そうして次の日スキンシップ禁止令が出た
幸の作品ペースを戻そうということで、賭けをした。
ものは単純で、幸がいつも通りの個数作れたら幸の勝ち。作れなかったら俺の勝ち。
まぁ別にペナルティはなく、勝った方にご褒美を与えようぜという、負けても嫌にはならないもの。
幸が勝った時のご褒美は、幸がハマっている推しに関する何か。これはもうなんでも。グッズでもなんでも、欲しいものやりたいことなんでもどうぞとした。食いつきが良すぎて若干複雑だけども置いといて。
俺の褒美は単に構って、っていうだけ。
散々スマホに盗られた分、その時間をくれよというだけだった。
だけだったんだけども。
「……過去最高に近くね?」
幸のSNSを見て、こぼす。
彼女が上げた新作の写真。つい数週間前には三体できるか否かを呟いていたのが嘘のように、写真には十四体もの新作ができている。
よくまぁこの数週間でここまで作ったものだ。
いちファンとしてはとても嬉しいことである。応援している作家がいつも通りのペースで作品を作っているのだから。
ただ恋人としては若干複雑である。
違うんだよ、賭けをし始めた瞬間からこのペースならすげぇじゃんで済んだんだよ。
問題はそのペースが上がったタイミング。
あいつ俺の褒美内容聞いてからめちゃくちゃペース上がんなかった??
俺の褒美言ったのってあいつが「スマホ気になって」ってまだ本調子になってなかったところだろ。つい数週間前だわ。それでこんだけ数作ったとなれば。
「……構ってっつーのが嫌、とか?」
恋人になって数か月。彼女自身のことは同期として一緒にいた分知っていることは多いけれど。
恋愛面の幸のことは、まだあまり知らない。
少しこう、スキンシップに対して照れやすいというかこう、初心な反応を見せるなーくらい。
どんなことが好きで、逆に嫌かというのはまだ知らない。
「択ミスったかな……」
これでちょっと気持ちが離れるとかだったらマジで嫌だ。
ちょっとこう、甘えるのはなしにした方がいいよな。いや別に俺元から甘えたいわけじゃねぇけど。今回はそう、たまたま、スマホ依存の話があって、全然こっち構ってもらえなかったから、賭けでじゃあそれを褒美にすっか、というだけで。
「……地味に傷ついてるわ俺」
心の中の言い訳にそう自己評価がくだってしまう。思いのほか彼女に構ってもらえなかったのが嫌で、それを伝えたことで彼女がまるで拒むかのようにペースを上げたことも悔しくて。
「……次逢った時に普通でいられるか……?」
そう、苦笑いをしながら彼女の新作にはいいねを押した。
そうしてたくさんの新作を出して大成功を収めた幸のイベントが終わり。
「ありがとう叶……!」
「いーえ」
イベント明けの出勤日。待ち合わせ場所に行くと、開口一番言われて、笑う。
「よかったじゃん、大成功」
「ほんとに叶のおかげ! ファンの人も喜んでくれてね!」
会社へと歩きながら彼女のイベントのエピソードを聞く。
基本的に俺はイベントの方へは行かないことが多いので、彼女のこの土産話はひとつの楽しみでもある。
そんなイベントでは、幸のところには小さい子が来てくれることが多いらしい。
こんな子がいて、とか感想をくれる子がいて、とか。ひとつひとつを噛みしめるように語る幸に、思うのは。
俺今ちゃんと笑って聞いてやれてるよな? ということ。
叶のおかげと言ってくれたのはこう、きっかけの提案のことだよな。
間違っても「好きじゃないこと提案されたから」とかじゃないよな?? いや幸に限ってそんなこと思うわけ――いや待て、こいつ優しいからそういう不満とか言えなくて死願病なったよな。
あ、待ってちょっと笑み作ってんのしんどくなってきた。
「叶?」
「!」
被害妄想であってほしいそれが加速し始めた時、幸に声をかけられてハッと彼女を見る。視線の先の幸は、誰もいないエレベーターを指さしていた。
「乗らないの?」
「の、る」
いつの間に会社まで来てたんだ。
俺相当今余裕ないよな? けどかっこ悪いところは見せたくなくて、なるべく平常心を保って幸とエレベーターに乗る。階数を押して、自然に閉まっていく扉を見ていると。
「賭け、さ」
「!」
言われて、ドッと心臓が鳴った。
心なしか手に汗にじんでる気がする。気づかれたくなくてポケットに手を入れた。
「賭け、したじゃん?」
「……おー」
「私が勝って、ごほうび、あるじゃん」
「だな、何がいい?」
妙に長く感じるエレベーターの中。少しだけ沈黙した後、彼女が言葉をこぼした。
「叶が、よくて」
「うん」
うん?
