を見る俺の肩にポンっとアマンダの手が置かれた。
「お疲れさま」
「ああ、思ったよりあっさりというか、まだ実感がないかな。命を奪ったって」
< 心拍 0 >
< 呼吸 0 >
間違いなく死んでる。俺が殺したんだな。なんだろう達成感も無ければ罪悪感もさほどない。まだ気持ちに整理がついてないだけかも。
「最初にスキルで無力化したゴブリンはどうする? きつかったら私が止めさしとこうか?」
アマンダが気を使ってくれるが、俺は慣れるためにも自分でやると伝え、スキルで動けなくなっているゴブリンの胸にナイフを刺した。
「とりあえず、これがケインの本当の意味での初討伐かな」
ゴブリンが弱かったせいか、ナイフが刺さる感覚が想像よりはるかにあっさりしていたからか、討伐したぞ! という達成感がない。それよりも、俺はついに自分の手で命をうばったんだな……。
「ほら、ケイン、この世界の価値観、受け入れるって決めたじゃん。ゴブリンは害獣、魔物は人間の敵。知性ある魔族とは違うんだから。害しかない魔物は倒して当然なのよ」
俺の中を覗いたかのようにアマンダが声をかけてくれる。そうだよな、この世界の価値観では魔物は当たり前に討伐対象で、それにいちいち心を痛める必要はない。初めてだから多少困惑したけど、こんなことは今後何度もあるんだ。きっとすぐに慣れるさ。
「大丈夫、初めてだからちょっとあれだったけど、もう大丈夫だ」
「うん、じゃぁまた奥に進むよ」
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俺たちは遭遇戦から10分もせず、ゴブリンたちの巣と思われる場所へ辿り着いた。そこは窪地になっており、中心には水たまりがある。そしてそれを中心に葉っぱを重ねた屋根の家が4つ。家と言っても、縄文時代の資料などで見る竪穴式住居とかをずっと雑にしたような感じだ。
囲炉裏のような場所や、貯蔵用なんだろうか籠などもある。表に出ているゴブリンは10匹程度で、ざっと見た感じではさらわれた人らしき人影はない。
「もうちょっと詳しく観察するかな。視力強化してみるよ」
「あ、私もお願い」
「はいよ」
( 視力強化 8 )
クールタイムを待ち、アマンダにも同じように視力を強化する。視界が急に高解像度になった。遠くの物までしっかり解像し、ゴブリンの醜悪な顔がよく見える。そうじっくり見たくもないけど。
「なに? え? アレって!」
アマンダが驚きの声を上げる。アマンダにしては珍しい嫌悪感とか恐怖感が含まれた感じの驚きだ。敵の前でこんな感じになるアマンダは初めてだ。口元を押さえ、目を見開き何かを凝視している。俺はその視線を追ってそれを見る。
囲炉裏の辺り? ん?
そこに見えたものの衝撃と不快感で胃が絞られる。抑えきれない嘔気に俺は耐えられなかった。
ブゥエゥェェェェ! ウグゥェェェェ!
かまどのような場所、そこで棒に刺され火にあぶるよにされた物は、人の手足だった。
思考が混乱する、人がさらわれ食われたりゴブリンの子を産まされたりする。それは聞いていた。しかし目の前でそれを見るまで、それは情報でしかなかった。様子を観察するために強化した俺の視力は棒に刺された手足の断面まではっきりと見せる。
嘔吐しつつもそれから目が離せない。そして嫌悪感が加速しさらに吐き気を強める。
「ケイン、落ち着いて、見つかった!」
俺の嘔吐は騒がしかったようで、ゴブリンが家から次々とでてくる。ギャーギャーと騒ぎながらこっちを見るゴブリンが次々と武器をとりこちらへ向かってくる。
その醜悪な顔がとにかく嫌だ。この連中が人を食ってたと思ったらまた吐き気がこみ上げる。なんなんだ此奴ら、俺を食おうってか? 嫌だぞ俺は、あんな姿になるのは絶対に嫌だ。
「ほら、立って、戦うよ!」
俺はアマンダに脇を支えられ立ち上がる。
ああ、戦うさ、こいつらはダメだ、人間を食うような奴は生かしちゃおけない。討伐だからじゃない。俺はこいつらの存在が許せない。なんとしても根絶やしにしてやりたい。
ウペ! ペ!
胃からすべてを吐き出すと、今度は怒りがこみあげてくる。そして拒絶の感情だ。
「ありがとう、アマンダ、もう大丈夫」
「やれる?」
「ああ、やれる。こいつらは一匹残さず討伐しよう」
「そうね、村人の敵討ちしよう」
そうだ、被害を繰り返させないために、こいつらは全て殺す! 俺の中で何かが吹っ切れた。さっきの遭遇戦でゴブリン2匹に止めを刺した時のなんとも言えない感情は吹き飛んだ。こいつらを殲滅したくて仕方がない。よく考えればこんな様子を見ることは予測できたことだ。やっぱり俺はまだまだ考えが甘い。それを考えないようにしていた。しかも嘔吐し位置がバレて戦闘になるなんて。
「じゃぁ私、出るよ」
「俺も行く」
そして、ゴブリン殲滅のための戦いが始まった。
アマンダは窪地の中心近くへ行き、派手に槍を振り回している。次々と槍でぶった切る姿にはなんの危なげもない。俺も窪地へ出ると、スキルの有効範囲に入ったゴブリンを一匹ずつ無力化し、余裕があればナイフで止めを刺す。今は訓練の時じゃない。遠慮なくスキルで無力化し効率よく止めを刺す。
複数で襲いかかってくることもあったが、クールタイムが間に合わなくても所詮ゴブリンだ。ここに来る途中の遭遇戦で、反応速度をちょっと上げてれば余裕もって捌ける。そして殴り倒してナイフで止めだ。
夢中になって、いやムキになってゴブリンを倒していたら、気付くと俺とアマンダ以外に動くものは居なくなった。
「終わり……かな」
「終わったね」
ギャーギャー騒がしかった声はどこからもせず、窪地は静かになった。ゴブリンの死体はざっと40匹。思ってた以上に数が居たが、アマンダの圧倒的な武力と俺のスキルで問題なく殲滅できた。
「全部止め刺した?」
「スキルで倒してそのままなのもいると思う」
「じゃぁ一応見回りして確実に止め刺しとこ」
俺たちは倒したゴブリンを見て回り確実に止めを刺し討伐を終わらせた。今たまたまこの巣を出て言ってるゴブリンもいるかもしれないからと、しばらく待つことにする。
その間、囲炉裏にあったバラバラにされた人のパーツから串刺しにした棒を抜き、ゴブリンたちの収納籠に入れ家の屋根を破壊しその上に載せて隠した。持ち帰った方がいいのかとも一瞬思ったけど、人体の一部を抱えて運ぶなんて俺にはハードルが高いし収納する袋ももっていない。アマンダも何も言わないし、とりあえず隠したからこれで村へ戻ろう。
1時間ほど待ち、戻ってくるゴブリンが居ないことを確認。村へ戻った。




