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第二十四話 8月16日

9/10 更新

「…………何なんだ、これ」


 ダメだ。考えてもわからない。何なんだこの状況は。


 だんだん気が遠くなる気がする。心臓もバクバクして息が荒くなっていく。


 だって、天使とか……不死とか……人を食べる――なん、て。


 そこであたしは気を失った。





















 再び目を開けると天井が見えた。


 いつものあたしの部屋じゃない。


 ここはどこなんだろう。


「あったま痛……」


 右手を額に当ててうなだれる。


「お目覚めですか、お嬢様」


「執事……」


「いえ、執事ではありません。由衣人です」


「ゆい、と?」


「はい。ただの由衣人です」


 由衣人……の来ていた服は綺麗にズタボロにされていた。


 彼はいつものかしこまった姿勢を保ってはいるが、どこか無理をしているように思える。


 クールフェイスもなんだか苦しげだ。


「「あの……」」


 く、気まずい。しばらく沈黙が流れる。


「えと、ここ……どこ?」


 沈黙を破ったのはあたしだ。見知らぬ天井に見知らぬ家具。


 これじゃまるで……、


「カフェです」


「か?」


「喫茶店・カフェ・カフェテリア。屋敷に戻ろうとも思ったのですが……結局はここに行き着いてしまいました」


「カフェって……。でもここ、人がいないよ? 」


「いえ、人ならいます」


 由衣人は指を示し、あたしはその先を見る。カウンターを超えたところ。


 そこにいたのは、


「坂城君!?」


 あたしの最も親しい友達である坂城君がそこにはいた。


「よう」


「『よう』じゃないよ! 何でここに坂城君がいるの!」


「何でって……俺ここでバイトしてるし。そもそもお前がこの店を見つけたんだろうが。『働けないあたしの代わりに』とかなんとか言ってよ」


 そうだっただろうか。記憶にないのであたしに確かめる術はない。


「それと、あんまり騒ぐなっての」


「どうして?」


 その質問に坂城君は『なんでもない』とだけ告げた。


 どうしようもない……悔しそうな顔をしている。


 あたしは未だに状況を飲み込めていない。


「ねぇ、由衣人。さっきの子が言ってた『大切な人に大切なことずっと隠してきた』ってあれは――あれは何なの?」


 一瞬、彼の無表情に亀裂が入った気がした。


「――お嬢様、少しお話があります。いくつか私の質問に答えてください」


「由衣人……」


 澄んだ瞳がこちらを見る。


「お嬢様は……不思議、奇妙、怪訝、神秘と呼ばれる事象を信じますか?」


 …………一体、何の話だろう。


「えっと、それって今の状況と関係ある……の?」


「はい、とても」


 由衣人はどこまでも真剣な目付きをしている。それならば答えざるおえないか。


「まぁ、不思議なことは世界にたくさんあるから信じてない訳じゃあないけど――そこまで熱心には思考できない、かな」


 由衣人は立ったまま一つ頷く。


「わかりました。ではお嬢様、次の質問です。()()を知りたいですか?」


「――――どういう、こと?」


「本音を言いますと、私はあなたに今までのまま……いつもと変わらぬ日常を過ごしていただきたい。危険にさらしたくない。あなたに傷を負ってほしくないのです。だから――だから私はお嬢様に知って欲しくはありません」