頷いて、心で首をかしげる。
今「叶」っつった?
ん? そんな名前のグッズとかあったっけか。あ、こっから詳細言ってくれる感じ? とりあえず続き聞いてみっか?
「あの、気づいたかわかんないんだけど」
「うん」
「今回の、その、新作」
「……うん」
「男の子のね、キャラが多くて」
あぁ、それは知ってる。
いつも動物の男女比率は半々なのに、今回はほぼ男キャラだった。推しの影響かと思っていたけど。
「考えてたら、そうなっちゃって」
「……なにを?」
バカか俺は、と聞きながら思う。
推しのことだろとわかっているのに。
聞いても、後悔するだけなのに。
そう、思ったところで。
「叶のこと」
こぼされた言葉に、幸を見た。
未だたどり着かないエレベーターの中で、幸はこちらを見ず、ただただ照れている。
「……は」
「その、賭けでさ、叶が出したやつさ」
「……おー」
「あれ、こう、先に進むのかな、とかいろいろ考えちゃって」
「……」
「あっ!! 決して嫌じゃなくってね!?」
「待てそこでボリューム上げんな!」
人がいないからよかったけども。あらん誤解生むわ。無意識に幸の腕をつかんで、少し引き寄せる。
「……嫌であんなペース上がったと思ったけど?」
少し拗ねたように、聞けば。
「……は、恥ずかしいし、こう、あの時の叶、すごい色気あって、こう、止まらなかったら、とか」
「……」
「それがずっと気になって、そこから、こう」
逢いたくなって、と。
自分への想いばかりがこぼれていって、思わず抱きしめた。
「かなた」
「一瞬だけ」
階数を見ればあと少し。今日は本当に長く感じる。それに少しだけ感謝して、すぐ体は離す。
「さすがに賭けではしねぇけど? そこまでは」
「うぅ……色気すごかったんだもん」
上目遣いの幸にぐっとのどが鳴る。
こういう風に見られたらそりゃこっちもそうなるだろと言うのは一旦なしにして。
ようやっと着いた職場の階で、二人降りる。
経理課へと続く廊下で少しだけ手の甲同士をすり合わせた。
「お許し出るならするけど」
「ゆ、るしは、また!」
「わかった、まじで変なとこでボリューム上げねぇでもらっていい??」
思わず手で口をふさぎ、幸を見下ろす。
落ち着いたところで彼女から手を離し。
それでね、とそれた話を彼女は戻して。
「ご褒美」
「……」
「叶とたくさん、一緒に過ごしたい。ぎゅってしたり、しながら」
だめ?
なんて首を傾げられてしまっては。
「……いいに決まってるだろ」
そう、口から出るわけで。
かわいさににやける口を手で隠しつつ、幸を見た。
彼女はとても嬉しそうに頬をほころばせて、ありがとうと言う。
こんなかわいらしい姿が見れて、かわいいお願いをされるのであれば、彼女の推しやスマホ依存には感謝だろう。
「じゃあ今日、夜行くね」
「わかった」
ただ、歯止めを聞かせられるかは正直わからなくなったので。
彼女の推しや出来事に感謝をしつつ、彼女には「もしかしたら」を考えて、心の中で謝罪をし。
まずは今日の仕事から、と歩き出す幸を追って経理課へと入って行った。
『そうして次の日スキンシップ禁止令が出た』/叶




