謝罪
「……はい、分かりました」
直樹は正座をした姿で両手を前につき、そのまま額を畳に押しつけた。
「てめえとは縁切りだ。最初から縁があったかも知らねえがな。二度と組の名を出すんじゃねえぞ」
腹違いの兄である敬一は吐き捨てるように言いながらも、その顔には僅かな笑みが浮かんでいた。
分かったと言っただろう。
そう思いながらも、直樹は別の言葉を口にする。
「はい、迷惑をかけ、申し訳ありませんでした」
そう言って直樹が顔を上げた視線の先には、父親の︎田上巌と兄、敬一の姿がある。
今まで父親の名も含めて、組の名前を出したことなど一度もなかった。その名は自分が望んでもいないのに、勝手に直樹の周りについてくるものだった。
「七代目竹名組とは話がまとまった。お前、分かってるのか? 一つ間違えば、東京と大阪の戦争だったんだ」
そんなことは、ヤクザ者じゃない俺の知ったことじゃない。
それよりも俺の居場所、自宅を教えたのは、お前らなのか?
それらの言葉が喉元まで出てくる。
考えてみれば、あのタイミングで七代目竹名組の連中が現れたことは都合がよすぎた。
ならば、自分たちの居場所を漏らしたのは誰なのか。
訊くまでもないのだろう。それはこの二人以外に考えられなかった。
自分たちの居場所を竹名組に教えた見返りは分からない。だが、この二人はそれが得だときっと判断したのだ。東京と大阪での争いを避ける意味合いもあったのかもしれない。
だが、そんなことは直樹にはどうでもよかった。
この二人がいなければ、竹名組に捕まることはなかったはずなのだ。あの時に思い描いていたように、若菜と海外へ行って逃げ切ることができたかもしれない。そして、若菜が死ぬこともなかった。
事実が何だったのか。
この二人にそれを問い詰めたところで、今は何の意味もない。そもそも、それを問い詰めることができる立場に自分はまだいない。
「片山にも言ったが、やつとも二度と関わるなよ? お前が片山と関われば、それだけで痛くもない腹をこちらが今後も探られることになる」
「……はい」
敬一の言葉に直樹は頷く。
それを見て田上巌が、灰皿の上で煙草を押し潰した。その動作だけで、紫煙が漂う部屋の中に緊張が走ったようだった。
「……次、顔に泥を塗るようなことがあれば、直樹、お前は死ぬぞ」
巌がそこで初めて口を開いた。それとともに一瞬の静寂が訪れる。
何の情もこもっていない巌の視線だった。親が子供を見る目ではない。
別に泥を塗ったつもりもなかった。だが、それを言う意味などないことも直樹には分かっていた。
ずっと喉は焼けつくように渇いている。それなのに、体は氷を抱いているかのように冷え切っていた。
俯瞰的に意識すると、こうして謝罪の言葉を重ねて一体、自分は何をしているのだろうかと直樹は思う。
好きな女を自分が助かるために殺したのだ。そして、その原因を作った当事者たちに向けて、頭を必死で下げている。自分は今、何をやらされているのだろうかと。
しかし、いまの直樹にできることは、彼らの言葉に頷き謝罪するだけ。それだけだった。
そう……まだいまは……。
屋敷の玄関を出ると、そこには片山が立っていた。直樹は片山の前に立つと、深々と頭を下げた。
「片山さん、今回の一件は本当に申し訳ありません」
「いえ……」
「片山さんにはお袋が死んでからのこと、そして今回のこと……感謝しています。そして……」
「そして……?」
片山が直樹の言葉を繰り返した。
「返しです……片山さんたちの言葉で言うのなら。この組の若頭である以上、次に片山さんと会う時は……そういうことです」
……具体的にどうするつもりなのか。
片山は直樹に訊くことはなかった。片山はただ黙ったままで、諦めたような少しの溜息をついただけだった。




