014 怪我人搬送、元の世界の知識と技術
「うぅ~、うざぢゃ~ん……がわいそぅ~……グスン……」
アマンダを背負い、宿へ向かう。しっかし装備着けたままとは言えアマンダ重いな。やっぱり鍛えてるだけあって筋肉量が多いのか? 支えてるフトモモや背中に当たる感触はポニョポニョしてて素晴らしいんだけど160cmちょっとのサイズでこの重さってやっぱそういうことなんだろうな。仕事柄、人を抱えることがそれなりにあったからこそ感覚的に分かる。でも抱えるうえでは、筋肉がしっかりした人の方が抱えやすいんだよな。同じ身長体重でも、運動不足で芯のないような人ってすっごく持ちにくく抱えにくい。
あとアマンダってロシア人と日本人のハーフってわりには小柄? ロシア人の女性ってそもそもそんなに平均身長高くなかったんだったっけ? 世界最高の平均身長はオランダ人だったのはなんとなく覚えてるんだけどな。でも何度か話に聞くアマンダのお父さん、マクシムさんってイメージだけど巨漢でマッチョとしか思えないんだよな……うん……アマンダがそんなんじゃなくて良かった。母親が小柄で可愛らしい人なんだろう。きっとそうに違いない。
「おかえりなさーい」
夕暮れ前にチェックインに対応してくれた受付のお嬢さんが笑顔で迎えてくれる。俺がアマンダを抱えているのを見ると一緒に来てくれて部屋の扉を開けてくれた。
「気持ちよく、よっぱらってますねー。おじさん、悪戯しちゃだめですよー、キャハハハハ」
おい! 俺はオジサンじゃない! それにせっかく意識しないように運んできたのに余計なこと言うな!
俺は聖人だ、俺は聖人だ、俺は聖人だ、俺は聖人だ。
なんとか聖人モードをキープしてアマンダをベッドへと寝かせる。うーんうーんと言いながら、寝心地が悪いのかモゾモゾしている。
これって装備は外してやった方がいいんだよな。
聖人モード強化!……そんなスキルはない。だがそういう気持ちでアマンダの装備を外した。不要に体に触れないように、いつ目が覚めても変に思われないように……本当だぞ。
仕事上女性の身体に触れることも多いが、こんな時代だ。どんなことでクレームが来るか分からないからな。常にそういうことには気をつかって仕事してたんだ。まぁこっちの世界にセクシャルハラスメントの概念があるのか知らないけど。
一通り装備を外すと落ち着いたようで、胎児スタイルで寝息を立て始めた。まったくウサちゃん騒ぎには驚いたよ。目が覚めたら聞いてみよう。そんなに好きなのかって。こんな武闘派娘なのに実はミッフィー大好き娘だったりするのかな。しかし、胎児スタイルで寝てる今の姿は、盗賊相手に無双してた人と同一人物って思えないほど可愛いな。
しばらくそれを眺めた後、俺もベッドへ入る。そういえば今日は夜明け前から起きてたんだ。一気に睡魔に襲われる。快眠するためと考えたスキル利用のアイデアも今日は試す必要がなさそうだ……。
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「お父さん……ムニャムニャ……お父さん……お尻……たたかないでよぅ……ムニャ……」
どんな夢みてんだ。そしてこれはどんな状態なんだ。
耳元からの声と右腕の心地よい圧迫感で目が覚める。外はもう明るくよく眠れたみたいだが、目覚めは微妙だ。俺は決してなにもしていない。首だけ動かして周囲を見るが、こっちは俺のベッドで間違いない。ということはアマンダが酔っ払ったまま俺の方へ来たんだな……ふぅ……とりあえず聖人モードが機能しているようで安心した。
「……お母さん……はやく……帰ってきてよぅ……」
寝言だな……アマンダ……すごくしっかりしてるように見えて、やっぱり寂しいのか。そりゃそうだよな。昨日の酒の一件も含め、普段のしっかり者の姿で気付きにくいけど、制限された王宮内で思春期を過ごしたんだ。普通の環境とは言えない。実際の精神年齢が幼くなってても不思議じゃない。しっかりしなくちゃって無理してるのかもしれないな。
しかしだ! この状況は精神より肉体が問題だ。俺の右腕の感覚がどんどん鋭くなってくる。まず肩だ、この肩の感覚だ。これは間違いなくロシア製の立派なやつだ。寝言が耳元から聞こえるほどの距離で肩に押し付けられるものなんてそれしかない。これだけで十分ヤバイ。俺の中の聖人は道を外れようとしている。
そして手だ、これもヤバイ。太ももに挟まれて動かせない。鍛え上げた大腿部の筋肉に上質な脂肪が適度にのった太ももだ。太もも……いい響きだ。大腿部って言うと色気が無いのに「太もも」って言うとなんでこう魅力的に聞こえるんだろう。指先に神経が集中してしまう。
いやまて! 俺の中の聖人よ、機能してくれ! どうする? どうやってこの状況を抜け出す? ここでアマンダが目を覚まして問題にならないか? アマンダが俺のベッドに来たことは間違いないが、酔って覚えてなかったら誤解されないか? どする? ここは一気に起き上がるか? そろっと動こうとして触られてるって思われるのは困る。一気に起き上がれば、俺が驚いて飛び起きたってことにできるはずだ!
