加速する時の中で
雷の魔力に引かれてマナが集まる。敵の姿を確認して抜刀し、走りながら呪文を唱える。
「限界を引き上げろ」
火の魔法ならば力が、土なら防御が、風なら素早さを上げられる。今の私は戦いながら同時1つの魔法が精一杯だ。しかし、雷魔法での強化は、同時に力と素早さを上げられる。それは既に実験済みだ。
「風の鎌」
敵の風魔法が放たれる。風の速さで迫る不可視の刃だが、マナの流れで視認出来ること、直線であることが欠点だ。
避ければ後ろの皆に当たる。私は剣で風の刃を斬り上げようとした。
「踊れ!」
「なっ?!」
風の刃は、私の剣に当たる瞬間に、左右と下へと3つに分かれて、不規則な軌道を描いた。発動した魔法への更なる干渉、私よりも明らかに魔法の腕は上だ。
上へ振り抜いた無防備な体制、風の速さで3方向から迫る刃、到底避けきれるものではない。
普通ならば。
身体を駆け巡る雷魔法が、五感を、思考を加速させる。五感から迫る刃の方向が伝えられ、思考が最適解を弾き出し、私の身体を動かす。
振り上げた剣を無理矢理方向を変えて、左へ地面を舐めるように右へ振る。刹那、3方向の刃を叩き斬り、私の足は地面を蹴る。一歩で距離を詰め、敵の首が鮮やかに宙を舞った。一呼吸遅れて、頭部の無くなった体から血を吹き出させて倒れる。
人を殺した。
加速する思考はその感慨を置き去りにし、次に向かう。剣が妙に熱く手の中で脈動している。恐怖よりも、後悔よりも、今の戦いの高揚に心が震える。
死んだ男の合図で残りの敵が来る。
ギイン!甲高い金属音を鳴らして剣と剣がぶつかる。相手の技量は悪くないが、今の私は魔法でブーストがかかっている状態だ。二、三度斬り結んで空いた胴を狙う。
「調子に乗ってんなよ!」
そこへ横合いから赤毛の男が乱入してきた。私は横へ払う剣の軌道を変えて横からの剣へ応戦する。
「重っ!」
腕力、体格差、剣の腕、全てにおいて男の方が強い。弾かれて後ろへ数歩下がる。
「させません!」
下がった私にもう一人が斬りかかってきたが、メイちゃんの矢が男の腕に刺さった。
「グラキエース・フロース」
ふいに、白くキラキラした花びらのようなものが視界を掠める。いつの間にか白い花びらは、そこかしこに舞っている。朝の光を反射して舞う真白の欠片は、美しく幻想的だが、込められたマナは肌が粟立つ程だ。致死毒のようなそれに、赤毛の男ともう一人に幾つかが触れる。
フィンさんがふっと笑って魔法へ干渉した。
「ゲロー」
呪文によって干渉された魔法が形を変えて、花びらに触れた部分が一気に凍結する。
「がああああっ!」
赤毛の男の左腕と背中の一部が凍り、もう一人は右手と左足、腹部と首筋が凍って苦悶の声を上げる。
「デーストルークティオー!」
パキイィィン!
澄んだ音色を立てて、凍った部分が粉々に割れた。赤毛の男は呻き声を、もう一人は断末魔の悲鳴を上げた。
「更に魔法への干渉?!」
魔法への干渉は魔力は要らないが、少しのミスも許されない繊細な制御が必要になる。それを重ねて使うなんて、恐ろしい技術だ。フィンさん凄すぎ!
「…… これでほぼガス欠…… !」
フィンさんの体がぐらつき、シグルズが支えた。
これで一対一!
赤毛の男は、抉られた傷口からシュウシュウと音を立てて回復しながら、剣を構え私を睨んだ。
回復するまで待つと益々不利になる。私は畳み掛ける為に剣撃を繰り出す。しかし尽く避けられ、または男の剣に弾かれた。私よりも速く重い剣に、逆に少しずつ追い詰められていく。
このままじゃ駄目だ。もっと速く、もっと力を!
なんとか距離を取って赤毛の男と睨み合い、更に魔力を練る。今の魔法を維持したまま、目の前の男に注意を払い、慎重に細かな模様を編む。既に雷魔法で五感と思考を加速させているからこそ出来る芸当だ。
赤毛の男が吠えて動く。聴覚が声を過敏に拾う。うるさい。
男の動きが緩慢だ。魔力を編み上げる速度も遅く感じる。男に合わせて剣を動かす自分の動きが、更に遅くて苛つく。
色とりどりのマナの動きが見える。肌に当たる服の感覚すら邪魔だ。
男が上段から剣を振り下ろす。真っ直ぐな剣筋、下から剣の腹を撫でてやればいい。その通りに動かそうとするのに、私の速度が遅い。
焦燥感に歯を食い縛る。そこへ流れてきた液体。血だ。鼻から血が垂れて口に入った。戦いながら2つの魔法を使うことへの負荷に、脳が耐えられなくなったのだ。
そこで魔力が編み上がった。
「まだまだあっ!」
叫びが呪文となり、更なる身体能力の増幅がかかる。筋肉が軋み嫌な音が響く。視界が赤くなる。見えにくさに苛立ちながら加速する。
男の振り下ろした剣を絶妙な角度で、力を逃がしながら撫でるように流す。流しきった剣を返して前へ。
心臓は部分鎧で守られている。狙うは無防備な喉元だ。
視界はどんどん赤くなり、頭が痛い。
メイちゃんの悲鳴が聞こえる。シグルズやフィンさんも何か叫んでるけど、そっちへ意識を持っていく余裕がない。
剣は前へ、男の喉へ!
「ごぼっ!」
湿った声を最期に、喉へ剣を突き立てられ、赤毛の男は絶命した。
視界が自分以外の赤で埋まる。勢いのまま倒れ込んで、雷魔法を解除した。




