2:ギルド上編 5
第2章 ギルド上編 5
一行はベースキャンプを出るとまっすぐに群れの大隊に向かった。
「ユイとあたしで前衛、セイラは援護。ロビンは群れのボスを射殺してくれ。昨日説明したとおりオスは逃げる。その中でも最も大きいのがボスだ。行くぞ!」
「はい!」
「了解」
「任せてください!ではアリアさん行きましょう!」
ロビンはなるべく高台に移動し、高さ的アドバンテージと唯たちの援護、そして逃げるボスを射殺すために戦場を俯瞰した。
唯、アリアはまっすぐに群れへ向かいツーマンセルの体制をとった。
そして、セイラは一番負担のかかる中衛を務める。
中衛の主な仕事は前衛の援護とオペレートもともとはアリアが務める予定だったが、昨日のうちにある程度練習したらしく、できそうだとアリアに任された。
「右側より接敵7!アリアさんは右前方の4体をお願いします。後方3体は僕がやります!前方からの接敵はユイさんお願いします!」
セイラが後方にいて、接敵に気づき的確に指示を出す。
「おう!任せろ!」
「はい!了解です。セイラ君」
前方からは3体ほどまっすぐに突っ込ん来る。
「雷精の力よ紫電をもってわが敵を穿て!電撃筆誅:ヴォルト・エッジ!」
セイラは呪文を唱えると左手から紫色の雷撃を放った。そして宣言通り3匹を倒し切った。
その間にアリアは十字架をそのまま振るい、ブラックアリゲーター4匹を薙ぎ払った。
「風拳!」
両手は緩く握り、敵を打つために両の手とも正面に取る。
右足を一歩前に軽く腰を落とし重心は前に、右半身に取る。同時に風の魔法を起動し纏う。
これを風拳と名付けた。
名前を付けることで魔法の起動を構えと意識に紐づけ、素早く行うという目的をもっての事だ。
唯はいつも思うが、風を纏うと髪の毛がふわふわからもふもふぐらいに暴れてしまう。
それが少し困ったものだと思う。
それと同時に思考は軽く、視界も広くなったように感じる。
ふぅーと息を吐き出し、目の前の敵を打つことに思考を加速させる。
そうするとどうだろうか1秒が1.1秒~1.2秒ぐらいか、それぐらいに感じられる。つまるところ敵の動きが若干遅く感じられる。
標的、まずは前方の3体。
標的をとらえる、そこからは早い。風に乗り敵に突っ込んで突く蹴るの格闘戦だ。やや前方の一体へ疾風で加速し勢いのまま右の裏拳を当てる。
「……!セイラ君お願いします!」
「はい!任せてください!」
昨日の個体ぐらいの感覚で裏拳を当てると固く、一撃で意識を奪うに至らなかった。
意識を奪うことから吹き飛ばすことにシフトし、そのままセイラのいる後方へ叩き飛ばした。
「グォオーー!」
前方からさらに飛びかかってきたブラックアリゲーターを本来の使い方で風流を使う。
風流はあまり得意ではない合気や受けの技術を強化するために、風の魔法で補っているのだ。
そしたらたまたま副次的に消音の効果がついたのだ。
飛び込んできたブラックアリゲーターを添え受けの要領で、左一の腕手の甲側で下顎を受け、手首を回し頭を押さえそのまま右脇側へ流し、アッパーカット気味に右掌底を当てる。今度の個体には先ほどよりも力強く当て的確に命を奪った。
「発勁!」
昨日討伐してきた個体の中にも1~2頭ほど他の個体より固いものがいたが、さすがに群れの中央は一体一体が強力に、そして硬度も上がっているようだ。
拳を痛めるほどではないが、掌底の方が有効打になりそうなので掌底を選択した。
そして、死に絶えぐでっとなった個体を横になるべく優しく転がし、左回し蹴りをを最後の個体にめがけ放った。
対魔物に際して、特に鱗を持つものに与える有効打が少ない。
それもそうなのだ、特に得物をもって戦闘に挑んでいるわけ度もなく、まだほぼ生身で戦っている状態なのだから。
今唯は昨日よりも如実に自身の火力不足を感じていた。
全力で打てばもちろん命を刈り取れるが、全力を出し続けるのはやはり体への負担が大きい。
それにいくら手袋を装備しているとはいえ、拳には負荷が殊更に大きい。
そのことを、はてどうしたものかと考えていた。
まずワンウェーブ目と戦闘がひと段落する。
もちろんブラックアリゲーターは着々と包囲網を形成しつつある。
ただすぐには襲ってくる様子はなく、今はじりじりと半円を縮めるに徹している。
「ちょっといいですか?わたしの打撃は有効打になりません」
「んあ?何言ってんだ?有効打にならないなんてことはないだろう?なぁセイラ」
「そうですね。間違いなく僕らに打たれたら死にます」
「それはそうです。わたしは空手家ですから」
アリアとセイラは一瞬呆けた顔になるが、謎かけのような言葉を理解した。
「ユイ、あんたどこか痛めたりしたか?」
「あ、いえ。それは大丈夫です」
両手をグーパーして見せからは健常であることを伝えた。
そう唯は空手家なのだ。
対魔物、特にブラックアリゲーターのように固い鱗を持つものに、有効打を持たないのだ。
まだほぼ生身で拳を当てているわけだから、いくら速く走れても、いくら力強くとも、しょせんは16の少女の柔い拳なのだ。
速さ、力で優っても硬度で負けてしまい。
楽に勝てても唯自身も傷ついてしまう。
「そこでわたしから提案があるんですど…」
ピーー!
