エピローグ
とても長いですが、最後までお付き合いいただけますと幸いです。
成人した次の日。
レオンから手紙が届いた。
以前、私がレオンの手紙が欲しいと言ったことを覚えていてくれたのだ。
同じ家に住んでいるのだから、手渡しで構わなかったのだが、律儀にポールフォード公爵家から我が家に届くように手配をしたらしい。
手紙には一言――。
『未来永劫、我とともに過ごそう』
とだけ記されていた。
実にレオンらしいと苦笑しながら、手紙とともに贈られた赤いバラの花束を見る。
赤いバラの花言葉は『愛』。
「レオン様はどのような顔をして便箋を選ばれたのでしょうね?」
マリーがクスクスと笑っている。
封筒はありふれた白い封筒なのだが、便箋は苺の縁取りがされた可愛らしい便箋なのだ。
「真面目な顔をして選んでいたと思うわよ」
そして、周りの女性の注目を集めていたのだろう。それはちょっと面白くない。
「左様でございますね」
マリーがバラの花を花瓶に生けながら、またクスクスと笑っている。
「マリー。そのバラを使ってサシェを作ってくれる?」
「承知いたしました。ですが、お嬢様。記念に残されたいのでしたら、バラが枯れないように時を止めればよろしいのでは?」
『空間魔法』を使える私にはそれが可能だ。
「そうね。数本空間に収納しておこうかしら?」
今日の日付のタグでもつけて、記念品として永久保存しよう。
「そのようなことをせずとも、リオが望むのであれば毎日バラでも何でも贈ってやる」
呆れた顔をしたレオンがのっそりと部屋に入ってきて、私の隣に座る。
久しぶりのもふもふの毛並みを堪能しながら、私は昨日の出来事を思い出す。
シャルロッテはなぜ、あれほど私を憎んでいたのだろう?
彼女はお姫様になって王子様と結婚するのが夢だったと言っていた。
私は彼女より高位貴族ではあるが、王女ではない。
リチャード殿下が私に好意を持っていたことが気に入らなかったのだろうか?
それは殺したいほど憎いと思われることだったのだろうか?
いすれにしても、シャルロッテの思考は理解不能だ。
「リオ。何を難しい顔をしておる? 眉間にしわが寄っておるぞ」
「シャルロッテが私を殺したいほど憎んでいたのはなぜかと考えていたの」
しわが寄っていると指摘されて、眉間を揉む。
「リオは創世の神で、神という存在はキャンベル一族にとって憎むべき存在だ。あの娘に流れるキャンベル一族の血がそうさせたのか? それともあの娘の意思だったのか? 今となっては分からぬな」
「そうよね」
レオンは私の肩に飛び乗ると、頬をすりすりとしてくる。
「全て終わったことだ。忘れろ」
「うん」
すぐに忘れるのはきっと無理だろう。
だが、やがて記憶は薄れていく。
「それより、今宵こそは祝宴をするとヤツらが張り切っておったぞ。今のうちに休んでおいたらどうだ?」
ヤツらというのは神様たちのことだ。
明け方近くに帰ってきた私たちは疲れ果てて、そのまま昼近くまで寝てしまい、祝宴のことをすっかり忘れていた。
お酒好きの神様たちは宴の準備をして待っていたので、がっかりしたという。
お詫びに今夜我が家で祝宴を開くことになっている。
「ねえ、レオン。私も成人したことだし、お酒が飲んでみたい」
「うむ。そう言うと思ってリオのために酒を選んでおいた」
初めてお酒を飲む人向けの飲みやすいお酒を選んでくれたそうだ。
「それは楽しみだわ」
夜――。
「シャルロッテが何だ! 私は神の花嫁よ! きゃははは……」
「リオは酒を飲むと、笑い上戸になるのじゃ?」
「……そうらしい。アルコールが強くない酒を選んだのだが……」
お酒を飲んだ後の記憶がないが、レオンとフレア様がそう呟いて私にお酒を飲ませたことを後悔していたらしい。
酔いつぶれるまで他の神様たちに絡みまくり、大暴れしたそうだ。
翌日、二日酔いになったのは言うまでもない。
王宮舞踏会の騒動から一ヶ月後――。
キャンベル男爵の判決が下った。
キャンベル男爵家が経営する商会は禁止されている毒物を輸入し、あまつさえ未遂とはいえ、毒物が暗殺に使われたとして有罪が確定した。
