156.侯爵令嬢はかつての敵を断罪する
それは突然起こった。
黒装束の男が舞踏会場に侵入してきて、シャルロッテを襲ったのだ。
悲鳴とともに会場中がパニックに陥る。
シャルロッテは一緒にいた王太子殿下が助け、無事だった。
男が短剣でシャルロッテを刺そうとした刹那、王太子殿下が風魔法で短剣を弾き飛ばしたのだ。
「ロッティー、無事か?」
「リック! 怖かったわ!」
スキルにかかっているとはいえ、王太子殿下の能力は健在らしい。
私は時戻り前と同じ場面がフラッシュバックして目眩がしたのだが、レオンが支えてくれたおかげで倒れることは免れた。
「リオ、大丈夫か?」
「ええ。ありがとう、レオン」
これからが正念場だ。しっかりしないと!
男は近衛が取り押さえたので、幸い怪我人はいなかった。
ところが男はとんでもないことを自供したのだ。
「その女に頼まれたんだ! 王太子の婚約者を暗殺してくれと依頼された!」
男は私を指差して、シャルロッテの暗殺を頼まれたという。
一言一句違えず、時戻り前と同じ言葉で男は私に頼まれたと言い張る。
「それは真か!? 衛兵! そこの女を捕えて地下牢に連れて行け!」
王太子殿下のセリフも大体同じだ。
しかし、衛兵は誰も動こうとはしない。
「どうした!? なぜ誰も動かぬ! その女は私の恋人を害そうとしたのだぞ!」
「それはリオが無実だからよ。お兄様」
私を捕えろと喚く王太子殿下をクリスが諫める。
「だが、そこの男は頼まれたと自供している! 何よりの証拠ではないか!」
「果たして本当にそうかしら?」
私とクリスは頷きあうと、用意していたある映像を会場の壁面に映し出す。
それは、シャルロッテと男が王都の路地裏で取引をしているところだ。
大胆にもフードを外して男と取引をしているのは、顔を覚えさせるためだろう。
『あんたは王宮舞踏会で私を暗殺するフリをしてちょうだい。そして捕まったらこの絵姿の女に頼まれたと自供するのよ』
シャルロッテは私の絵姿を男に渡す。
『わざと捕まれだと? そんなことをしたら俺は確実に死罪だ。危険な橋を渡る気はねえよ』
男はシャルロッテが持ちかけた取引を受ける気はないようだ。
それはそうだろう。貴族の暗殺は重罪だ。
『自供をすれば情状酌量されるから、死罪にはならないわよ。大丈夫。保釈金を払って牢から出してあげるわ。それだけではないわよ。礼金ははずむわ。どう?』
これは嘘だろう。仮に死罪は免れたとしても、この男は消される運命だ。
しかし、男は考える。
『あと俺が暗殺ギルドに戻れるように口利きをしてくれ。俺を探してきたってことは、裏にもつながりがあるんだろう?』
『ふふっ。まあね。分かったわ。暗殺ギルドに口利きをしてあげる』
裏とつながりがあるのは、正確には父親のキャンベル男爵だ。
『じゃあ、取引成立だな。前金をくれ』
シャルロッテは袋いっぱいに入った金貨と小瓶を男に渡す。
『武器にこれを塗っておいてちょうだい』
『この液体は毒か? 何の毒だ?』
男は小瓶に入った液体を眺める。
『知らなくてもいいことよ。死にたくなかったら、不用意にその液体には触れないことね』
『うっ! わ、分かった』
小瓶を慎重に布に包むと、男はその場を立ち去っていく。
『うふふ。バカな男。成功しても失敗してもあんたは死ぬ運命よ』
表通りに向かってシャルロッテはさらに独り言を呟く。誰も聞いていないと油断をしているのだ。
『舞踏会でリックがカトリオナを断罪できなかったら、どうしようかしらね。リックってば、まだあの女に心を残しているんだから。そうだ! これの原料をあの女にプレゼントしてやろうかしら? このブルースノーローズをね。バラが好きみたいだから、リックからのプレゼントと言えば、バカみたいに喜んで大事にするんじゃないかしら?』
アハハハと高笑いをしながら、表通りに戻っていくシャルロッテだ。
ここで映像は終わった。
この映像は検分済みだけれど、あらためて見ると腹が立つ。
「いかがですか? こちらの映像の方が証拠としては確かだと思いますが?」
クリスが王太子殿下に詰め寄ると、王太子殿下は悔しそうに歯ぎしりをする。
「う、嘘よ! こんなもの捏造したものだわ! リック! 私を信じて! きっと私を貶めようとしてカトリオナ様が捏造したのよ!」
シャルロッテは必死で王太子殿下に言い訳をする。
「もちろんだ。ロッティー。君がこんなことをするわけがない。でっち上げも大概にせよ!」
「でっち上げなものですか! この映像だけではないわよ。国王陛下の密偵も同じ現場を目撃しているのよ」
クリスと王太子殿下の兄妹の対決のようだが、私たち貴族は許しがないと発言できない。
「父上の密偵だと!? 何ということだ。私だけではなくロッティーにも密偵をつけるなど……」
「お兄様が婚約したいと思う女性を調べるのは当たり前でしょう」
芝居がかったように肩を落とす王太子殿下に、ふんとクリスは鼻を鳴らす。
「いくら王族でも娘の私生活を探るなど心外です!」
ここでキャンベル男爵が口を挟んできた。
パニック状態だった周りはいつの間にか好奇心に変わって、今は事の成り行きを楽しんでいるようだ。
「国王陛下。事態を収拾いたしたく。発言を許していただけますかな?」
伯父様が国王陛下に発言の許可を求めているのが聞こえる。
「宰相、其方に任せる。この場を収拾せよ」
「御意」
この場の主導権は伯父様に託されたようだ。
「さて、まずは暗殺者の短剣ですが、調べたところ未知の毒が塗られていました」
いつの間にか短剣は伯父様の手に渡っていた。
王太子殿下が風魔法で弾き飛ばした短剣は誰かが拾っていたようだ。
ブルースノーローズの毒が塗られているのに大丈夫だろうか?
