宴
あしらいだけは立派な田上巌邸の門を抜けると、エンジンが切られていない大型バイクが止まっていた。低い振動が直樹の内臓を震わせながら、周囲に広がっていく。
バイクに跨る若い男に視線を向けて、直樹はゆっくりとそれに近づいていった。若い男も、近づく直樹から視線を逸らそうとはしない。
直前で足を止めると男はエンジンをかけたままで、バイクから降りて直樹の前に立つ。
若い男の右手には抜き身の短刀が握られていた。直樹はそれに視線を向ける。
不思議だ。以前なら刃物に生理的な嫌悪を感じただろう。だが、今は目の前で刃物が握られていても何の感情も湧かない。
体温を奪われて、心が冷え切っているからなのだろうか。だから、嫌悪が外に向かうこともないのだろうか。
あの時、引き金に力を入れた瞬間に体温を奪われたのかもしれない。
「あいつを殺したのはお前か?」
若い男が口を開いた。相変わらず、若菜を姉と呼ぶつもりはないようだった。
「そうだ……」
大きくも小さくもない自分の声。そこに何の感情もこもってはいない。
「何で殺した?」
「殺さなけりゃ、俺が殺されていた」
それが事実だった。隠すつもりもないし、それ以外の何ものでもなかった。
若い男は黙って直樹を凝視している。黙したままの男に代わって直樹は口を開いた。
「どうした……武。そいつで、俺を刺しに来たんじゃないのか?」
「いや……」
武は頭を左右に振ると短刀を鞘に入れる。周囲にあった緊張が、少しだけ緩和するのを直樹は感じた。
「どこまでも自分勝手な奴だったからな。いつかはこうなるさ。で、あんた、何でそんな目をしている?」
そんな目?
自分はどんな目を、そしてどんな顔をしているのだろうか。
「さてな。俺はどんな目をしている?」
「穴だよ。暗い穴ぼこみたいな目だ。何かがぶっ壊れたような目をしてやがる」
……穴ぼこ。
その言葉、表現に直樹は少しだけ頬を緩めた。
確かに武の言う通りなのかもしれない。自分の手で壊し、それによって何かが壊れたのだから。
それでも、自分はまだ笑えるようだった。
「武、一緒に来るか?」
「どういうことだ?」
突然の言葉に武が訝しげな顔をする。
「復讐だよ」
直樹は短く息を吸い込んで、その言葉を口にする。
「は? 誰が……誰の?」
武が眉を顰める。思ってもみなかった言葉だったのだろう。武の声が少しだけ跳ね上がった。
「奴らにだ。若狭組も、竹名組も俺が潰す」
「穴ぼこみたいな目で、随分と大きく出たな。そんなもん、ガキのたわごとにもなってねえぞ」
「返しだ」
答えになってないと思いながらも、直樹はそれを口にした。
「で、どうするつもりだ?」
少しの沈黙のあと、武が疑問を投げかけた。
「まずは情報、そして金だ。情報と金は力だ」
「まあ、そうだろうな」
武は頷くと、バイクのヘルメットを直樹に投げてよこす。直樹は思わずそれを反射的に受け取った。
「あんな女でも俺の兄弟だ。で、どこに行く?」
「最初は六本木……」
そこで直樹は言葉を切った。六本木は言うまでもなく、父親である田上巌が率いる組のシマだった。
「王だ……そこで俺は王になる。父親も兄貴も、七代目竹名組も……俺が潰す」
自身の言葉だというのに、まるで遠くから響いてくる気がする。
「死んだあいつが乗り移ったみたいだな。できねえようなことも、平気で口にする」
そう言いながらも、武の顔はまんざらでもないようだった。
いま口にしたように、自分は王になりたいのだろうか?
直樹は自問した。
答えは出てこない。
それに大層なことを口にしている自覚はあるのだが、それでいて気分が高揚することもない。
氷の管が体内を這っているかのように、体が冷え切っている。
六本木、そして王。
そう思ったところで喉の渇きは癒えず、血もまだ冷たいままだ。
その思いが自分の願いでも、夢でも何でもないからなのだろうか。
生き残るために若菜を殺した。
そうしたところで結局、逃げ場はどこにもないのかもしれない。自分が行く道は、一つを除いて他にはないようだった。
その道はこれまで以上に、狂乱と呼べる宴になるのだろうか。
六本木。
王。
呪いであるかのようなその言葉を反芻しながら、直樹は自分がもうどこにも戻れないことを知るのだった。
最終話までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。
誤字や脱字、表記のゆれや文法上の間違いなども散見されたかと思います。未熟な小説技法も含めて、読みがたい部分もあったかと思います。それらも含めて、最後ではありますが、お詫びさせていただきます。
誠に申し訳ございませんでした。
昔から書きたかったノワール系の作品です。サイトの傾向に合致しない話だと思いつつも、書きたくて書いた次第です。
もう少し恋愛の要素を強められればと常に思いながら文字を重ねていったのですが、想定よりも不十分にしか描き切れず、結局はこれが私の実力ということなのでしょう。この作品においては、それが心残りです。
次作は既に書いている短編をプロットとして、純文学よりの作品で十万文字程度を一、二年かけて書くつもりです。これも以前から長編で書きたかったジャンルです。
書き上げるまでこのサイトも含めて、WEB上に掲載するつもりはありません。掲載したところで、ほぼ読まれないでしょうし、分かってはいても読まれない現実を突きつけられると、心が折れそうになるものなので。
また、今はファンタジー系の作品を今後は書くつもりがないのですが、一方でセカイ系に寄らない、傭兵と奴隷姉弟の話を十万文字程度で書いてみたいなとの思いもあります。
いつか気が向いたら書き始めて、掲載することもあるかもしれません。短編も同様に書くことがあるかもしれないですね。その際には、目を通していただけると幸いです。
また、既に完結している他の作品にも目を通していただけるのであれば、それほど嬉しいことはありません。
最後に最終話までお読みいただいた方のご健勝と、さらなるご活躍を心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました。