「ムニャ……ん……あ、ケンジ……おはようー……」
しまった! 判断に迷って手遅れになった!
「お、おおう、おはよう」
おかしな挨拶になったぞ。
「あ……わたし、やっちゃったかな」
いえ、なにもやっておりません。
アマンダが起き上がる。目をこすり周りをみて、そして自分も見ている。アマンダは昨日帰ってきて装備を外したままの姿だ。装備の下に着る定番の服装らしく、元の世界で言うと長袖タートルネックのシャツと綿のズボンだ。
「防具、外してくれたんだね。ごめんねケイン。私時々お父さんとかお母さんの布団に潜り込んじゃう癖があるんだ」
解放された俺も起き上がる。そ、そうか、そういう癖があるのか、アマンダがそれを自覚していてくれて助かった。
「そうか、そうなんだね、昨日はダレンさんたちにかなり飲まされて酔っ払ってたしな」
「そういえば、酒場から覚えてない。私、酔っ払ってたの?」
「ああ、それはもう立派に酔っぱらってたぞ」
「えー、初めてお酒飲んで、美味しいって思ったのは覚えてるけど酔っ払ってたんだー」
「ウサギの丸焼き見て、大騒ぎしたの覚えてる?」
「ウサギの丸焼き? 何それ、美味しそうね」
へ? 美味しそう? 昨日は抱きしめて泣いてたよね? 料理した人、同じ目に遭わせてやる! って恐ろしいっこと言ってたよね?
「えーと、アマンダはウサギをこよなく愛していたりしないの? 昔ウサギを飼ってたとか」
「ぜんぜん。普通だよ。可愛いとは思うけど料理は別。今度それ注文してみたい」
昨日のはただただ酔っ払ってたのか。激しい酔っぱらい方だったな。でも酒はその人の本質が現れるって言うしな。朝のことも含め、本当はかなりストレス溜まってたり、寂しいって思いが強くなってたりするのかもな。
うん、とりあえず問題にならなくて良かった。アマンダに騒がれでもしたらどうしようかと本気で悩んでしまった。まだ王都から一つ目の町なんだ。ここで気まずくなりでもしたら今後の旅が大変になるからな。まだ油断できる場所じゃないんだ。気を付けて行動しないと。とは言え朝の状況は俺が作った問題ではないんだけどね。
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「無いね」
「うん」
ギルドの掲示板。そこにある依頼をチェックするが西へ向かう丁度いい護衛任務がない。理由は寝坊だ。ギルドへ来るのが遅かった。宿を出る時、チェックアウトぎりぎりだった。まぁそれだけ疲れてたってことなんだろう。
「どうする? 次の町までは客車で移動しようか」
「でも客車って町によっては、検問で一人ずつ調べられたりするんでしょ」
そうだ。護衛任務で移動している理由の一つがそれだ。ギルドを通して依頼を受けていて依頼受託の書類もあり身分が証明できるギルドカードもあるため、町の出入りに厳しいチェックが滅多にない。しかし客車の場合は別だ。何かあったら乗ってる人全員がどういう人物なのか調べられたりするらしい。
「じゃぁ明日早起きして出直す? それか次の町は遠くないらしいから馬でも借りるとか」
「アマンダ乗馬できるの? 俺はしたことないよ」
「あ、私も乗ったことない」
「ダメじゃん」
「そだね」笑
さてどうしたものか、できれは早く移動を重ねたい。追手の気配はないけど何があるか分からない。それにアマンダの両親の情報を得るためにもエルナトに早く行きたい。今朝の様子から考えても、アマンダは両親に会えず寂しい思いをしているのは間違いないだろうしな。
俺が掲示板の前で悩んでいると、ギルド職員から声がかかった。
「あんたたち、今日は暇なのかい?」
「いや、西に向かう護衛任務を探してたんですが、もう無いみたいで」
「だったら丁度いい、今来た依頼を受けてくれないかい?」
依頼内容は怪我人の搬送だ。かなりの重傷らしくそれをなんとかしてもらうため、高位の回復魔法使いがいる隣町へと急いで搬送する。その護衛だ。依頼としては方角的にもちょうどいいし、話の途中でギルドに運び込まれたその怪我人を見て断るなんてできない。
「助かったよ、護衛が見つからなくてももう出発しようと思ってたんだ」
ギルド職員も焦っているみたいだ。そりゃそうだろう連れてこられた怪我人の傷口を覆った布はすでに真っ赤だ。
顔面蒼白、呼吸促迫、冷感あり、失血が酷いな。傷口は布で押さえられてるが、出血が止まっていないみたいだ。そりゃ当然か、腕が千切れる寸前だもんな。普通に圧迫したって止まらない。
