表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魑魅魍魎の街  作者: 毒パンツ
大学二年目の懊悩
10/10

四面楚歌

 僕が冗談のつもりで「彼女が出来た」と言ったことから上原がそれを真に受けて冗談といえずにここまで話が大きくなってしまった、という事態について。僕が一番懺悔するべきこと多分、当初の嘘のつき始めではなく今しがたこの沈黙に至るまでのおおよそ三分程のやり取りの中にあるといえるように思う。そう、彼女が出来て同衾したという、一切の悪気のない、反実仮想に基づくほんの冗談は多分受け取る側の早とちりが原因で結果的に嘘を付くに至った、という点で双方に問題がある。一番よくなかったのは確実にありもしない性交渉の体験を当事者視点でその時の気持ちまで添えて物語にしてしまった点である。語りとはある意味で騙りなのだ。この場合ある意味どころかそのままの意味で騙りである。沈黙は金、とはよくいうものであるが、この場に至っては沈黙は金どころではない。交渉なり会話において、金も出すのが遅ければ信用のない紙くず同然になる。その質量は重く、そして必要なスペースは広大だ。時は金なり、というが、まさしく信用のない紙くず同然の金のように、その支配する時間を支配する空気は重く、そして長い。

 沈黙に耐えきれずに喋れば確実にボロが出るし、黙っているには重くて長い。喋ったところで作り話をしたら余計無用な嘘をつくことになるし、本当のことを喋ればそれはそれで体裁が悪い。語り得ぬことについては沈黙せねばならぬが、少なくとも上原にとっては「どうやって彼女を作ったのか」は語り得て当然なはずの事柄である。前門の虎、後門の狼どころの話ではない。もはや囲まれている。四面楚歌だ。助け舟を求めて斎藤に目をやる。斎藤は「任せておけ」とでも言いたげに親指を立てた。

「まあ、たけっち、落ち着けよ」

斎藤が上原の肩に手を置いた。

「たけっち、よく俺に付き合ってくれっていうだろ?」

「あ、ああ、冗談だけど」

「それで俺がたけっちに本気で欲情していたらどうする?」

「それは申し訳ないことしたかなって思うし謝るけどマジで付き合えないから本気で勘弁して」

「多分、今ひろぽんとたけっちとの間に起こってるのはそんな感じ。片方は冗談で言ったんだけどもう片方が本気だと思い込んじゃってどうしょうもなくなっちゃった」

「え……つまり……それって……」

「うん」

「やっぱりはじめ!お前俺のこと狙ってたんだ!!友達だと思ってたのに!!けだもの!!変態エクソシスト!」

「いや違う、そうじゃない、そうじゃないから落ち着けって!」

「いやあ!私の貞操は渡さないんだから!!助けて!助けて御前!!」

その後勘違いして騒ぐ上原を説得するのに十五分を要した。そのどさくさで僕の嘘はどうでもいい事になっていたように思う。多分斎藤もそこまで考えて言ったわけではないと思うんだけれども、その場は助かった。

 そして、ここから二ヶ月の夏休みが始まる。今年も本格的な夏が、来た。新緑はいよいよ青く、日は赫奕と空に輝く。つがいのいない男は蕭々として、その悲しみは暗澹たるものとして六畳一間のアパートに渦巻いていた。アパートの一室のベッドの上で僕は何をするでもなく寝転んでいる。完全に無為だ。

 多くの学生はサークル活動に勤しむか、海辺に行ってバーベキューや海水浴と、「青春を謳歌するべき季節」となるわけだが、僕ら三人にとって、そんな「キラキラ」とした日々は絵に描いた餅である。絵に描いた餅というか、絵に描いた美女ならばしばしばお世話になっている。いずれにしても、僕は二次元の愛妻を三次元に出してくるだとか、あるいは自分自身が二次元の世界に行くだとか、そういった技能は持ち合わせていないし、多分まだそんな技術はまだ開発されていない。神話の時代から多分そういう願望はあっただろうし、幾世紀もの間、人類は挑戦してきたであろうが、誰一人として実現したものはいない。どんなに綺麗な絵を愛で、精巧にできたダッチワイフを抱きしめようが、僕らは多分ピグマリオンにはなれない。僕の周りにいるのは、テンションのおかしい小太りの男と、残念なイケメンの斎藤くらいだ。あとはたまに交じってくる松田くらいだろうか。

 ふと、松田のことを考えてみる。普通に黙っていればそれなりに可愛いであろうが、発言と、本人は多分意図していないであろう、「無駄に豊かな表情」、というよりはもはや一種の顔芸のせいで一向に可愛いとは思えない彼女が僕の隣に……と考えたところで、「うーん、友達としてはいいんだけど、彼女ではないな……」と一人で納得してしまう。彼女を受け入れられるだけの度量は今のところ僕にはないし、多分今後もそれを手に入れることはない。「いっそのことナンパでもしようか」と考えたところで、「どうせ振られるし、わざわざ自分で抉りに行くのもな」と思い直す。僕は存外臆病なのかもしれない、とその時にふと思った。上原のようにどこにでも切り込んでいけるような面の皮の厚さを見下しつつも、一方ではうらやましく思う。それに、斎藤ほどの外見の魅力も僕にはない。ただの中肉の「明るいキャラクターになろうとしてなれなかった根暗」で、特に学業ができるわけでもなければスポーツができるわけでもない。こう思い返すと、自分自身がなんだか情けなくなってくる。彼女ができれば多分、こんな悩みもなくなるのではないか、否、人間は悩む生き物だし、悩みのない人間など多分いない。結局のところ別の悩みが出てくるだろうし、大体彼女の一人ができたところで悩みがなくなるのならば、愛人と自殺した文豪などがいたはずがない。自殺するくらい悩んだのだから、多分彼女がいたところで悩むのであろうし、そもそも僕の悩みをなくすために付き合ってほしい、などその本音が漏れればその時点で望みはない。もうどうにもできない気がする。前門の虎、後門の狼。四面楚歌だ。さて、僕が無事童貞を捨てられるのはいつになるのだろう。半世紀後同じようなことを思っている気がしてならない。半世紀後……? もう七〇だぞ……? ああ、もうこのまま童貞を貫き通すのか、いや、夜のお店で捨ててくるか……そう考えているうちに僕の意識は夢の世界へと旅立っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