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始まりは唐突に


 かしゃりかしゃりと骨が鳴る。

 仄暗い通路から現れたのは、何体かのスケルトン。


「カタカタカタカタ」


 歯と歯をかみ合わせ、スケルトンは朽ち果てた剣を掲げた。


「初陣には持ってこい」


 身に迫るスケルトンの群れに怯まず、腰から剣を抜く。

 大雑把に薙いだ一振りで数体を纏めて沈め、そのままの勢いで足を突き出す。

 肋骨の辺りを蹴り飛ばすと積み木を崩すみたいにバラバラになり、残すはあと一体。

 朽ちた剣を振り下ろすその右手を跳ね、剥き出しの頭蓋を左手で掴む。


吸収エナジードレイン


 俺の固有魔法が発動し、手の平を介してスケルトンの魔力を吸収した。

 スケルトンは元々、魔力で骨と骨を接続している。

 魔力を吸い尽くせば足下から分解されて最後には下顎までもが地面に落ちた。


「こんな感じか」


 残った頭蓋を適当に捨てて、魔法の具合を確かめる。

 魔力を奪い、能力を奪い、時には生命をも奪う。

 冒険者としての滑り出しは上々だ。


「だけど」


 ふと思う。


「初陣がラストダンジョンか」

 

§


 事の始まりは半世紀前の昭和45年、7月7日の深夜のこと。

 まるで織姫と彦星が天の川を渡って出会うかのように、地球と異世界は邂逅した。

 地球上に無数のダンジョンが出現し、その影響は日本にも及ぶ。

 国内のダンジョンの総数は三桁を越え、世に多くの冒険者を生み出した。

 そして現在、無数にあったダンジョンはほぼすべて攻略され尽くされる。

 残ったのはただ一つ。

 冒険者たちは難攻不落のこれをラストダンジョンと呼んだ。


「なぁ。どうして俺はソロで頑張らなくちゃいけないんだ?」

「それは兎月真琴うづきまことの魔法によって協力者の魔力を吸収してしまうからです」

「そうだけど、そうじゃなくてさ。神様はどうして俺の固有魔法をそんな風にしたのかってこと」

「固有魔法は個々によって性質が異なるものであり、神が介在するものではありません」

「はぁ……AIに人間の機微はわからないか」

「嫌味を感知。謝罪を推奨します」

「そこには敏感なのな。あぁ、悪かったよ。弁当出してくれ」

「承知しました。温めますか?」

「あぁ、頼む」


 冒険者のお供、支援魔道ボックス。

 長方形のシルエットに伸縮自在のアームが二本。

 周囲を観測するためのレンズが一つに、天辺には交信のためのアンテナが三本伸びている。

 灰色のボディには人工知能搭載。電気バッテリーで動き、常に浮遊している。


「七十五度に到達。火傷に注意してください」


 ボックスから取り出された弁当箱から湯気が立つ。


「あちち」


 すぐ膝の上に置き、箸を受け取った。


「警戒モードへ移行。周囲を巡回します」

「あぁ、なにかあれば知らせてくれ。いただきます」


 湯気の立つ唐揚げに息を吐きかけ、口へと運ぶ。


「うま。やっぱ飯は温かいほうがいいな」


 続けて白米を頬張る間にも、ボックスは右へ左へと巡回を続けていた。

 文句も言わず、勤勉に働いている。


「誰かと一緒に食えればもっと美味いんだろうなぁ」


 大きめのため息が出た。


「あぁー! 俺もパーティー組みたいなぁー! 赤崎あかざきさんとこみたいなパーティーでさー! 最強って言われたいなぁ!」

「精神年齢の著しい低下を感知」

「そんなもん感知せんでいい」


 ボックスは優秀だが、たまに優秀すぎる。


「でも、ホントにあぁなりたいもんだ」


 昔に一度、赤崎さんに会ったことがある。

 まだ子供だった頃の話だ。

 赤信号に突っ込んできた自動車から助けてくれたのが、学生時代の赤崎さんだった。

 俺のことなんて憶えてはいないだろうが、いつかは礼を言いたい。

 その時までに見劣りしないような立派な冒険者にならないと。

 たとえ一人でもやってやる。


「警告。魔物が接近中」

「お、そうか。ちょうど食べ終わったところだ」


 空の弁当箱をボックスに渡し、腰の剣に手を掛ける。

 引き抜いた剣に映るのは、鎧のような鱗が特徴的なリザードマン。

 スケルトンとは違い立派な剣を持ち、革鎧と腰布を身に纏っている。

 弁当の匂いに釣られて来たのか、何度も周囲の匂いを嗅いでいた。

 その過程で、リザードマンは俺の存在に気がつく。


「弁当ならもう腹の中だよ」


 ぽんぽんと腹を軽く叩くと、怒ったような声が響く。


「リザードマンの怒りを感知」

「べつにお前のじゃないんだけどな」