 由衣人はそこまで言うと目をつぶり、再度あたしに問いかける。


「知りたいですか?」


 そこであたしは言葉を出せなくなる。


 怖いのだ。


 自分が普通……とは少し外れた人間であることは分かっている。でもそれと本当に人間のそれを外れることは違う。


 それが、とても怖い。


「でも、知らなくちゃ……いけない気がする」


 由衣人はとても悲しい表情をして綺麗な顔を曇らせる。


 坂城君も普段見せないような難しい顔をしてため息をついた。


「こうなった以上、もうどうすることもできないだろ。話してやれば」


 坂城君の言葉に由衣人は「仕方ありません」と頷いた。


「何から話しましょうか」


 あたしは答える。


「じゃあ、さっきの天使……からでいい?」


「わかりました。はなしましょう」


 由衣人は教師のように振舞っていう。


 なんというか、懐かしい気分になる。


「天使……とは、簡単に言うとゾンビです」


「ゾンビぃ!?」


「はい。お嬢様は天使について何か知っていますか?」


「天使って、その……人間を天国へ運ぶ……とかじゃない?」


 これはアニメで見た知識だ。由衣人は首を横に降る。


「天使というのは、死んだ人間が何らかの意志をもって具現化したモノです」


「うげ、それって――」


 「地縛霊と同じです」、と続ける。


「地縛霊って、何かの意識をもって人間を呪ったり殺したりするんでしょ?」


 また一つ由衣人は頷く。


「地縛霊も同じ成り立ちですが、少し違います。地縛霊は悪意や害意を孕んだ人間が死んでできるモノ。問題の天使はその地縛霊がたくさん集まって交わり、その複合体が人間の死体に入り込み自我を持ったモノです」


「それで?」


「ですが、そこまでではただのゾンビと何ら変わりはありません」


 そうか、あんな可愛い女の子でもゾンビだったのか。


 あたしは坂城君が入れたアイスコーヒーを一口飲む。


「そのゾンビは自我を持ち始めると自らの悪事を嘆くようになります」


「どういう心境の変化してんだかって話だよな」


 坂城君は何がおかしいのか笑って言う。あたしもコクコク頭を振る。


「全くですが、理由はわかりません。結果的にそうなるようなのです。そうして自然とそのゾンビ……『御使みつかい』は、もう悪事を繰り返さないために人助けをするようになります。ある種、更生をした……とでも言いましょうか。とにかくそうやって人間を助け、守護するのが『天使』ということになります」


「じゃあ、さっきの子もそうやって天使になったんだ」


「おそらくは」


 昔はやんちゃをしてたけど、大人になってそういうのから卒業したって感じなのかもしれない。地縛霊の頃に人を傷つけてたことを悔やむところとかは良い奴だと思う。












 一瞬、食いちぎられたあの男の子を思い出す。


「でも何であの子はあんな――あんな酷いことを?」


「言ったように、御使いは己の悪事を悔やみ、その分人間に奉仕しようと考えます。しかしあるとき堕天使……というモノになってしまう天使もいるのです」


「どうして?」


「それはな、『お節介』ってやつ」


 由衣人ではなく坂城君が言う。


「お節介?」


「そう、お節介。人に奉仕するため、もっともっと力をつけようと考え出した天使のこと」


「それが堕天使?」


 「うん」と一言。


「天使の力の源は信仰だったり尊敬だったり……まぁ、有り体に言えば感謝されることなんだよ。だからそのお節介な天使はたくさんの人間を救いたくてもっと力を得ようとする」


「その方法は?」


「天使は見えない『気』を力にしている。じゃあ、その『気』の源はどこにあるのかっつーと」


 坂城君は指を射す。


「え、あたし?」


「違う違う。魂だよ」


 今度はトントン、と自分の胸を叩いて説明してくれる。


「魂は原動力なんだ。人間にも天使にも……悪魔にも」


「悪魔、にも?」


「それはあとで説明する。そんで魂だけどな、魂ってのは肉体に宿ってるモンだ。でも切り離すことなんてできない。わかるか?」


「肉体を支配するために適用され、理性を付与された、特別な実体……だから?」


 あたしがそう言うと坂城君は違うと言う。


「元々『息』を意味するプシュケーを知と徳の座だとして、『よく生きる』ことを『プシュケーの気遣い』として説き、プシュケーの世話をせよ、と説く?」


 また首を横に振る。


「アウグスティヌスもソクラテスもプラトンも違う」


「じゃあ、人格と記憶の連続性によって接続された一連の精神状態であり、個性の本質的な構成要素である。したがって、魂と関連付けられた人間の肉体のいかなる部位からも論理的に異なっているばかりでなく、個人の存在そのものである?」


「ふむ。それは近いな。いいか、切り離すことのできない理由は肉体が魂を作るからだ。魂や心ありきじゃない。肉体が全て(お前)をつくるんだ」



8月16日


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