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第二十六話 7月27日のこと

9/17 更新


「鷲、久しぶり」


「? なんだ陽海はるみじゃないか。オレは……えーっと、何してんだ?」


「今は陽ちゃんから鷲に変わったところ……ってそんなことはわかってるか」


 鷲は退屈そうな表情でコクリと頭を垂らす。


 眠いのだろうか?


「大丈夫? 寝不足?」


「みたいだ。陽子のやつ、また徹夜でオレの体を使いやがったな」


「あはは、だねー。相変わらずあたしのことが男にしか見えてないみたいだし……微妙に会話も噛み合わないし」


 そう、浅倉陽子はこの世にいない。


 彼女は望月鷲の別人格で、ある意味コイツの妄想だ。


 おかげであたしは幼馴染として、浅倉陽子の見張りをしなければいけなくなってしまった。


 まぁ、別に嫌いなわけじゃないから良いけど……。


「あんまり実害はないけど、やっぱり気分がいいもんじゃないなぁ」


「それは……悪いと思ってる。正直、こうやってまともに陽海と話せなくなっていくのは寂しいし」


 と鷲は申し訳なさそうに吐露する。


 自分が自分でなくなっていく感覚というのがあたしにはわからないけど……それはとても悲しいことだと思う。


 こうやって鷲と話をできたのは七月に入ってまだ二回目。一回目は週の初めで、二回目が今だ。


「ねぇ、鷲、自分を悪魔だと信じている時って、あたしのことは男にしか見えてないんだよね、陽ちゃんみたいに」


「ああ、みたいだな。現実世界でどう言葉が調節されてるかわからないがそうなってる。『お前』とか言ってると思うけど」


「こっちではちゃんと『陽海』ってなってるし、一応会話ができる程度に普通かな。あ、でも……」


「何だ?」


「女の子ばっかり見てる。鷲じゃないけど、さっき陽ちゃんの時に『雑誌に出るくらい美少年だと思うんだけど』とかなんとか言って、周りの女の子を誘惑してた」


 鷲は見た目がすごくいい。大学の中でも上位の方だ。


 陽ちゃんの時には結構ナルシストになるので女の子ファンから黄色い声とラブレターを一気に受けることになる。


 でもそういうのはあたしが根こそぎ処分している…………これは秘密なんだけど。


「気色悪い趣味を持つオレになりそうだな」


「そうだよぉ。見張るのも楽じゃないね」


「悪いな……と、そうだ」


「どしたの?」


「今日もバイトはあるのか?」


「うん、あるけど……その時まで鷲のままでいられる?」


 鷲が出ていられる時間は圧倒的に他よりも少ない。


 たいていは陽ちゃんが出ているし、望月鷲が出ることもある。


 鷲が出れるのはかなり偶然に近いのだ。


「わからん。でももうすぐ限界みたいだ。次に出るのは――望月鷲か」


 悪魔の方か。


「記憶を捏造しよう。そうすれば割り込んで俺か陽子が出てくる」


「そんなに上手くいく? 昔からこういう体質なのに」


「やるしかないだろ。陽子になったらまた記憶を捏造して俺が割り込む。なにかキーワードがあればいいな」


 キーワード?


「矛盾が起こりそうな……なんていうか俺が認識できて、陽子に認識できないようなことがいい。クソ、時間がない。意識が、消え……る」


「鷲? 鷲!」


 キーワードをあたしに任せるってどんだけ無責任!


 次に出てきたら一発殴ってやる。あたしに頭を使わせるようなことはするなとあれほど言ったのに!!


「おーい、もしもーし?」


「…………陽海、か。ここはどこだ?」


「ここ? 学校だけど」


「傲慢に溢れた人間の学び舎……か」


 ハァ? 何を言っているんだコイツは。


「悪魔思考ダダ漏れですけど? 人間界に溶け込まなくちゃいけないんじゃないの?」


「そうだったな。やれやれ人間は迫っ苦しくていけ好かない。もっと自由に生きたらいいのに」


「『悪魔はルールを守って生きる』とか言ってなかったけ? 聞き間違いだった?」


「いや、そのとおりだ。いつものように望月鷲を演じないとな」


 ああ、めんどくさい設定を鷲は作ったもんだ。


 こっちの身にもなって欲しい。


「それで、陽海さん。俺はこれから何をするんだっけ? 陽海さんの家の鍵があるからそっちに行くと思うんだけど」


「そうそう。それだよ、望月君。アンタはこれからあたしの家で昼寝することになってんの。はい、行ってらっしゃい」


 そうしてあたしは鷲の姿をした別人を送り出した。





















 一時間くらいするとまた鷲の姿が見える。


 今は誰だろう……陽ちゃんか?


