不亜九条高等学院という学校
10万字前後のラブコメ予定。
多少強引な設定が多いけど、そういう世界ということでお願いします。
楽しんで頂ければ幸いです。
最悪だ。1時間も寝坊した。
俺は寮を飛び出て、校舎へ向かって息を切らしながら走り出した。
時刻は七時二十五分。ホームルームまではまだ五十分ある。校舎まで歩いて十分ほどだから、本来なら急ぐ必要なんてない。
だけど、月曜日の頭から、あの異様な光景に巻き込まれるのだけは勘弁願いたいものだ。
そんな願いも空しく、校舎へ続く大通りへと駆けこんだところ、広がっていた光景に俺は目を剥いた。
都会のメインストリートかと思うほど広い本校舎への大通り。その道路脇には黒塗りの高級車がずらりと並んでいた。
車の中から燕尾服に身を包んだ男が現れ、後部座席のドアを開けると、うちの高校の制服を着た生徒たちが続々と降りてくる。
「あら、唐草勇星くん。ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう……」
同じクラスのご令嬢に挨拶をされ、俺も笑みを作って挨拶を返す。
気品にあふれた動作で優雅に微笑むご令嬢の足元に、燕尾服の男がレッドカーペットを転がして敷いた。
「あなたの分も敷いて差し上げましょうか?」
「あ、自分はそういうのは結構です」
「もう、相変わらず謙虚なのね」
すかさず二枚目のカーペットを用意する男を手で制すと、ご令嬢が少し寂しそうに頬を膨らませた。
そんなやりとりをしている最中にも、俺の足元を別の赤い絨毯が通りぬけていく。
生徒たちの登校がピークとなる時間帯、西洋風の石畳が敷かれた大通りは、瞬く間に赤い布で覆いつくされ、その上を高貴な家柄のご令息、ご令嬢たちが、上品な空気を纏いながら歩いていくのだった。
「ごきげんよう唐草君。今日はいつもよりもゆっくり来たんだね」
「ごきげんよう。……ちょっと寝過ごしてしまってね」
「珍しいね。でも一緒に登校できてうれしいよ」
同じクラスの男子生徒に話しかけられ、俺は諦めたように、そいつの隣に並んで、一緒のカーペットの上を歩いた。
ここは『私立 不亜九条高等学院』。通称『不亜高』。日本でも選りすぐりの投資家や大企業のご子息たちが通う、いわば金持ち学校だ。
総敷地面積15万平方メートル。都心から程よく外れた広大な土地をくり抜くように建てられたこの高校は、『高貴な家柄の子弟を教育し、国家や社会を担う英傑を育成する』ことを目的に設立された、貴族専用の学び舎だ。
西洋の宮殿をモチーフにした、石造りの本校舎に、空気まで澄んで感じられるような、綺麗に手入れのされた常緑樹の森。その外見から、『日本のホグワーツ』なんてSNSでは言われてたりする。
加え、運動場やコンサートホールなど、ありとあらゆる分野の粋を突き詰めた施設がここには揃っている。当然授業料もとんでもない金額の為、選ばれた金持ちしか入学できない場所だ。
柔らかい絨毯の上を靴のまま歩いていたところ、澄み渡る晴れ空から、バババと空気を震わせる音が響いてきた。
眉をしかめてから空を見上げると、青い空をバックに、校舎奥のヘリポートに向かって飛んでいく、ヘリコプターの影が見える。
「道之家君のおうちのヘリだね。昨日まで海外出張だったらしいよ」
自家用ヘリでの登校だ。
この学校じゃチャリ通ならぬヘリ通なんて珍しくもない。
まあ、察してはいるだろうが、俺はそんな高貴な生まれではない。ごく普通の家庭生まれの一般人。世帯年収が平均よりチョイ下くらいの家庭に生まれた、普通の人間だ。
そんな人間がなんでこんないかれ狂った金持ちの巣窟に通っているかというと、将来の為の投資だ。
俺はこの学校に、『一般特待生』として入学して招かれた存在だ。
