クロリス・カラナの欠落
頭の回転がゆっくりになり、身体中から煩いぐらいに訴えていた五感が正常に戻ってほっと息を吐く。そこで、一緒に倒れ込む形になった赤毛の男の虚ろな死体と目が合った。
ぎゃあああ、遺体の側に倒れていたくない。動こうとしたのだけど。
「痛ったあああ!」
身体中が針で刺されるような痛み、と割れそうな頭痛に悲鳴を上げた。
痛い痛い痛い!
涙が溢れて視界の赤を流す。痛いと大声で泣きわめいて蹲った。人殺しの感慨も感覚も全て体から出してしまいたかったから。
「何が信じて見てて、だ! 無茶苦茶しやがって!」
「ごめんなさい」
頼まれたってやりたくない。反動がでかすぎる。うー、頭痛い。体が怠い。
私はうんうん唸りながら、平謝りだ。
あの後フィンさんは魔力切れと寝不足でぶっ倒れ、メイちゃんは私になけなしの回復魔法をかけてやはり魔力切れ。私は回復魔法をかけてもらったものの、頭痛と倦怠感、治しきれなかった筋肉痛で動けない。しかも鼻血と目からも出血して、見た目がえらいことになった。
唯一動けるシグルズが窪みの前で、薪を焚いて見張りをしながら私にお説教だ。
「ったく、寿命が縮むような魔法の使い方しやがって!二度とすんなよ!」
シグルズは苛々と木の枝を火に放り込み、そっと寝転ぶ私の髪を撫でた。言葉は乱暴なのに手つきは優しい。ちょっと頭痛が和らいだ気がして、目を閉じる。
「うー、魔法の重ね掛けがあんなになるなんて思わなかった。安心して。あんなの二度とやりたくない」
「どうだか。どっか危なっかしいんだよ、お前」
はっと息を吐いてシグルズは、私の頭をぽんぽんと叩いた。
「もうやるなよ」
視線は焚き火に向けて、ぶっきらぼうに言う。木の枝が炎に炙られパチンと爆ぜた。
うんって素直に頷いたらいい。それで許してくれようとしてる。でも。
もしも誰かが危なくなったら、また同じことをするかも。今の私は弱くて誰も守れない。瞬間的にだけど、格上とも渡り合えるならば、自分を削るくらい安いって。
「…………うん」
そんな風に思っちゃったから、頷くのにすごく時間がかかった。シグルズの目がすっと細まり、鋭い光を浮かべて私に向けられた。
「おい、何だその間は。今何を考えた?」
思わずぎくりと体が強張った。変なところでシグルスは鋭いから困る。
「お前は馬鹿か!」
静かな森にシグルズの怒鳴り声が響いた。分かってる。心配してくれて怒っているんだって。でも、ムッとして言い返してしまう。
「シグルズだって私を庇って怪我したじゃない!」
そうだ、自分だって人のこと言えないじゃないか。
「俺は良いんだよ!」
「はあ!? なにそれ!? 自分は良くて人は駄目? 横暴よ!」
「うるせえ!」
頭痛と倦怠感も一時忘れて、私はシグルズと言い合いになった。さらに言い募ろうと私が口を開きかけた時、第三者の声が割って入る。
「人がせっかく寝ているのにうるさい! 君はちょっと寝てなさい」
「へ?」
意表を突かれて振り返った私の目に映ったのは、不機嫌に口をへの字に曲げたフィンさんと、目の前に集まったマナだった。そのまま視界がぐにゃりと歪んで、私の意識は落ちた。
※※※※※※※※※※※※
一つ年下の男の子が、木上に遊んでいたボールを引っ掛けてしまった時、取ってと頼まれ私は躊躇いなく登り、ボールを取ったものの木から落ちて足の骨を折った。
友達が年上の子に絡まれた時、助けてというその子の代わりに、取っ組み合いの喧嘩をやらかした。
幼い頃から私は誰かにお願いされると、自分が傷付こうが無理をしようが必ずやり遂げる。時に傷を作り、時に睡眠を削り、時に自分のお小遣いを使って。
両親も妹も心配して、もうしないでとその度に言われた。もうしないとその度に約束するけれど、気が付くと動いてしまう。
どうしてと訊かれても分からない。ただ、動かずにはいられない。
無理をしている自覚はなかった。
だって仕方ないじゃない。誰かの願いが叶えられないのはもやもやする。なんとかしないと落ち着かない。
ただ、もうしないでというお願いにだけは、応えられないのが嫌だった。
※※※※※※※※※
次に目が覚めると毛布に包まれて、馬車に揺られていた。フィンさんに眠りの魔法で強制的に寝たせいか、頭痛と倦怠感は随分ましになっている。馬車の中ではフィンさんも毛布にくるまって寝ていた。シグルズは御者台で、メイちゃんは起きていて、私と目が合うとぽろぽろと涙を溢した。
「ごめんね、メイちゃん。心配かけたね」
居たたまれなくなって、私はメイちゃんを抱き締めた。メイちゃんは嗚咽混じりに私に訴える。
「ぐすっ、ひっく、回復魔法を掛けたとき、身体中の筋肉がズタズタになってました。鼻や目から、の出血だって、っい、一歩間違えば廃人になってしまう、ぅっく、ような、凄い負担の証なんです。もう、やらないで下さい。クロリス、様あっ」
えっ? そんなことになってたの? 道理で身体中が痛かった訳だ。少しぞっとする。
「あんな痛いのは御免だよ。二度とやりたくないから」
ね? と笑ってメイちゃんの背中を宥めるように軽く叩いた。
もうやらないで。身近な色んな人たちから聞いた言葉。泣きながら訴えるメイちゃんのお願いに、応えてあげられないことに胸がちくんとした。
「そいつに何を言ったって無駄だ、メイ」
シグルズが御者台から、振り返りもせずに低く言った。背中から怒りが伝わる。
「もうやらない、じゃなくてもうやりたくない、だからな。似たようなことはまたやるぞ、そいつは」
事実なのだから殊勝にごめんなさいと、謝らなければならないと思う。思うんだけど、カチンときた。
「あんたに言われたくないわよ」
出た言葉は喧嘩腰の可愛くない台詞だ。シグルズはそれに無言の背中で答えた。つんと顔を背けた私を、メイちゃんがびっくりした顔で見ている。
「あの、クロリス様。シグルズ様は心配して下さっているんですから」
遠慮がちにメイちゃんが取りなしてくれるけど、私はやっぱり素直になれない。
分かってるわよ。心配してくれているのは。
でも、何故かシグルズに言われると腹が立って反発してしまう。
「全く、君が起きると途端に騒がしくなるね」
苦笑してフィンさんが半身を起こした。
「ごめんなさい、騒がしくしてしまって」
「ま、十分に休めたからいいけどね」
くすくすと笑って軽く伸びをするフィンさんの目の下にあった隈は消え、いつもの優雅さが戻っている。彼は悪戯っぽい目をシグルズの背中に向けた。
「疲れただろう? 代わろうか」
「いや、いい」
「ふうん? ま、いいけどね」
素っ気ない返事に、フィンさんはやや大袈裟に肩を竦めた。
今回難産…… 。




