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原初の地  作者: 竜胆
2章:手血肉燐の都
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教会



 粘筋のマントを背負い、おそらく人竜の彷獄獣が進んでいったであろう道を辿って行った。


 食い散らかしていったであろう、数々の罠のようなものが痕跡として点在していたのもあり、何日も前に去って行ったはずの人竜の痕跡はハッキリと残っている。

 不思議なことに、あの人竜は彷獄獣の母体ともいえる粘筋への攻撃も可能としているようだ。

 しかも、俺にとっては罠を解除されたような状態になっていたためかなり安全に進むことが出来たわけだが、何よりも他の道を進むよりもこの道が俺の進むべき道に通じている気がしていた。



 そうやって進むことしばらく。

 肉壁の隙間から顔を覗かせていたのは、今までに見ていた真っ黒な建物以外の物。

 赤い霧と黒い壁に覆われた先に、尖った何かが見えていた。

 それを見た瞬間、心臓が跳ねた。 


 あった? マジであったのか?

 いや、まだ見間違いと言う可能性も――


「お……おぉぉ!」


 焦ってさらにその方向へと見上げたまま足を進めれば、今までただの立方体が立ち並んでいた街中に、突如何本もの尖った屋根が現れた。

 さらにそれは、いままでの影絵のような黒ずみ方ではなく、赤い霧の中でみてもうっすらと灰色がかってみえた。


「本当にあった……!」


 あったあったあったあった!!!

 見つけた! 見つけたぞ!!!


 心臓の音が高鳴り、神経のすり減った体中に力がみなぎる。

 俺は周囲の確認をすると、逸る気持ちを抑えきれず駆け足で建物の方へと走っていった。


 信じられない! 本当にこの地獄の中に無事な建物があったなんて!!

 いくらあるって言われても、メモに書かれていても、本当はもうそんなもの存在しないんじゃないかってずっと疑ってた。


 だってこんな化物だらけの場所だぞ!? 自分が言うのもなんだけど、とてもじゃないけど普通に人が生きて行けるような場所じゃない。

 そんな場所に、本当に人が居る場所があったなんて! 

 うわああああ今すぐ叫びたい! 涙が出そうで興奮が収まらない! 

 顔がニヤつくのが止まらない。


 苦節、数か月。

 恐らく、あの広場から進んできたのはほんの数百メートルほどだ。

 こんな近くに、探していた物があったなんて――

 なんという幸運だろうか。


 人生にそう何度もない、宝くじが当たったような幸運だ。

 はやる気持ちに足が浮き、うまく進まない。


 やっと見つけた!! あれがキュリが言っていた教会だ!

 確かに唯一死肉に覆われていない場所……あそこに、あそこに人が居る!!


 だが――


「なん……で……」


 すべてがそううまくいく訳がなかった。


――オォォォォォ!


 ようやくたどり着いた教会の周りは、広場になっていた。

 広場の真ん中に独立したように立っている教会は、赤い霧の中で見ても優雅な佇まいを崩さず、それは夕暮れの中の教会や、地獄の聖書とでも言ったかのような荘厳な雰囲気を醸し出している。

 そしてその教会を取り囲むのは、無数の地獄の信者たち。

 いや、教会の周りに集まった無数の化け物たちだった。


 10……いや、20匹は居るだろうか。

 周囲に、ヒトモドキが少ない訳だ。

 恐らく周囲の殆どのヒトモドキが、この場に集結しているんだろう。


「何をしてるんだ……?」


 幸いにもそこまで巨大な化け物は居ないが、蠢く全裸のゾンビのようなヒトモドキや、虫のようなヒトモドキが教会の周りで暴れている。

 恐ろしい速さで動きまわる亡者たちは、何故か教会へは入ることなく周囲を走り回り、時々飛んでは一瞬空中で止まり、再び跳ぶ。

 

「……見えない膜でもあるみたいだ……」


 さらに、時折突然炎や爆発、水飛沫などが何もない場所から上がる。

 何かと戦っているようだ。

 あの化物たちをかいくぐって、教会へたどり着くなんていくら粘筋マントがあってもどう考えても無理だ。


 だが。

 呆然と教会を見つめる俺の心臓が、跳ねた。

 

「――諦めて……たまるか!!」

 

 爆炎と化け物の向こう側に見えた物。

 それは、人影。

 化け物ではない、明らかに化け物たちと戦っている意思のある動きをするもの。


 それを見た瞬間、俺は引き返すという選択肢を取ることを辞めた。

 これしかない!


「……耐えろ!!」


 腕をこんな使い方なんてしたことは無い。

 だけど、もうこんなところで一人になりたくない。

 人に会えるのなら、この腕の一本くらいくれてやる!!