一般の特待生ってなんだよ、っていう突っ込みに答えるには、この学校の歴史について説明する必要がある。
一般家庭の入学を制限し、エリートを育てるっていう目的は、最初の方はかなり成功していたらしく、不亜高出身の卒業生は様々な分野で大きな功績を残したらしい。
だけど、一部の金持ちが賄賂やコネを使って入学することが常態化してしまってから、理念は完全に形骸化。学力水準も時代が進むごとに右肩下がり。
今や不亜高は大企業の御曹司や資産家のご令嬢の社交場と化したわけだ。
学力や肩書が欲しい奴らは、私立の難関校を目指したりするらしい。
要は、今や不亜高は金さえ積めば誰でも入学できる成金高校となったってわけ。
成金高校とはいっても、学校は学校。通う生徒に偏りが出ようが、学業さえおろそかにしなければ教育機関として役目は果たしている。
じゃあ、ボンボンしか通わない高校の何が問題かって言うと、
「あ、唐草君! ちょうどよかった! 聞きたいことがあるのだけれど……」
本校舎の入り口で、なにやら困った様子の女子生徒が、俺に小走りで寄ってきた。
「そこの販売機で、飲み物を買ったのだけれど、開け方が分からなくて……オープナーをもってないかしら?」
「ペットボトルにオープナーは使いません。ひねれば開けられますよ」
自販機で買ったお茶を片手に、首をかしげるご令嬢。
俺はペットボトルを受け取って、蓋を開けて見せると、「「「なるほど!」」」と周囲の生徒が感心した。
そう、何が問題かって言うと、ここに通うような箱入りのバカボンボン共は、どういう教育を受けて来たのか知らないが、一般常識を全くと言っていいほど持ち合わせていないのだ。
この情報社会――令和の日本でご冗談を。なんて思うだろ? 俺もそう思う。
だが、目の前の光景が現実だ。漫画の中でしか見たことのない、常識が欠落したボンボンが実在した。学校が成立する程度には数多くだ。
そんな状況に流石に危機感を抱いたのか、不亜高の学校法人は、『生徒たちに一般常識を教える存在が必要だ』と、一般家庭からの生徒の募集を行った。
家柄の違いに怯むことなく、共に学び、同じ目線で常識を教えてやれる生徒。それが『一般特待生』。俺がこの高校に通う理由だ。
3年間生徒たちと活発に交流し、良好な関係を築きながら、優秀な成績を維持すること。そうすれば、この学校法人が運営する、難関大学への推薦枠と授業料免除を勝ち取ることができる制度だ。
普通なら絶対来ない学校だが、俺の家庭はそこまで裕福な家庭じゃない。進学は失敗できないし、勉学に励めるいい学校にも進みたい。
金と将来の進路を担保に、俺は不亜高に自ら身を売ったのだ。
「俺も買ってみよう! って、この自販機、1万円札使えないのか……」
「両替しましょうか?」
「お! ありがとう! 万より小さいお金、持ってなくてさ。後で十倍にして返すよ」
万より高い貨幣も存在しないだろ。あと、等倍で返せ。
愛想よく笑って、万札を千円札に交換してやった。自販機で水を買う男子生徒に、「私も!」
「俺も!」と自販機の前にお行儀よく生徒たちが並ぶ。まるで遊園地のアトラクションだ。
と、こんな具合で、俺は金持ちたちに振り回されながら、進学の為に勉学に励む日々を送っている。
悪い奴らじゃないんだけど、こんな調子であちこちに引っ張りだこにされると、気が休まる瞬間はあまり無い。どうしても疲れてしまうものもある。
だけど、そんな騒がしい学校生活の中にもオアシスはある。
「おはよ。今日も朝から人気者だね」
心の中でため息をついていると、俺の後方から。鈴が鳴るような声がした。
同じ価値観を共有してくれる、性格も見た目も完璧な彼女の存在だ。




