155.侯爵令嬢は二年前と同じ状況を見守る
明日12/15にもふ神様の第5巻が発売されます。
これで完結巻となりますので、ぜひお手にとっていただければと思います。
ファンファーレとともに舞踏会場の扉が開き、王族が入場する。
国王陛下と王妃殿下の後に王太子殿下とクリスが続く。
クリスは白いドレスに身を包んでいる。
シンプルなデザインのプリンセスラインのドレスは、クリスの美しさを引き立てている。
王女であるクリスは貴族のようなトレーンをつけなくてもいいので、軽やかな足取りだ。
玉座についた国王陛下は臣下の礼をとくように声をかけ、クリスを自らの横に立たせる。
「本日は成人した者をこの場に迎えることができ嬉しく思う。我が娘クリスティーナも無事成人を迎えることができた。成人を迎えた証として宝冠を授ける。クリスティーナ、前へ」
「はい。陛下」
クリスは国王陛下の前に跪き、頭を下げる。
御前に跪いたクリスに宝冠を被せる国王陛下。
その後、会場が割れんばかりの拍手に包まれる。
「成人おめでとうございます、王女殿下」
臣下からの祝福の言葉に微笑みで答え、手を振るクリス。王女スマイルというやつだ。
「おめでとう、クリス。我が妹の成人を心から嬉しく思う」
拍手とともにクリスを祝福する王太子殿下だが、続く次の言葉に会場中が沈黙に包まれた。
「私からも報告がある。シャルロッテ・キャンベル男爵令嬢、こちらへ」
「リチャード! 余は発言を許してはおらぬ!」
国王陛下の制止も虚しく、末席からシャルロッテが堂々と玉座に続く道を歩んでいく。
スキップでもしそうな足取りだ。
私の近くに来た時に勝ち誇ったような笑みを向ける。
玉座から下りてシャルロッテを迎えた王太子殿下は彼女を腕に抱き寄せ、高らかに宣言をした。
「私、リチャード・アレン・ヴィン・フィンダリアはシャルロッテ・キャンベル男爵令嬢を王太子妃に迎えたいと思う。よってここに彼女との婚約を宣言する!」
「リチャード! 余はキャンベル男爵令嬢との婚約を認めてはおらぬ!」
国王陛下は玉座から王太子殿下を叱責する。
「其方は二年前のようにまた国法を破るつもりか!?」
「陛下。私は国法を破ってはおりませんよ。なぜならシャルロッテ嬢は『光魔法』の持ち主だからです。『光魔法』または『闇魔法』の持ち主を王家に迎える場合は、王命または婚姻を望む王族と持ち主本人の同意があれば、法に則った手続きをする必要はありません」
確かにそのとおりだが、その法律には但し書きがある。
ここ二百年ほどは『光魔法』または『闇魔法』の持ち主が現れなかったので、適用されなかったのだが……。
「残念ですが、王太子殿下。その法解釈は間違っています」
異議を唱えたのは伯父様だ。
「ポールフォード宰相。間違っているとはどういうことだ?」
王太子殿下は訝し気に伯父様を問い質そうとする。
「『光魔法』または『闇魔法』の持ち主を婚姻によって王家に迎える場合の法の条項には但し書きがあるのです」
「何!? 但し書きだと?」
「ジョゼフ・マーカスライト。フィンダリア王国法典をこれへ」
「はっ!」
マーカスライト宰相補佐官が伯父様に分厚い一冊の本を手渡す。
あの分厚い本はフィンダリア王国の法典だ。
妃教育を受ける時に苦労して覚えた。忘れもしない。
この展開を予想していた伯父様は法典を事前に用意していたようだ。
パラパラと法典のページを繰る伯父様を王太子殿下は戸惑いの表情で見つめている。
「ああ、ありました。この条項ですな。『但し、双方の親族のうち一人でも異議を唱える者がある場合はこれを認めない』。今回は国王陛下と王妃殿下が異議を唱えております。よって、この婚約は成り立ちません」
「何だと!?」
あの但し書きはマリオン・フレデリシア姉妹が当時の国王に作らせた条項だ。
当時、アホな第二王子がマリオンさんにしつこく婚姻を迫ってきたので、姉妹で撃退した後、王家に抗議をして但し書きを作らせた。そして、賠償金代わりにしたのだ。
まさかマリオンさんの生まれ変わりである自分の時代に使われることになるとは思わなかった。
隣でレオンが肩を震わせている。たぶん、当時を思い出して笑っているのだ。
『良かったな、リオ。自分が作らせた法が役に立っているぞ』
念話でからかってくるレオンの足をこっそり踏みつけてやった。
「そういうことだ。リチャード。今回のことは二百年ほど使われていなかった法ゆえ、不問に付す」
「しかし、父上! 私はシャルロッテ嬢を愛しています。王太子妃に迎えたいのです」
なおも言い募ろうとする王太子殿下を国王陛下は手で制する。
「黙れ。これ以上恥を晒すな。どうしてもキャンベル男爵令嬢を妃に迎えたいというのであれば、話し合おう。しかし、この場で婚約を認めるわけにはいかぬ」
そう言うと国王陛下は王杖をつく。
「皆の者。騒がせてすまぬ。王太子は恋をするあまり先走りをしてしまったようだ」
国王陛下が茶目っ気ある謝罪をするので、会場中に笑いが走る。
「今宵の舞踏会を楽しんでいってほしい。音楽を!」
会場に音楽が流れ、ダンスをする人々が中央に集まっていく。
『二年前と同じ展開だな。廃嫡にしてしまえばよいものを、どうもあの国王は息子に甘すぎる』
ダンスをするために中央へ誘いながら、レオンが念話でそんなことを囁いてくる。
『仕方がないわ。ただ一人の王太子だもの。そんなに簡単に切り捨てられないのよ』
『クリスがおるではないか?』
『国王陛下はクリスを溺愛しているもの。可愛い娘に一国を背負うような苦労をさせたくないのよ』
時戻り前に国王陛下がそう話してくれた。それは今も変わりないだろう。
普通に恋をして好きな相手と結婚をする。そんな女性になってほしいと……。
『だが、直にそうなる。クリスもその覚悟はできておるはずだ』
『……そうね。残念なことだけれど……』
一曲目のワルツが始まる。
やはりレオンのリードは踊りやすい。
身長差は若干あるが、そんなことは気にならないほどだ。
「リオ。そのドレスとても似合っておる」
「何よ。食べ物に夢中で気づいていないかと思ったわ」
「むっ! 仕方があるまい。腹が減っていたのだ」
ダンスの最中に褒めてくるとは思わなかった。
「はいはい。レオンは色気より食い気だものね」
レオンが真剣な顔でじっと見つめてくるので、どきっとしてしまう。
「そのカラーは我の瞳の色だな。アイビーは月桂樹の返事と受け取ってよいか?」
レオンはドレスのカラーとアイビーの意味にも気づいていた。
「もう少し早くに言ってほしかったわ」
ふいと横を向くと、レオンはふふっと笑う。
「それはすまなかったな」
一曲目のワルツが終わろうとしている。
「もうすぐ一曲目が終わるな。二曲目も続けて踊るか?」
私たちはまもなく婚約するのだから、それでも構わないと思う。
「そうね」
「それでは、カトリオナ嬢。二曲目も我と踊ってくれますか?」
「喜んで」
しかし、二曲目は踊ることができなかった。
本日は18時と22時に一話ずつ更新します。