「よ! ゆっくり眠れたかい?」


 とりあえずはこのノリで言う。


 あたしは女優。


 誰であろうと演じきってみせようではないか!!


「ん? ああ、陽海君。なんか外でぽけーっとしてたらいつの間にかこんな時間でね。さっさとレポートまとめちゃわなきゃまた徹夜になっちゃうから」


「そう……だね。が、頑張っていこう! うん、ファイトー!」


「あはは、陽海君はいつも元気だね。やっぱり唯一の友達だ。元気を貰ったお礼に勉強を教えてあげよう。レポートも手伝ってあげるから」


 ズキリ。


 胸に針が刺さったような気がした。


「……ありがとう」


「さて、どこから始めようかな……と」


「どしたの?」


「……………………」


「あの、鷲?」


「――――え? あ、何? どうしたの?」


「いや、それはこっちのセリフだって。何急にフリーズしてんの」


「? そう? まぁ、いいじゃん」


 鷲の姿をした陽ちゃんはニコニコと笑顔を振りまきながらレポートを仕上げていく。


 鷲の知識を使ってるだけあって常人の数倍の速さで一ページ一ページを書き上げる。全く無駄がないことについて、あたしはため息をせざるおえない。






















 今度は二時間ほど時間を経て放課後になる。


 鷲と約束した時間だ。


「おーい、鷲。立ったまま寝ないようにねー。危ないぞー」


「…………んー? んー?」


「もしもーし、起きてますかぁ?」


 講義室から出ると今回七回目のフリーズ。


 意識の回復が追いついていないのかもしれない。


「んー、ここどこ? 今何日の何時?」


「ここは学校の正門。今? 今は七月二十八日の一六時丁度。望月と変わってからだいたい四時間ってとこかな」


「何かマズイことは?」


「特にないんじゃないかな」


 なるべく刺激を与えない返答をする。


「でも、パソコンみたいにフリーズしたりしてた。何かあったの?」


「んと、多分夢だよ。二人とも夢を見てたから意識的に体を動かせなかったんだと思う」


 鷲の姿をした陽ちゃんは苦い顔をする。


 二人とは陽ちゃんとあの悪魔ヤローのこと、か?


 フラフラしているのは記憶を確かめているのか、それとも何か考え事をしているのか。


 はたまたこれが鷲の言っていた記憶の捏造による割り込みなのだろうか。


 しかし、あたしにはそれを知るすべがない。


 とても悔しい。


「これ、タングラムって言うんだっけ?」


 とにかくキーワードになりそうなことを言うことにしよう。


「正方形をいくつかに切り分けて作られたパズル……だね。懐かしいなぁ」


「懐かしい、かな?」


「うん、小さい頃は滅多に外に出られなかったから。こういう茜空を見ながら、妹と一緒にタングラムのパズルで遊んだんだ。うわー、ホントに懐かしいなぁ」


「…………じゃあ、問題を出し合ったりしたんだ?」


「そうだよ。完成図を覚えて、早く完成させたほうが勝ち。妹ってば完成図をいっつも忘れちゃうから、俺が結構勝ってたんだけどね。『まだ思い出せないの』って俺、口癖だったんだ」


 違う。


 それで遊んだのはあたしだ。あたしと一緒にタングラムで遊んだのに。


 あたしが病気で外に出られないからって、鷲が一緒に遊んでくれたんじゃない!


「いろんなことがあったなぁ」


 だんだんと鷲の姿をした陽ちゃんの瞳から光が消えていくのわかり、ぷつんと糸が切れたように体が地面に落ちる。


「――――鷲!!」


 近寄って抱き寄せ、呼びかけると目をパチパチとさせてあたしの顔を見る。


「陽海じゃないか。……あれ、ここはどこだ?」


 あたしは涙をこらえながら、けれど震えながら言う。


「ここは学校の正門前。今日中に会えたね、鷲」


「ああ、そうか。成功だったんだな」


 「良かった」と鷲を抱えがながら胸に思った。


 鷲も同じように思っているのか優しい笑顔をこちらに向けてくれる。


 しばらくそうしていると鷲はボソボソと何かを言った。


「何?」


「いや、なんでもない」


「いいじゃん、言ってよ」


鷲は口をまごまごと動かしてはめ、動かしてはめを繰り返して、とうとう言う。


「じゃあ…………」


「うん」


「陽海って、胸……小さいんだな。背は高いけど」






















 あたしが殴ってしまったことは別におかしなことではないと思う。


 ムカついただけで人を殴ったことはこれが初めてだが、気分がいいものだ。


 そして知らなかった。


 人を一回でも殴ると拳が痛くなるなんて。


 痛くて……それでいてあたしを突き動かしてくれる何かに火をつける気がする。


 あたしが殴った回数は二回なのだが。



7月27日のこと


リアルが忙しくなってきて更新が遅れました。

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