その他にもいろいろと余罪があり、キャンベル男爵家は爵位剥奪のうえ財産没収。男爵は強制労働者として鉱山へ送られるになった。
キャンベル男爵夫人は夫の仕事については関与していないことが調べで分かり、男爵と離縁して実家へ帰ったという。
キャンベル男爵の判決が下ったさらに一ヶ月後――。
シャルロッテの判決が下った。
シャルロッテは未知の魅了系スキルを発動し、王太子であったリチャード殿下を誑かした。それは危うく国家を揺るがすことにつながったかもしれない。
そして、王宮舞踏会で私を殺害しようとしたことは重罪だ。
断頭台での公開処刑が求められたが、廃人となってしまったため、地下牢獄送りが決定した。
裁判の間、終始シャルロッテの目は虚ろで訳の分からない言葉を呟いていたそうだ。
地下牢獄に送られれば、一生をそこで過ごすことになる。実質上の死を意味するのだ。
リチャード殿下は謹慎した後、魔法学院へ戻ることはなく、ライオネス公爵領へと居を移した。今後は枯れた土地の復旧に生涯を費やすそうだ。
「レオン。ライオネス公爵領に祝福を授けるつもりはないの?」
「クリスがライオネス公爵位を継ぐのであれば祝福を授けるつもりでおったが、あの小僧ではな」
リチャード殿下のことをまだ許してはいないらしい。
「だが、小僧が心を入れ替えて領民のために尽力するのであれば、考えてやらぬこともない。領民には罪がないからな」
その辺りはレオンもしっかり考えていたらしい。
「そう。なるべく早く祝福を授けてあげてね」
そして、今日はクリスの『立太子の儀』だ。
将来の女王が立太子するということで、王都中お祭り騒ぎで大変賑わっている。
さらに女王の夫としてクリスに婚約者ができた。
その婚約者というのが――。
「親父のやつ。俺を人身御供にしやがって! 何が『両国間の架け橋』になってこいだ!」
トージューローさんだった。まあ、私は予想していたが……。
「まあまあ。良いではありませんか。これで腰を落ち着けてくれるのであれば、あたくしも肩の荷が下ります。あっ! 心配なさらずとも、あたくしは引き続きこの国に残りますので」
「残るのかよ!」
トージューローさんとキクノ様がこの国に留まってくれるのは嬉しい限りだ。
「わたくしだって不本意なのよ。よりによってトージューローが相手だなんて、先行きが心配だわ」
『立太子の儀』が始まる前に、我が家の控室に遊びに来ていたクリスがブツブツと文句を言っている。
「それは俺のセリフだ! こんなじゃじゃ馬の面倒を見ないといけないなんてな」
「何ですって!?」
互いに憎まれ口を叩いているが、案外上手くいくのではないかと私は思っている。
「ユリエとレオンもまもなく婚約式を迎えますね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。キクノ様。式には参加してくださいね」
「もちろんです。それはそうと、レオンは貴族になるのですか?」
私は魔法学院卒業後に魔法院へ就職するつもりだ。その夫が無職はまずいだろうということで、レオンはランチェスター伯爵位を継ぐことになった。
「形だけだ。我は常にリオと一緒にいる。ランチェスター伯爵領はグランドール侯爵領の隣の領地だからな。徐々に開発していくと見せかけておけばよかろう」
魔法で解決する気満々だ。
「そうですか。彦獅朗。そろそろクリスとともに会場へ戻った方がよろしいのでは? 緊張して失敗をしないようにしてくださいね。我が国の恥になりますから」
「うるせえ!」
トージューローさんは嫌々といった風だが、しかし満更でもなさそうにクリスをエスコートして、儀式が行われる会場へと戻っていった。
「我々も大広間に向かうか?」
「ええ」
差し出されたレオンの腕に手を絡める。
正装に身を固めたクリスは堂々としており、とても立派だ。
「ううう。クリス素敵よ。幸せになってね」
「これはクリスの結婚式ではないぞ」
レオンは苦笑しながら、ハンカチを差し出してくれる。
トージューローさんはクリスのエスコートをそつなくこなしていた。
黒い髪のトージューローさんと金の髪のクリスは案外絵になる。美男美女だ。