「不思議なことに、この未知の毒は先日押収したものと成分が一致しましてな」
「宰相。それはどこで押収したのかしら?」
伯父様とクリスも大概役者だ。
「貴殿の商会の荷物からですよ。キャンベル男爵」
伯父様はシャルロッテの隣にいたキャンベル男爵を見やる。
「そ、そんなものは知りませんぞ。毒物など我が商会では扱っておりません」
キャンベル男爵はあくまで認めようとはしない。こんなところは親子そっくりだ。
「昨夜、貴殿の商会の者たちと取引先の者たちが裏取引しているところを押さえた。その者たちの自供もとってある。言い逃れはできぬぞ」
実は謁見の前、伯父様から緊急の連絡が届いたのだ。
ついにブルースノーローズの押収に成功して、裏取引を押さえることができたと。それは吉報だったが、作戦を変更しなくてはならず、少し大変だった。
シャルロッテの魔法を無効化するだけの作戦だったのだが、急遽キャンベル男爵もろとも断罪する流れになったのだから。
キャンベル男爵はその場でがくりと膝折れる。
「わ、私は知らないわ。お父様の商会が何をしているのか知らなかったもの」
シャルロッテはこれだけ証拠が揃っていても、父親が罪を犯しても、自分は何も知らないと言い張る。
「そうでしょう! リック。私は悪くないわ。私は何もしていない!」
「そ、そうだな……ロッティーは……何もしていない……」
ふいにパン! と高い音が鳴り響く。
「いい加減に目を覚ましなさい! お兄様、貴方はこの国の王太子なのよ!」
クリスが王太子殿下の頬を叩いたのだ。
「ク……リス……」
「こんな女に騙されて、リオを……わたくしの親友を無実の罪に陥れようとするなんて」
「リオ……そうだ……私はリオを……愛している……いや、何を言っているのだ。私が愛しているのは……誰だ?」
王太子殿下の様子がおかしい。
もしかしてシャルロッテのスキルが解けかかっている?
急に叫び声が聞こえる。暗殺者の男だ。
「あの女に頼まれたんだ! シャルロッテという女に銀色の髪の女に暗殺してくれと頼まれたと自供しろと……ちくしょう! 全てが終わったら俺を殺すつもりだったんだな! こうなったら全部真実を話してやる! だから、俺の罪を減刑してくれ! 頼むよ! なあお役人様」
「この件に関しては多少情状酌量の余地はあるが、お前は元暗殺ギルドに所属している。余罪が追及されることは間違いない」
冷たく男に言い放ったのは近衛騎士団副団長のフォレースター伯爵だ。
シャルロッテにも密偵をつけるようにと国王陛下に助言したのは、フォレースター伯爵だった。
おかげでシャルロッテと暗殺者の男との取引が捏造ではないと証明できたのだ。
「シャルロッテ・キャンベル。貴女と取引した男は罪を認めたわ。これで言い逃れはできないわよ。大人しくすることね」
シャルロッテはその場でペタンと座り込む。
冷ややかにシャルロッテを威圧するクリスが、時戻り前にシャルロッテを断罪した時のクリスと重なる。
時間軸が違ってもクリスはクリスだ。私の大切な親友。
「違う……私は悪くない……違う! 違う違う違う違う違う!」
シャルロッテが狂ったように叫び出す。
何かに取り憑かれたように髪を掻きむしっている。
「ロッティー? どうしたのだ? しっかりしろ!」
王太子殿下が座り込んだシャルロッテを抱き起こそうとするが、シャルロッテはその手を振り払う。
「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」
頭を抱えるシャルロッテ。
「様子がおかしいな。まあ、いい。とりあえず、シャルロッテ・キャンベルを捕縛しろ」
フォレースター伯爵が部下に命じている。
だが、シャルロッテから彼女のものではない別の声が重なる。
「そうだ。復讐をするのだ。我らの分まで。憎き神に復讐を!」
私は咄嗟に叫んでいた。
「いけない! 皆下がってください!」
次は22時に閑話を更新します。
シャルロッテが暴走します。




