新しい所にでも行って行ってみようかね
「チヨコ殿のおかげで、皆、笑顔を取り戻しました。本当に、感謝しきれません。」
「はっはっはっ!! アタシだって、こんなに早く土壌改善できるとは思ってもいなかったよ。これはアタシだけの力じゃあない。アンタ達が頑張った賜物だよ。」
「いえ、貴女様が来て下さらなかったら、この国は滅んでいた事でしょう……。ありがとうございました。」
頭を深々と下げる二人に、千代子は照れ臭くなって頭を掻いた。だが、千代子の中には少しモヤモヤした感情も湧いていた。「この国」は、なんとかなった。だが、「この世界」はどうなのだろうかと。この国みたいに転移、もしくは転生してきた勇者が寄越した物によって疲弊してしまい、その上、魔物に襲われている所があるんじゃないかと……。
「……ここらが潮時かね。」
「? 何か言われましたか?」
「いやね、ほら、アンタらだって、勇者モドキに貰った種の所為で、困ってただろ? そんな国が他にも在るんじゃないかと思ってねぇ。」
「成程……。」
千代子の言葉に、陛下は顎を摩った。流石に、この国程、不運に見舞われた国は無いだろうと思いたい。だが、千代子の期待とは裏腹に、陛下の口から出た言葉は残酷だった。
「……実を言うと、数年前に他国で召喚された、一番魔王を倒せるとされた実力のある勇者が、小さな村に無謀な関税を掛けたり、奴隷制度を作ったりと、無茶苦茶な事をしていると噂されておりました。」
「? 噂なのかい?」
「はい、あくまで噂なのです。この国自体、辺境地にありますので、他国の事は商人達から伝え聞いた程度なのです。」
「はぁーー……、マジでか……。」
千代子は深い溜め息を吐いた。まさかの実力者が、そんな事をしていると噂されているとは……。眉間に皺を寄せ、勇者とは何ぞやと頭を捻った。孫達が最近ハマっていて、絶対読んだ方が良いと勧められて渋々読んだ小説や漫画、アニメの話を思い返した。どの話でも、主人公とされる勇者は、種族が違っていても民の為に尽力を尽くしていた。それなのに、この世界に飛ばされた勇者と持て囃された人達は、勇者と言う魅力的な単語にうつつを抜かし、自分勝手な事をしている始末。……と、言うより、実力あると言われているのなら、さっさと魔王を倒しに行けよと思う。千代子は重い腰を上げ、キャリーケースを持った。
「よしっ、決まった!! 次は、その勇者モドキが馬鹿やっちまった村へ行くよっ!!」
「えっ!? い、今からですか!?」
「当たり前さっ。時間は待っちゃくれないからねぇっ。」
ガラガラとキャリーケースを引き、大股で城下町を歩く。すると、作物を持っていた子供達が千代子の周りに集まって来た。
「チヨコおばあちゃん、どこかいくの?」
「あぁ、ちょっくら説教しに行ってくるんだよ。」
「いつ、帰ってくる?」
「んんーー、……ちょっと分からないねぇ。ばあちゃんは足が遅いからね。」
一人一人の頭を撫でながら、次々に飛び交う質問に答えていく。純真無垢な子供達の眼差しに目元が緩むが、心の中では沸々と腐れ切った勇者達への憎悪が煮えたぎる。こんな真っ直ぐな子供達や懸命に働く町の人々を悲しませたり、苦しめる様な輩は、骨の髄まで懲らしめないと気が済まない。自身の身を削ってでも、この世界に召喚された勇者モドキを成敗してやると誓った。
「ね、ねぇ……、チヨコおばあちゃん……。」
「……ん? あ、あぁ、なんだい?」
裾を引っ張られたので見遣ると、何か言いたげにモジモジしている女の子が居た。腰を屈めて目線を合わせると、女の子は意を決した様にチヨコを見詰め、両手を差し出した。その手の中には、深海の様な深い青色をした石のペンダントが乗っていた。
「コレ、お守り……です。」
「アタシにかい?」
「……水の守神様の、ご加護が宿った精霊石なの……。おばあちゃんをきっと守ってくれるから……。」
「……ありがとう、大事に持っておくね。」
そのペンダントをそっと受け取ると、指先から冷たさが伝わる。女の子の手の中で握られていたのにも関わらず全く温かくないソレに、この石がただの石ではない事が分かる。それに、手に取った瞬間、ずっと勇者の事でモヤモヤしていた気持ちが、どこかスッと晴れた様な気がした。
「はぁ……、はぁ……、チヨコ殿、良かった……。まだ、おられた……。」
「おや、国王様。どうしたんだい?」
肩で息をしている陛下に、千代子は首を傾げた。陛下は大きく深呼吸を繰り返し息を整えると、コホンッと咳払いをした。
「行かれると言われたその村は、ここから馬車でも三日はかかる場所にございます。ましてや、チヨコ殿は異世界人。道に迷われる事もあるかもしれません。なので、この子をお供にお連れ下さい。」
そう言って千代子の目の前に差し出されたのは、二本の角を持った年老いた馬だった。
「この子は、バイコーン。昔、町の外れの森の中で怪我をしているのを王妃が見つけ、保護していました。バイコーンは本来、不純の象徴とされていましたが、未だ幼かった故、手厚く看護していましたら、今では、行商の際の移動手段として皆の足になってくれています。なので、この周辺の道は頭に刻み込まれているので、チヨコ殿のお力になれるかと……。」