玉座の上からクリスは私を見つけると、ぐっと親指を立てた。
私もぐっと親指を立てる。
『お互い好きな人と幸せになりましょうね』
魔法学院を卒業後、お兄様の結婚式に参加するため、グランドール侯爵領へと帰る。
お兄様とトリアの挙式は盛大に行われ、お祭りは三日三晩続いた。
「ううう。トリア、きれいよ。幸せになってね」
「誰が結婚しても泣くのだな、お前は」
差し出されたハンカチを目頭に当てる。
「人が幸せになる姿は素敵だもの」
「ねえ、お姉様ともふもふはいつ結婚式を挙げるの?」
メイにスカートを引っ張られる。
七歳になったメイはさらに背が伸びて、身内の欲目を差し引いても美少女だ。将来、すごい美人になる。
「えっ!? ええと……もう少し落ち着いてからかな?」
私はこれから魔法院へ就職する。
環境部門に配属されたので、これから各地を飛び回ることになるのだ。
もちろん、レオンも一緒についてきてくれる。
「ふ~ん」
メイの目が訝し気だ。
レオンとの結婚式はいろいろと地盤が固まってからになるだろう。
翌日、レオンとともに懐かしい森へと散歩に向かう。
マリーも誘ったのだが、急用があるらしく朝早くから姿が見えない。
「レオン。旧グランドールの城を再建したいと思うの。いいかしら?」
「あの城は元々リオのものだ。好きにするとよい」
「小さな頃は渋っていたのにね」
私がころころと笑うと、レオンはふいと横を向く。
「あ、あれはリオがまだ実力不足だったからだ」
「実力不足とは何よ。魔力の使い方が上手いと褒めてくれたのに」
「子供にしてはという意味だ」
幼い頃の私はレオンにとっては『愛する者』として映っていなかったのだろうか?
「ショックを受けたわ。今日はレオンと口をきくのはやめようかしら?」
「そのように拗ねるところは子供の頃と変わらぬな」
ぷうと頬が知らずに膨らむ。きっとこういう仕草も子供と言われるのだろう。
旧グランドールの城が見えてきた。
再建すると言っても魔法であの城をかつての姿に戻すだけだ。
「さて、やりますか」
私は腕まくりをして、気合いを入れる。
「お嬢様! レオン様! 早くこちらにいらっしゃってくださいませ」
「あら? マリー」
急用があると言っていたのに、もう用事は終わったのかしら?
よく見るとマリーだけではなく、ローラもいる。二人とも待ちかねたといった様子だ。
「お嬢様はこちらです。さあ、お早く!」
マリーに城跡の中へと引っ張られていく。
「レオン。貴方はこちらよ」
レオンは反対方向へローラに引っ張られていく。
「何だ! 離さぬか、ローラ。リオ!」
「レオン!」
一体何をするつもりなのだろうか?
さっぱり訳が分からないまま、マリーに引っ張られていくと、城跡の中に部屋らしきものがある。
この城跡にこんな部屋があったかしら?
「お嬢様を連れてまいりました。さあ、取り掛かりましょう!」
簡易的に造られた部屋の中にはお母様とメイ、それにトリアが待ち構えていた。
「では、まず髪型とお化粧をしましょう。リオ、ここに座ってちょうだい」
鏡台の前に置かれた椅子をぽんぽんと叩くお母様。
「えっ! 何が始まるの?」
「いいから、しばらく黙っていなさい」
手早く化粧を施され、髪をアップに結われていく。
マリーが用意してきたドレスを見て、やっと状況が飲み込めてきた。
「それは……もしかしてウェディングドレス?」
胸元に飾られた大きなバラのコサージュ。宝石が縫われた豪華なレースの純白のドレス。
すっきりとしたマーメイドラインのドレスは、デザインからして『サンドリヨン』のものだ。
そういえば、成長したからと、この間ローラがサイズを測りにきていたが、こういうことだったのだ。
ウェディングドレスに着替えると、仕上げにベールをマリーがかけてくれる。
「リオ。これを」
お母様が自分の右手の薬指から指輪を抜き、私の薬指に嵌める。
「これは私の母、つまり貴女のお祖母様から受け継いだものよ」
「こんな大切なものを? いただけません」
お母様はそっと私の頬に手を当てる。
「いいのよ。これは代々受け継がれてきたものなの。娘が嫁ぐ時に母から贈るものなのよ。何か古いものはこれでいいかしら? トリア」
