8.聖女様の突撃
「あんたねえ、悪役令嬢のくせに役から逃げんじゃないわよ!!」
ヒィッ、怖い。
セノリィの怒号が響く。
裏庭から移動したわたくしたちは、校舎の一室に移動していた。
……より正確に言えば、セノリィから逃げきれなかったわたくしは、鍵のかかる狭い資料室に連れ込まれた。助けて。
「あら、なんのことかしら。見当もつきませんわ」
髪をさらりとかきあげ、小馬鹿にした表情を浮かべて、わたくしは首をかしげた。
よしっ!! いいぞわたくし!!
セノリィにとことん逆らうようになっている世界観制約のおかげで、すっとぼける返答ができた。
けれど、セノリィは引いてはくれなかった。
「あんたが転生者なのはわかってんのよ。シナリオをめちゃくちゃにしやがって、せっかくヒロインに転生したのに!! 踏み台にされるだけの脇役があがきやがって、ほんとむかつく」
第一声の顔貸せ発言でそうだとわかっていたことだけれど、セノリィも転生者なのだ。
しかも、セノリィはわたくしと違ってゲームに詳しそうな様子。
「あたしさあ、自分の本分を守らないやつって嫌いなのよね」
それから、本性はとっても性悪そうな様子……。
顔をしかめ、「チッ!」と聖女にあるまじき舌打ちを披露するセノリィに、わたくしは恐怖のあまり泣きそう。
「だから、見当もつかないと言っているでしょう。それだけのことも理解できないの?」
「腹立つわね、あんたのそのしゃべり方」
うん、ごめん。でもどうにもならない。
ビビりまくる内心とは裏腹に、表情筋は口角だけをあげて挑発の笑み。
セノリィはそんなわたくしをじっとりと見つめていたが、面倒くさそうに髪をかきあげた。
「入学したら、あんたはヒューバート殿下と婚約してなくて……なぜかロアン様と婚約するし、ロアン様は騎士になるし!!」
あ、やっぱりわたくしはヒューバート殿下と婚約するシナリオだったのね。
それをロアン様と婚約したから、破滅回避に動いたことを知られてしまった、と……。
でも、ゲームでのロアン様は騎士ではなかったの?
きょとんと見つめ返したつもりだったが、うざったそうに眉をひそめてしまっていたようだ。
「何よ、その態度?」
いえっ、なんでもありません! どうぞ続きを!
心の声が伝わってくれたのか、セノリィはわたくしを睨みつけたまま説明を続けた。
「ロアン様は文官なのよ! 長めの前髪で視線を隠す参謀タイプで、ヒューバート殿下の側近になるの。騎士はロアン様の弟のグライツのほう。それから宮廷魔導師のエンドレール様、この四人が攻略対象」
ほうほう。
わたくしはセノリィの言うロアン様を想像してみた。髪型や体格も雰囲気も違うロアン様……うーん、よくわからない。
「攻略対象っていうのは、属性が被らないようにちゃんとバランスとって配置されてんの。それを騎士ダブルにしてどうすんのよ」
そんな、特盛りみたいな言い方。
口を開くと罵倒変換されてしまうので、あいづちもツッコミも心の中で。
黙り込んだままのわたくしに、セノリィはこれ見よがしな長い長いため息をついた。
「ヒューバート殿下とはいい感じなの。エンドレール様も、ヒューバート殿下を通じてお知り合いになれたわ。二人きりで会う約束もできたし、好感度は高い」
じゃあわたくしに構う必要なくない!?
ヒロインルートを堪能してるじゃない!
「でもどうせなら、全員の好感度をMAXにして逆ハーエンドを迎えたいのよ」
最悪の聖女だ!!
「なのにロアン様は騎士になってて学園になかなか現れないし! 弟のグライツはね、文官である父親や兄との折り合いが悪くて、騎士になってからもコンプレックスを抱えていたんだけど、あたしに出会って家族と仲直りするの」
え……グライツ君、ロアン様から聞くかぎりでは、そんな子じゃないけどな。
「それをあんたがシナリオ改変して、ロアン様とグライツは仲良く騎士になっちゃったのよ!!」
あ、そういう話ね。
でも、わたくしにはシナリオ改変なんて覚えがない。わたくしがしたのはヒューバート殿下との婚約回避とぼっち弁当だけで……。
「あんたがなんかしてなきゃおかしいでしょ。なんでロアン様が罵倒しかできない悪役令嬢に求婚するのよ」
それはわたくしもそう思う。
ロアン様は急に現れて急に求婚してきた。
……いえ、本当はわたくしも気づいている。
ロアン様はわたくしに贈るためにと百合の花をさがしてきた。ということはつまり、どこかでわたくしのことを知ったのだ――。
沈みかけた思考は、セノリィに揺さぶられて途切れた。
わたくしの肩をつかみ、がくがくと前後左右に振りまわすセノリィ。予測不可能な揺れがわたくしの三半規管を直撃する。
うっ、酔ってきた。
「いい、明日からは食堂にきなさいよ! イベントを進めるの!!」
気持ち悪……と遠い目になったわたくしの耳に、そんな声が聞こえてきた。
*
気づけばセノリィはいなくなっていて、わたくしは一人、暗くなりかけた教室の片隅にうずくまっていた。
どれだけの力で揺さぶられたのか、まだ頭がくらくらとして、吐き気がする。
うまく動かない体を起こしながら、もしかしたら、とわたくしは思った。
前世のセノリィは、記憶を取り戻すまでのわたくしのような人間だったのかもしれない。
甘やかされて、なんでも思いどおりになると信じていて、実際に思いどおりになってきた立場で。自分の周囲の人々に、感情があり、人生があるなんて考えたこともなかった。だからこそワガママが言えるのだ。
ロアン様を攻略対象の一人としてしか見ていないセノリィに、負けたくない。
ぐっとこぶしを握りしめる。
でもそのこぶしに力は入らなくて、指は震えながらすぐにほどけてしまった。




