第十七話 奈落の底で目覚めたケモノ
白濁色の岩肌の壁に囲まれた、逃げ場のない一本道。
そこで俺は、もう何度目になるのかも分からないモンスターとの対峙を果たしていた。
『『『『『ガルルルルゥ……』』』』』
相対しているのは、五匹の黒犬。
黒犬たちの体には刃で切られたような裂傷があり、そこからは血が滴っている。
それもそのはず、その傷をつけたのは俺だからだ。
五体もの深層レベルの魔物に囲まれているが――、俺の心には余裕があった。
闘争と殺戮を愉しむという、余裕が。
「――――は、」
今にも暴走しそうになる血の滾りを、絶対零度の思考で無理やり凍りつかせる。
獣のようにだらんと腕を下げ、構えにもなっていない俺の姿に、黒犬たちは警戒するように唸り声を上げる。
次の瞬間、黒犬たちのうち三匹が地面を蹴り飛ばした。
と、同時、二匹の黒犬が地の影と化す。
どぽん、という水に飛び込むような音で地面に飛び込んだと思えば、その二つの影は三匹よりもやや遅いペースで俺の元へ駆けた。
陽動と、文字通りの闇討ち。
俺はニヤリと口端を吊り上げ、誘いに乗った。
向かってくる三匹に無防備な突撃を敢行する――ように見せかけた。
「なぁーーんてなっっ!」
三匹に斬りかかる直前、ナイフが黒犬に触れる直前、俺は地面を蹴った。
後方にアーチを描くように跳躍し、空中で反転。
そしてナイフを、一閃、二閃。
『『グルゥアアッ!?』』
影から飛び出した二匹の頭をかち割り、絶命させる。
ここに、影と化した黒犬たちの弱点があった。
奴らは地面に伸ばした影のまま攻撃することができない。
獲物に噛みつこうとするならば、必ず姿を現さなければならないのだ。
「まずは二匹――」
――と、俺が呟いたそのときには、怒り狂ったように三匹が強襲を仕掛けてきた。
仲間意識があるが故の怒りなのか、それとも『俺が弱点を看破したことを理解した上で怒った演技』をしているのか。
瞬間的に、後者であることを看破する。
なぜなら三匹はまとまらず、タイミングもまばらに、囲むように襲撃してきたからだ。
数の利を生かした、魔物とは思えぬほどに高度な戦術と連携。
「――――ーー」
俺は腰を下げ、ナイフを構える。
目を見開き、思考に没頭し、加速させる。
スローモーションの世界。
瞳に映るのは黒犬たちの挙動一つ一つと、その弱点を表す数本の線。
ティナにだけ話したことのある、俺の、第六感のようなものだ。
これを頼りにパーティーで攻撃する際は指示を出していた。
とはいえ、以前はここまではっきりと見えるものではなかった。
明らかに進化している。
魔物を殺せば、殺すほど。
死線を潜り抜ければ抜けるほど、線はより多く、より色濃く俺に道を示してくれる。
だから――、
「――――ふっ」
俺は、身体を巡る魔力を腕、そして指先に流し込ませる。
――あとは線をなぞるだけ。
『グギャッ!!』
『グゲェッ!!』
『グゥアッ!!』
それだけで、三体の魔物は肉塊となった。
血飛沫が上がり、血のシャワーを浴びる。
「…………ふぅ」
戦闘の余韻と血の生温かさに息をつく。
「――ん?」
放心していると、右足に違和感を感じた。
――カタカタカタ
見れば、五匹もの骨兎が俺の右足に噛り付いていた。
グチグチグチィと肉を食む兎ども。
すでに慣れてしまったその痛みに、俺は嗤った。
「――かかったな」
骨兎には、この深層の白濁色と同化して姿を消す異能がある。
黒犬との戦闘中、魔力で存在を察してはいたが、見つけ出すことができていなかったのだ。
だが、姿を現したなら――、
「俺の勝ちだ」
俺の余裕の勝利宣言に、五匹の骨兎はもの凄い勢いで前歯を突き立てる。
肉は削り削られ、骨にまで到達しようとした、その瞬間。
『《安らぎ癒せ》』
心の中でそう唱える。
ボコボコと音を立てて一瞬で盛り上がる足の肉。
その肉に捕まり、骨兎どもは肉に溺れた。
『ギュ……ギィ……ギュアッッ!?』
小さな口と鼻は俺の足の肉に囚われ、窒息から逃れようと暴れる骨兎ども。
俺は迷宮の壁に近づき、回し蹴りで思いっきり足を叩きつけた。
『ギィァァァァァアアアアアッッッ!!』
無論、一度で死ぬはずはない。
だから何度も何度も。
奴らが潰れ息の音を止めるまで、何度も叩きつけた。
あらぬ方向に曲がった足を、再び呪いで修復する。
足には無惨にもペースト状となってへばりついた、骨兎どもの姿があった。
「…………」
容赦はしない、そう決めた。
この地獄を乗り越えなければ、願いは叶わないから。
たとえ願いが叶ったとしても、この地獄を呑み込むほどの力が無ければ、また、大切な人を失ってしまうから。
嗚呼、だから。
「――理不尽は、殺してやる」
俺は干物のように潰れた骨兎の頭を自分の足からそぎ落とし、その肉を喰らうのだった。
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