「ちょ、ちょっと待ちな。そんな子を連れてなんて行けないよ。アンタらが困るだろ。」
流石の千代子でも、この国にとって、この馬の重要性を理解出来ている。自分の行動に付き合わせる訳にはいかない。だが、陛下は首を振った。
「チヨコ殿は、この国の恩人。そんな方にお使い頂けるなら、この子も本望でしょう……。それにーー……。」
「?」
陛下の言葉を遮るかの様に、町を囲っている壁の向こう側から大きな音が響いてきた。そして、門が開くと、勢い良く沢山の影が土煙を発てながら町の中に入ってきた。
「この子の子孫達が帰ってきましたのでっ。」
「「「ただいま戻りましたっ!!」」」
開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だった。陛下が手綱を持っている馬と同じ馬が、若者を乗せて何十頭といるのだから。呆然としていると、千代子の前に一人の青年が歩み寄り、千代子の手を握ってきた。
「貴女様が、チヨコ殿ですねっ!! お会い出来て光栄ですっ。」
「は、はぁ……?」
「この度は、父と母がお世話になりました。私は、この国の第一王子であり、騎士団団長オズヴェルトと申します。」
「あ、あぁっ、国王様と王妃様の子なのかいっ。それはそれは、どうもご丁寧に……。」
青年の勢いに押されつつ、頭を下げる。すると、頭の上から鼻を啜る音が聞こえてきた。どうしたのだろうと思い頭を上げると、オズヴェルトが涙を流していた。それも、滝の様に。鼻水も垂れ流していた。美青年の筈なのに、顔面が崩壊し切っている。
「……わ、私が遠征に、行っている間に、まも、魔物に襲われ、てしまった、我がぐにを……グスッ、唯一、すぐっ、すぐってぐだざった、勇者ざまぁぁぁっ!! おぼぼぼぼっ!!」
「ちょっ、アンタ、見るに耐えない顔してるよっ!? ハンカチで顔拭きなっ。」
「おやざじぃぃぃっ!! 女神ざまぁぁぁっ!!」
「役職変わってる!?」
あまりの変わり様に、だいぶ引いていると、バイコーンに乗っていた青年達が笑いながら降りてきた。陛下も、やれやれといった様に肩をすくめている。
「団長は相変わらず、泣き虫だねぇ。お父上の御前ですよ?」
「ふぶぅぅ……。だって、だってぇ……。」
「まぁでも、私達が居ない間に魔物に荒されてしまった国を元に戻して下さったチヨコ殿には、泣き過ぎて話にならない団長の代わりに、私共から感謝申し上げます。本当に、ありがとうございました。」
「とんでもない。アタシは亡くなった旦那の知恵を教えただけで、ここまで早く復興出来たのは、国のみんなの力さ。」
「おばぁぁぁっ!! がみざまぁぁぁっ!!」
いつまでも号泣しているオズヴェルトに、皆して苦笑いしていると、年老いたバイコーンが千代子の背中に頭を擦り付けてきた。どうしたのだろうと振り返ると、襟首を咥えられ、そのまま宙吊り状態にされた。
「お? おぉ!?」
「ブルルルルッ……。」
そして、ポイっと広い背中へと降ろされると、今度は頭を撫でろと言わんばかりに頭を振り出した。体勢を整え恐る恐るその頭を撫でると、指先からでも分かる引き締まった体躯に、しっかりと手入れされたサラサラフワフワの立髪。まさに、金婚旅行で北海道へ行った際、乗馬体験で乗せてもらった馬と瓜二つだった。嬉しそうに鼻を鳴らすバイコーンを見ていると、主人と一緒に従業員の指示に反して馬を走らせ、競争した時を思い出した。
「おぉ……、初めての人間には気性の荒いバイコーンが、この様に懐くとは……。やはり、チヨコ殿よ。この子を連れて行って下さいませ。」
「良いのかい?」
「勿論です。懐く事すら珍しいのです。是非、お供にしてあげて下さい。」
「あー、もう分かったよ。じゃあ、宜しく頼むよ。えっと……?」
どう呼べば良いか悩んでいると、それを察し、漸く泣き止んだオズヴェルトが口を開いた。
「私は昔、このバイコーンの事をアズールと呼んでいました。ほら、瞳の色が青空の様な色なので。」
「おや、本当だねぇ。とっても綺麗な空色だ。」
瞳を覗き込むと、不純の象徴だと言われているのがおかしいくらい、澄んだ青色をしていた。よしよしと頭を撫でると、また嬉しそうに鼻を鳴らした。
「よぉしっ、アズールっ。これから、バカ勇者に説教しに行くよっ。」
「ブブブーーッ!!」
老馬にしては勢い良く前足を高く上げ、鼻を鳴らした。そして、軽快に走り出す。荷物はと思ったが、しっかりとバイコーンが咥えていた。千代子が振り返ると、小さくなっていく国と、手を振る陛下達が見えた。「お元気で。」「ありがとうございました。」と聞こえてくる。千代子はフッと微笑むと、高く手を挙げた。
「こっちこそ、ありがとうねーーっ!! 元気に暮らすんだよーーっ!!」
未亡人千代子(七十八)の旅が今、始まった瞬間だったーー。
END