ロビンからの合図が間の悪いタイミングで届く。
ボスをロビンが打ち取ったのだ。
ブラックアリゲーターのオスは戦闘が始まるとすぐさまに逃げ出す。
あたりには、打撃音や雷撃音がこだまし、掌底打ちや鈍器による打撃による出血、そして雷撃で肉の焦げる臭い。
戦場の臭いがあたりには立ち込め始めていた。
これらを感知し群れのボスは一目散に逃げだしたのだ。
逃げ出した個体が群れのボスならばあとは簡単。遠くから狙撃すればいいと、さも簡単にロビンは言い実行した。
「ロビンそうとう早かったな。いったん合流まで後退後、あたし前衛でユイとセイラは中衛を頼む」
合流地点に急ぐために走りながら昨日の作戦通り遂行することを告げた。
「アリアさん前衛はわたしにやらせてください。案があります」
「……。わかった。あたしが無理だと判断したら即スイッチするぞ!」
「はい!任せてください!」
合流地点に急ぐと、唯たちの位置も把握していたロビンが一早くに合流した。
目の前にはのボスを失い、怒り狂うブラックアリゲーター。後方はまぁ、ロビンがいるわけだし問題はないだろう。
「ロビン!昨日のあれをやります!」
「いや、そいうは無理だ!それに矢が足りねぇよ。」
「大丈夫ですよ。今回はアリアとセイラ君がいるので!」
「いやいや!おたくが捌ききれないでしょう!?」
「え?」
「え?」
かみ合わない。
それもそうだお互いがお互いをあんたには無理だと、会話が進んでいるのだから噛み合うはずもないのだ。
「ユイさん来ます!」
セイラが唯に注意を促す。
そしてそれを境に怒り狂ったブラックアリゲーターたちが突撃を開始する。
右も左も関係なくまっすぐに突っ込んでくる。
統率力を失った群れの突進は実に単調で、まっすぐに突っ込んでくるだけだった。
唯の瞳は、飛びかかる敵のリズムと順をとらえる。
すくい受けの構えから敵をすかす。敵を流し続ける。
後ろの頼れる仲間たちへ向け。
それをアリアは蛇腹剣・朱紅葉を展開せず直刀状態で右にとんだ敵を、セイラは雷精を宿したレイピアで、左に飛ばされた敵を突き刺す。
ロビンは上に飛ばされた敵を射殺す。
アリアは封印解除前の打撃、直刀での斬撃、展開中の鞭のように鋭い閃撃と状況対応力が高い。
セイラも同様に、複数の精霊魔術を使えることで敵に合わせ戦える柔軟性。
ロビンは高い狙撃力をもって完璧に遠距離型として。
そして唯はまだ未完ながらも、高い前衛力。
職業だけ見たら、格闘家と聖職者と魔術師と弓兵とかなりバランスの悪そうに見えるがその実中身は、役職以上にしかっかりとした安定感のあるパーティーになっていた。
そして経験と知識、実績と技術、才能と伸びしろ、理性と柔和。個性や特性、性格や戦い方。
安定感もあるが、いろいろこれからを考えさせられるパーティーでもあった。
「アリアさん!数が多いです!」
30体ほどちぎっては投げと続けたあたりで唯が嘆く。
唯自身かなり余力を残しているが、嘆きたくなるのだ。
「ハハっ!かわるかー?」
「なんかそういわれると負けた気になるのでいいですー!」
嘆くが別につらいわけではない。
それが証拠に必ず倒しやすそうな位置に飛ばしていた。
唯の右後方からアリアなら背中かから首が見えるように右に、ロビンなら額をとらえやすいように真後ろに、セイラなら首と額を魔術の行使のインターバルに合わせ数を調整したり。気を配っていた。
だからアリアもかわるか?などと聞きながら、別にそういう意思はなかった。
「んじゃ、お嬢俺には数減らしてくれー」
「僕はまだ大丈夫ですよ。インターバルのタイミングを短くしてもらっても。」
希望通り唯はロビンへの投擲を増やし、セイラへのインターバルタイミングを短くした。神アップデートですね!
「増えてんじゃねーか!」
「あ、これぐらいが魔術のタイミングとぴったりです!」
「そうですか!」
「いや!増えてんじゃねーか!」
「怠けるんじゃありません!戦ってくださいロビンも!」
「えぇ……。頑張ってるんだよなぁ…」
唯的神アップデートに文句を言うロビンにあたるぐらいには、余裕があった。
このパーティーならこれぐらいの敵なら全く問題なかった。
すると概算60匹程度投げ飛ばしてきた当たりで、ぴたっ!と敵の動きが止まった。
次を意識した唯の動きも同時に止まる。唯はまた構えなおした。
ブラックアリゲーターたちは全力で後ろに向かって走り始めた。
「「「グギャァァ!!!」」」
怯えるようにそして、先ほどまで自身の命すら顧みず挑んできた奴らとは思えない行動だった。
「えっ……!ちょっ」
「ふー。終わったな」
ロビンは次射を構える途中で、セイラも詠唱途中のグングニルを詠むのを止めた。
そんな中アリアだけは一息ついて終わったなと言い、封蝋と唱え帰宅の準備を開始していた。
「何してんだおまえら?帰るぞ?」
「……え?あ、はい?」