 とはいえ、魔物に人の道理は通じない。

 リザードマンは長い舌を伸ばして叫び、力強く地面を蹴る。

 瞬く間に縮まった距離。振るわれる剣。

 それを軽く躱して反撃の一撃を見舞う。


「かったッ!」


 脇腹に打った一撃は、硬い鱗の鎧に沮まれる。

 浅い傷跡を残しただけに終わり、刃は過ぎた。

 最小限のダメージでこちらの攻撃を受けたリザードマンの反撃が降る。

 頭上から迫る左手の爪を躱して、大きく距離を取った。


「警告。貴方の武器では致命傷を与えることは困難」

「わかってる。剣が駄目なら――」


 左手に吸収したスケルトンの魔力を集めて使う。

 魔物の能力を行使し、周囲に何体ものスケルトンを召喚する。


「命名。骨々(ボーンズ)

「名前も付けてくれんのね」


 突如として現れた大量のスケルトンにリザードマンは怯む。

 魔物にも強弱があり、格がある。

 その点で言えばスケルトンなんて最弱もいいところ。

 それでもこれだけの数がいれば覆すのは容易だ。


「さぁ、行け。骨々(ボーンズ)


 命令に従い、スケルトンが一斉に動き出す。

 かしゃりかしゃりと音を立て、リザードマンへと襲いかかる。

 剣で、尾で、左手で、簡単に砕け散るスケルトン。

 舞い散る骨片の最中、スケルトンに紛れて近づくことで間合いに踏みこむ。

 リザードマンが気付いた頃にはもう襲い。

 伸ばした左手が、鱗の上から装着された革鎧に触れる。


吸収エナジードレイン


 この魔法の有効範囲は半径二十メートル。

 距離が離れるほど効力は薄れ、近いほど高まる。

 革鎧越しとはいえ触れてしまえば効果は絶大。

 急速に減る魔力の残量にリザードマンも危機感を憶えただろう。

 表情に焦りの色を浮かべ、力任せに振り下ろした得物は、鱗の鎧に沮まれる。


「命名。鉄鱗スケイルアーマー


 鉄のような鱗がリザードマンの剣を肩で受け止める。

 衝撃は骨まで響いたけど、問題はなし。

 直に魔力も枯れ果てる。


「ア……アァ……」


 魔力を吸い尽くすと、リザードマンは白目を剥いて崩れ落ちる。

 魔力は生命維持に必要不可欠な要素の一つ。

 すべて失えば死に至るのは当然。

 リザードマンが倒れると共に役目を終えたスケルトンは掻き消え、体表を這う鱗も解けた。


「ふぅ……なんだ余裕だな」

「慢心を感知」

「ちょっとくらい喜んだっていいだろ?」


 魔力果て命尽きたリザードマンに近づき、鱗を一枚剥ぐ。


「ボックス。これ全部でいくらになる?」

「現在の相場では二千円ほどと予想」

「二千円か。仲間もいないから独り占めだな。ははは!」

「哀愁を感知」

「するな。悲しくなるだろ」


 魚の下処理をするように、剣でざっとリザードマンの鱗を剥ぐ。

 それを纏めてボックスに集めて貰った。


「回収完了。換金所へ転送しますか?」

「あぁ。金に換えといてくれ」

「リザードマンの鱗を転送します――エラー。転送に失敗しました」

「失敗? もう一回」

「再度転送を試みます――エラー。転送に失敗しました」

「なんだよ、もう壊れちまったのか?」

「自己診断を開始――当機に故障はありません」

「なら、換金所のほうで問題があったのか。メンテでもしてんのか? そんな知らせなかったはずだけど」


 緊急メンテかも。


「まぁ、いいや。転送が無理なら直接持っていけば。ちょうど良いし、今日はここまでってことで。初日だしな」

「出口までの最短ルートを検索――右方向への前進を推奨」

「右ね」


 分かれ道に差し掛かるたびにボックスのナビに従う。

 昔によくあったらしいポンコツカーナビみたいに道がわからなくなることもなく。

 無事に出口にまで辿り着くことができた。

 周囲には同じく帰ろうとしている冒険者のパーティーがいくつかいる。

 楽しそうだな、とても。


「警告。前方不注意」

「わかってる」


 普通にパーティーを組めている冒険者を羨ましく思いつつ前を向く。

 出口は直ぐそこで前を行くパーティーが潜り終わった、その瞬間のことだった。

 前を歩いていたはずのパーティーの姿が消える。

 見えなくなった。


「――は?」


 目の前にはごつごつとした無骨な岩肌のみ。

 今の今までそこにあったはずの出口がない。

 無くなった。


「え、な、はぁ?」


 壁に触れるも硬い感触が返ってくるのみ。

 すり抜けられたりもしないし、繋ぎ目もない。

 まるで最初からそうだったみたいに、そこには壁があった。

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