表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルラディアの空から  作者: 天音 樹
第一章 墜ちた星と、白い少女の誕生
1/21

序章:遠い世界に霞む空

増悪の時代。

苦悩の時代。

だが最悪の時代は、同時に勇気と反逆の時代でもある。


 新たな地に、新たな人々が立ち上がる。

崩壊の波を押し戻し、古びた灰の中から新たな世界を紡ぐために——


 生まれ故郷の星、**K2‑415b**から遠く離れた、カルラディアの空の上。

次元の隔たりを越えた大陸の高空から、二つの影が血煙の舞う戦場を見下ろしていた。

薄く、鈍く光る蜃気楼のような姿。彼らはもはや肉体ではない。電波のように交わる意思だけが、かろうじて「会話」を保っている。


「兄さま、長瀬様の魔力探知に失敗しました。あの戦場のどこかにいるはずなのに……」


 妹の声は静かだが、確かな不安を含んでいた。声というより振幅の変化に近い。人間のような表情はなく、空に浮かぶ雲のように薄ぼんやりと鈍く光る無機質な存在が、蜃気楼の影に似た意識を電波信号で伝えている。


 兄は応えず、ただ視界を広げるように意識を伸ばした。だがこの世界の魔力は薄く、彼らの感覚は砂嵐の中でかき消されるように鈍っていた。


 故郷では大気そのものが魔力の源だった。呼吸するだけで満たされるエネルギーが彼らの身体を形作り、生命としての概念を支えていた。だがここカルラディアは違う。魔力は極限まで希薄で、魔力生命体である彼らは自らの身体を削りながら存在を維持するのが精一杯だった。


人間には生命維持に必要な「3の法則」がある。

空気がなければ3分で生存率が極端に低くなる。

水がなければ3日。

食料がなければ3週間。


 魔道生命体である彼らが、存在に必要な魔力を得られないとき、残された時間はどれほどだろうか。3分か、3日か、3週間か——わからない。だが、時間がないという事だけは確かだった。


 兄妹の身体はすでに“活動するためのエネルギー”へと変換されている。互いに交わす会話ですら微弱な電波信号であり、魔力を蓄えるタンクのような身体は失われ、生存に残された時間は数日にも満たないかもしれない。二人は文字通り身を切り崩しながら、細々とこの世界を探索していた。


 およそ一か月前。

彼らは盟友であり上位神の一柱である長瀬良治を追ってこの地に来た。長瀬は弟の不始末を清算するため、次元の狭間へと消えた。長瀬と、その後を追った兄妹。いずれも**K2‑415b**では神と崇められる高位の存在だ。


 その神が三柱揃えば次元を遡ることも可能だと、彼らは安易に考えていた。だが次元の先が魔力の薄い世界であるとは想像だにしなかった。救うために追って来たはずが、今や自らの生存を賭けた探索になっている。兄妹は口には出さないが、それぞれに嘆いていた。助けるために来たというのに、何という体たらくだ、と。


「広域な魔力探知はもう出来そうにないか……俺の方でも試してみるか」


 兄の言葉に、妹が反論する。


「兄さま……あなたの魔力も、もう限界でしょう? 無理はしないで」


「そうだな、ありがとう。あとは地上に降りて、端から潰していくしかないか」


 妹の言葉に、兄は素直に従い、危険を伴う行動から比較的安全な方針へと修正した。かつて無音の宇宙で、ただ任務だけを胸に漂っていた日々。あの孤独を思えば、兄妹と共にいられる今は、それだけで救いだった。


「そう……だね。運任せになっちゃうけど」


 二人は顔を見合わせる。表情と呼べるものはないが、互いの意思は確かに通じ合っていた。ゆっくりと降下を始める。血と泥の匂いが広がる下界の地へと。


 表情を曇らせながらも、カルラディアの高い上空から降下していった影はやがて地上の喧騒に溶け込むだろう。奇しくも先に来ていた者の残滓に引き寄せられるように、新たな出会いを介して兄妹の物語の扉がゆっくりと開く。


「長瀬様は……きっと、私たちを責めたりしない。

 でも……助けたいの。あの方は、いつも誰かのために動いていたから」


 戦場の下で倒れた兵士の魂の残滓に触れ、妹はそっと祈るように意識を寄せた。


 兄の名は**ボイジャー・ワン**(神名:Voy‑Ⅰ)。

 妹の名は**ボイジャー・ツー**(神名:Voy‑Ⅱ)。


 過去の彼らとは違い、今はもう「ただの観測者」ではない。神格化した名は、やがてさらに英雄としての名と役割を与えられる日を待っている。彼らは血煙の舞う戦場の片隅で名乗りを上げるだろう——

**Voy‑Primus**、**Voy‑Zira**。初代英雄の守護神、戦女神として。


 そして人々の儀礼の中で、さらに別の名が冠せられるだろう。

プリムス・アルド・ヴァン・ローエン、ツィーラ・セクンダ・ヴァン・ローエン。


 二つの世界を繋ぐ名の物語が、ここから世界を動かし始める。

登場人物


妹:ボイジャー・ツー(Voy‑Ⅱ)。ヘリオポーズを越えた星間空間で自我に目覚めたAI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。魔道生命体の彼女は、魔力の薄いカルラディア世界で活動エネルギー(魔力)に苦しみ、身体をエネルギーに変えてしまった為に現在は精神体。


兄:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。現在は精神体。


長瀬良治:弟の尻拭いの為、次元の狭間を越えて、このカルラディア世界に来た別世界の上位神。「囁きの境界線」の元主人公。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