男ばかりの二次会
部屋がそこそこきれいな僕から見ても、斎藤宅はいつも片付いている。PCデスクにベッド、こたつ付きのテーブル。僕らは中に入ると、買ってきた酒をテーブルに置いた。
「はじめー、お腹すいたー」
「たけっち、さっき食ったばっかりだろ……まあいいや、俺も腹減ったし適当に作るか」
斎藤は手を洗うと冷蔵庫を開けて確認してから
「うーん、あんまり材料ないからカルボナーラでいい?」
と確認した。あまり材料ない、と言っておきながらカルボナーラを作るだけの材料がある点、家事スキルの高さを覗わせる。
「なんでカルボナーラ作るだけの材料あるんだよ、というかよく作れるな……実は女連れ込んでるんじゃないか?」
僕は思わず聞いてしまった。
「女が来て料理を作るのであれば、そもそも料理スキル何ぞ必要ない、そうは思わないか?」
斎藤は至極冷静に返してきた。
フライパンの中でベーコンが焼けてきているのか、香ばしい香りが漂ってくる。
「はじめー、まだー?」
「まだだよ、お湯湧いてないし。乾麺のパスタでもかじっとくか? おいしくないと思うけど」
「待っとく!」
「あ、ひろぽん、悪いけど取り皿と割り箸出しといてもらっていい?」
「はいよ、紙皿買っといてよかったな」
「たけっちはコップとあとは氷頼むわ。んで、俺はウィスキーロックで頼むわ。作ったら持ってきて」
「作りながら飲むのか」
「当然」
はじめはお湯が入った鍋に塩を入れて、こんなもんか、と言ってからパスタを入れた。
「はじめー、はいこれ」
上原がウィスキーを渡す。
「二人はもう飲み物注いだ?」
「俺たちビール缶のままでいいから準備オッケー」
「じゃ、かんぱーい」
ごくっと喉にビールを流し込む。心地よい炭酸が喉を駆け抜けた。
「やっぱり夏はビールだよなぁ!」
上原が額の汗を拭いながら口を開く。
「クーラーそろそろ効いてくると思うからその間は扇風機で我慢してくれ」
はじめがフライパンの中に何やら液体を流し込みながら話した。
「その黄色い液体何……?」
「卵黄と粉チーズとブラックペッパー混ぜたやつ」
「はじめ汁と名付けよう」
「食欲が失せる一言だな……」
僕は上原に一瞥を加えながら呟いた。
「まあまあ、あと少しでできるから待っててくれ」
そう言ってから三分もしないうちに出来上がったカルボナーラが運ばれてきた。
「まあ食ってくれ」
「うまそうだ! いただきまーす」
「いただきます」
僕たちは皿に取り分けると、口にした。
「味はどうかな?」
「めっちゃうまい」
「店開けるレベルだな」
斎藤は照れるように、それは何よりだ、と言うと自らも口にした。
「それにしてもだ、ひろぽん」
上原がフォークをこちらに向けながら喋る。食いながら喋るな。
「ひろぽんがその、同衾した相手とはどこまで行ったのかが知りたい。結局、ひろぽんは童貞を捨てたのか。あの初恋で振られた中学一年生ひろぽん君は結局ゴールインしたのかと問いたい。君のその時の気持ちはどうだったのか、と。もしかしたら絶頂の寸前にお母さんの顔を思い出してしまい失意のまま絶頂していたかも知れないし、もしかしたら終始、ここに紙袋があれば躊躇なく被せてするのに、といった下世話なことを考えていたのかもしれない。そんな疑問が尽きずね、俺はねひろぽん、もう夜も眠れない。一生のお願いだひろぽん、その時の有り様を余すことなく全てを洗いざらい話してほしいし、俺たちにはそれを聞く権利が当然のようにあると思う」
上原は大袈裟な身振り手振りをしながら一気呵成に話した。鼻息を荒くしてこちらを見つめてくる。僕はどうしたものか、と斎藤に視線を向けるが、半笑いで「まだまだ」と口をパクパクして伝えてきた。少しばかり上原に同情しつつ、僕はできうる限りの想像力を働かせた。結果、ギリシア彫刻のように逞しくなった想像力が、僕の口を借りて喋りだした。
「んー、なんというか、ベッドインする前にそういった空気に自然となった、というか。そんで相手は多分美人でもなければブスでもなくて、でも魅力的というか、言葉にするならば妖艶な感じかな。それで、ふと思ったんだよね、中一の頃の初恋のさっちゃんになんとなく雰囲気が似てるって。よく見ると、いや、よく見なくても見た目はあまり似てないんだけど、雰囲気というか。でも、やっぱりその本番になったら相手しか見えなかった。それで、すごい興奮してるんだけど一方でいやに冷静で、意外と初体験ってこんなもんなんだなって思ったかな。終わってからは卒業できたっていう達成感と本当にこんな形で良かったのかな、っていう疑惑と、後は目の前の女の子に対して申し訳ないなって気持ちとありがとうって気持ちと、後はなんでこんな女抱いたんだろう、っていう気持ちが全部同じくらいの大きさで同居しているって感じで、とにかく頭がパンクしそうで、彼女から初体験はどうだったかと聞かれてやっと一言出てきたのは『ありがとう、だね』だったね」
「それでその後は?」
「そのまま疲れて寝ちゃって、朝起きたら彼女が横で寝ていて、昨晩のこれは夢じゃなかったんだって思ったね。夢と知っていたのならばずっと覚めずにいたいのに、ってどこかの言葉であったけど、逆に昨晩の寝る前一時間がずっと覚めない夢ならよかったのに、って思ったかな」
ここまで僕の口がほぼ勝手に語りだし、そしてあたかも実際に存在したかのような一つの物語を作り上げてしまった。
丁度夏休みの時の絵日記の宿題に似ている。僕は絵日記を最後の日まで取っておくタイプの少年だった。夏休み最終日、絵日記を書く必要が出てくる。その時に、ありもしないし、現にその時なかったし、そして未来においても多分ないであろうストーリーを作り上げて絵日記にする、ということを毎年のように行なっていた。結果的に夏休みで遊んだことにした北海道と沖縄に住む存在しない従兄弟は優に十人を超える。
多分上原は、その絵日記を見て担任の想像したであろう白シャツに半ズボンで虫取り網を持った存在しない田舎の少年と同じくらいか、それ以上に精彩な妖艶な同い年の女を想像している。
「おほお! 彼女がほしい! ほしいったらほしいよはじめ!」
早くも酒が回ってきたであろう上原が斎藤の飲んでいたウィスキーをグイッと一口に飲んだ。斎藤はというと、安いウィスキーを持ってきて上原のグラスになみなみと注いだ。
「そんで、ひろぽんは彼女ができていいんだけど、俺らには浮いた話とかないんだよなぁ、んで、たけっち」
「何だよはじめ、俺と付き合うのか?」
「悪いがそちらはノーセンキュー。俺たちは人文学部という女ばかりの学部にいて、何故そこのブルータスのように彼女を作る、という簡単なクエストすら満足にこなせないのか、という点について今日は熱く語ろうじゃないか」
「まず! ひろぽん! どうやって彼女を作った!! 後学のために聞きたい!」
僕は途端に喉の奥に鉛の塊が降ろされたように舌が動かなくなった。斎藤は、これはやってしまった、と言いたげな顔をしている。上原だけが無邪気に目を輝かせている。
上原が悪気なしに聞いたこの一言が、このすぐ後に僕の見栄から出た物語を一度叩き壊すことになる。