「はい。お義母様。次はメイの番ね」
「はい。トリアお義姉様。リオお姉様、これは私からの贈り物です。何か新しいものね」
メイが白いハンカチを差し出す。ハンカチには白い糸でバラの花が刺繍されている。
「これはメイが刺したの?」
「お母様に教えてもらいながらなので、ところどころ失敗したところもあるけれど」
ペロッと舌を出すメイ。
だが、一針一針、丁寧に刺してあることが窺える。
七歳でこれだけの腕前であれば、将来はかなりの名手になれそうだ。
「そんなことはないわ。すごいわ、メイ」
「これはわたくしからよ。何か借りたもの」
トリアが耳にイヤリングを付けてくれる。
「もしかして、サムシングフォー?」
トリアは頷くと、私の手を握る。
「学生時代に話したことを覚えているかしら? サムシングフォーを身に付けてお嫁にいきたいわねって」
私は頷く。クリスとトリアとアンジェの四人でそう話していたことを思い出す。
サムシングフォーとは何か古いもの、何か新しいもの、何か借りたもの、何か青いものの四つを花嫁が身に付けると幸せになれるというジンクスだ。
トリアはお兄様との挙式で実戦をした。
「トリアは私の事情を?」
「ええ。ジーク様に聞いたわ。驚いたけれど、何となく事情があるかなとは思っていたの」
トリアだけではなく、アンジェも何かしら気づいてはいたようだ。
「いつかはトリアとアンジェにも話さないといけないとは思っていたの」
「貴女が何であろうと、わたくしの親友で義妹であることには変わりないわ。これからも仲良くしてね」
私は胸がじんと温かくなり、トリアの手をぎゅっと握り返す。
「ええ。もちろんよ」
「あっ! そのイヤリングは貸すだけよ」
「分かっているわよ」
トリアが慌てているので、私は苦笑する。
「では、最後に何か青いものは私からです」
マリーから渡されたのはブーケだ。白いカサブランカにバラ。そして青い小花。
「これはブルースターね」
結婚式のサムシングブルーとして使われる花だ。星の形をしたこの花は、「幸せを呼ぶ花」と言われている。
「はい。花言葉は『幸福な愛』『信じあう心』です。お嬢様とレオン様にピッタリの花ですわ」
私は嬉しさで胸がいっぱいになる。
「お母様、メイ、トリア、マリー。皆、ありがとう」
「さあ、レオンちゃんが待っているわ。行きましょう」
城跡の中庭と思われる場所は整えられて、庭園が造られていた。
おそらく結婚式の会場用に急ごしらえで造ったのだろう。
ヴァージンロードと思われる赤い絨毯の前ではお父様が待っている。
レオンはすでに壇上に待機していた。
「リオ、きれいだ。ああ、嫁にやりたくなあ」
お父様がもう泣き出した。
「旦那様、しっかりしてくださいな。リオをレオンちゃんの下に連れていってくださいね」
「分かっているよ、エリー」
差し出されたお父様の腕をとってヴァージンロードを歩く。
この先には愛しい人が待っている。
どれだけこの日が来るのを夢見ていたことか。
壇上では優しい笑みを浮かべたレオンが手を差し出している。
「カトリオナ・ユリエ・グランドール。汝は森の神レオンを夫として永遠に愛することを誓いますか?」
「はい。誓います」
レオン。貴方に。
永遠の愛を――。
神の守護が篤いクリスティーナ女王はフィンダリア王国歴代一の名君と呼ばれた。
女王を助けたのは王配であるとするのが通説だが、実は陰で幾人かの協力者がいたとされる。その中の一人は女王の親しい友人である、とある伯爵夫人だった。
一説には彼女は神であったと言われているが、定かではない。
――フィンダリア王国史より抜粋――
これにて完結です。
長い間、ご愛読いただきまして誠にありがとうございましたm(__)m
時間はかかりましたが、最後まで書ききることができたのは読者の皆様のおかげです。
この場を借りまして、厚く御礼申し上げます。
時々、気まぐれに番外編などを更新するかもしれませんが、その時はどうぞよろしくお願いいたします。
年明けから新連載を始めますので、そちらもお読みいただけますと嬉しいです(*^▽^*)




