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掌編  作者: 千日紅
4/4

煙草




「ほら、早くしてよ」


 泥酔した友達に肩を貸して、居酒屋を出る。

 大人数の新歓コンパ、はめを外した若者ならぬバカ者は、他にも大勢いる。

 私は酔えない酒を飲み、酔っ払いの面倒を見ていた。


 追い出されるように居酒屋を後にして(店の人の迷惑そうな顔といったらなかった)、大きな通りに出た。

 そこの歩道に屯して、バカ笑いする男、口説き損ねた女に言い寄る男、品定めする女、しなだれかかる女の化粧は少し崩れているし、一様に酒臭い。


 くだらない。


 どうして私がくだらないと思いつつ、コンパに出席したかというと、それは今も視界の端で、女の尻を撫で回している男の存在があったからだ。

 そいつは、しゃがみこんだ友人の背中をさする私をちらと見て、薄ら笑いを浮かべた。


 薄っぺらい、どうせ身体だけの関係だ。


 はじまりは唐突で、かつ最もくだらなかった。

 仲間で飲んで、雑魚寝して、あいつは私を背中から抱きしめた。

 私はその腕を振り払えなかった。

 みんなの寝息が聞こえる静かな部屋の中で、息を殺して寝たフリをした。


 いいだろ、と彼は言った。

 嘘も蹴散らして、更に強く抱きしめ、彼は言った。

 お前、いいな、と。


 私は抵抗しなかった。

 その夜は最後まではしなかったが、あとはもうずるずるとなし崩し。

 あんたには彼女がいるでしょ。

 あいつには関係ない。お前は喋らないだろ。

 喋るかもよ。

 喋れない。

 だって、お前の友達だろ?


 全部お見通し、ただ、あんたの欲望を満たすため、私は身体を差し出すの。


 俺のこと、好きなんだろ? と彼は言う。

 俺も好きだよ、と言う。

 私は答えず、服を脱ぐ。




「大丈夫? 吐く? 吐いていいよ」

 水を飲んでいた友達の、水と酒の混じった吐瀉物が舗装された歩道を汚す。

 ハンカチを出すため、カバンを探ると、指に固いものが触れた。

 取り出すと、それは煙草の箱だった。


 私は煙草を吸わない。


 その時、彼は女の肩を抱きながら、煙草を口にくわえていた。


 私は、煙草を一本取り出した。

 近くで立ち話をしている男子に火を借りる。

 吸い込んだ煙は、苦く、喉に痛かった。


 煙を吐き出す。

 一緒に、私の中の、彼も吐き出してしまえればいいのに。

 吸って、吸って。吐いて、吐いて。

 真っ黒く肺を汚して、病のように。

 まるであなたは病のように。


 もう、やめなきゃね。こんな不毛な片思いは。


 私は、煙草を車道に投げた。

 マナー違反に捨てられた煙草は、行過ぎる車たちの間に、あっという間に消えた。




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