「ロープを少し分けてください!」
俺は出発前にロープを2m分ほど分けてもらう。馬車はかなり小型の荷馬車だ。布団を敷きクッションとし、怪我人とその奥さん、俺とアマンダが乗り込む。馬はギルドが保有する健脚な二頭が準備された。スピード重視のセッティングってことか。御者はギルド職員だ。
時間が惜しまれすぐに出発となる。
町をでて街道を走る。小型の馬車を二頭の馬で引いてるだけあって、速さはかなりのものだ。昨日の護衛任務の馬車とは比べ物にならない。その分乗り心地は酷いもんだ。
しかし俺にはやることがある。まずは鎮痛だ。
( 痛覚 1 持続時間 1日 )
運ばれてきた時点ですでに喚く元気も無かった苦痛の表情がフッと楽そうになる。そしてすぐに止血のためにロープを上腕に巻く。
「ねぇ、止血しようとしてるんだろうけど、そんなユルユルでいいの? 私が締めようか?」
俺がロープを緩く締めている様子をみてアマンダが心配そうに言ってくる。まぁ傍から見たらそう見えるかもしれないが、これで終わりじゃない。この緩く巻いたロープに棒を……って、棒! 適度な棒がないぞ。しまった、ロープしか準備しなかった。俺は馬車に何かないか見回し、自分の身体もまさぐる。
そして腰に着けていたナイフに気付きそれを鞘ごと外す。ナイフを抜くと荷馬車の床に突き立てる。
「おいあんた! 何してんだ!」
荷馬車を操るギルド職員が驚き、奥さんも目を丸くしている。ナイフを突き立てたのは、激しく揺れる馬車の中で転がったら危ないからだ。
「止血です。使うのはこっち!」
俺は鞘を見せ、すぐに処置に戻る。ユルユルのロープに鞘を通して捻じる。これによって効率よく上腕が圧迫され効果的に止血ができる。
ある程度締めた段階で、傷口を覆っている布を外す。
「ああ、あああああ」
奥さんがなんとも言えない悲痛な声を上げている。
「これは……」
「酷いね」
その腕は千切れかけていた。いったいどうやったらこんな怪我になるんだろう。前腕の中央あたりが尺骨側から半分以上、押しつぶされるように切れていた。骨も橈骨まで粉々だ。酷いな。
しかし傷口を見て固まってる場合じゃない。しっかり止血はできているようだが、そこから今度は鞘を逆にゆっくり捻じり、少しずつ緩める。しばらく緩めると出血が再開する。そこでまた少し締めて止血に必要最低限の締め具合とした。普通ならかなりの痛みを伴うだろうけど、鎮痛も十分みたいだ。
「こうやるためだったんだ」
「そ。ただ押さえるよりずっと止血できるし、こうやって一度出血を確認してから増し締めすれば、必要最低限の力で止血できて、締めすぎのダメージも防げるんだ」
アマンダが感心したような顔で止血した状態を見ている。傷口も目に入ってるはずだが、それに関してはあまり動揺した様子もない。グロ耐性は結構あるみたいだな。まぁあんなに強くて、グロは苦手~とか言われても、え? ってなるけどね……おっとまだおわりじゃない。
「アマンダ、水を沢山だしてほしいんだけどいい?」
「傷を洗うの?」
「そう、感染症とかも怖いからね。一応できることはしとこう」
十分に傷を洗い流す。これには奥さんも参加した。そして包帯を巻き処置は終了。途中で圧迫を緩めることも忘れない。血流は時々解放しないとね。そのついでに適当な太さの木の枝をアマンダに切り落としてもらい、止血に使っていた鞘と交換した。
本人は痛みから解放されたためか、それとも失血からの疲労からか今は眠っている。一応血圧を観察すると。
< 血圧 3 >
と出た。これって正常な状態が5と考えていいんだよな。普段見る血圧の数値と違ってちょっと困るが怪我をしていない手首で脈が振れるから、最高血圧80は保ててるってことだろう。体調観察で< 血圧 3 >は橈骨で脈拍触知ができる。ってことは< 血圧 2 >あたりから危険ってことかもな。うん、覚えておこう。
そういえば、魔法で出した水って清潔なのかな? 何もない空間から生み出すような水なんだから完全に無菌な水なんだろうか。ちょっと気になる。まぁそんなのはこの世界じゃ調べようもないか。とりあえず俺がやれることはやった。あとは早く回復魔法使いの所に行くだけだ。
回復魔法か……なんか聖女の顔が浮かんできた。あんな嫌な奴じゃなけりゃいいな。