 俺は、地面にかがみこむと、粘液や血液でドロドロになった左腕のヘドロを拭った。

 そしてその腕を、地面へと突き刺した。

 力を籠めれば込めるほど、肉壁を腐らせていく力は強くなる。


「ぐ……ぐぅぅぅぅ」


 30センチほど、手がめり込んだだろうか。

 そのまま俺は、寝ころび肉の中へと頭を突っ込んだ。

 すぐに、腕は熱を帯びて痛みを伴いだした。

 そこからは、すぐだった。


 爪を剥がされるような痛みに、悲鳴をあげそうになり歯を食いしばる。


 痛い!! 痛い!!!


 心の中で叫びながら、俺は足を踏み込む。

 ぐりぐりと腕を押し込み、どす黒くなった腕はさらに肉を爛れさせる力を手に入れた。 

 ずぶずぶと、やがて沼の中でも進むかのような速さで腕が肉を押しやっていく。


 上がダメなら、下だ。 


「うがあああああああ!!! 負けるかぁぁぁぁ!!!」


 だが、それと同時に、気の遠くなりそうなほどの痛みが腕を襲った。

 まるで炎の中に手を突っ込んでいるかのような痛みに、声を抑えられない。

 それでも俺は、肉の中を突き進む。


 何度、気が遠くなっただろうか。

 何度、あまりの痛みに腕を千切り捨ててしまおうと思っただろうか。

 血の涙を流しながら、それでも俺は進むのを辞めない。


 やがて、全身を覆う肉が時折上から押さえつけられるような感覚を感じるようになってきた。

 恐らく上を化け物たちが走り抜けているのだろう。

 外から見れば、肉は盛り上がり腫瘍が出来ているように不自然にみえるはずだが、幸いにも戦闘中の化け物たちに気にする余裕はないらしい。

 

「ぐ……ぐふぅぅぅ……うがぁぁ……」


 気力を振り絞り、顔中から色々な液体を垂れ流しながら、やがて俺は腕の方向を変えた。

 相当な距離を進んできた。

 もう、かなり教会へと近づいたはずだった。

 もはや、腕の限界だった。


 痛みで震える手で、慎重に肉の膜を突き破る。

 そしてその穴から、外を見た。


「グラアアアアアア!! ギャアアアアアス!!」


 地面へと突き出した腕のそばを、化け物の足が駆け抜けていった。

 今、甲殻のような物も見えたような気がするがあれも化け物だったのだろうか。

 

 ……教会まで、もう少し。

 あと約5メートルで、見えない膜までたどり着ける。

 あのエリアさえ超えれば、化物は入ってこれない。


 その確信があるのは、見えない膜の範囲から先は地面がむき出しになっているから。

 死肉の無い場所には、奴らは入ってこれない。


 明確なゴールだった。

 

 だが――


「……腕が――!」


 長時間の使用で、黒ずんでいただけだった腕は、漆黒に染まっていた。

 まるで炭化したかのような黒い腕はもはや感覚をなくし、俺のいう事を聞かない。

 まるで黒ずんだ先から神経が無くなったかのように、力も入らなかった。


「あと……ちょっとなのに――うおおおおおおお!!!」


 こんなところで絶望する事は出来ない。

 俺は自分に気合いを入れると、地面から覗き込んでいた穴を無理やり広げた。

 そのまま、一気に穴から這い出し一目散に走り抜ける。


 化け物の位置配置なんて確認できていない。

 そんなことをしている暇があるなら、一気にあそこまで駆け抜ける――!


 だが、視線では確認できない周囲の気配が一気に俺に向かっていたのだけは感じられた。

 恐らく、そこに居るすべての化け物が俺へと向かって押し寄せている。


 たった、数メートル。

 歩数にして、3歩ほど。

 

 その短い距離を、駆け抜ける。

 死ぬ気で、飛び込むようにして走った。

 目の前に広がる地面が、一歩進むたびに近づいてくる。


 一、二……さん――


 逃げ切れた!! 俺の、勝ちだっ――


――ガンッ


「が……は……」


 何にも追いつかれることなく、大地を踏みしめようとした瞬間にその衝撃はやってきた。

 世界が、突然逆を向いた。

 岩壁に思い切り頭からぶつかったような激しい衝撃が、俺の体を突き抜ける。


 これが、化け物たちが入れなかった膜……。


 衝撃で意識が反転し、気が遠くなり後ろに仰け反り倒れる。

 まるでスローモーションのようだった。


 ……なんでだ。

 ガラス……いや、結界って奴ってか。

 これだからファンタジーってやつは……。

 にしても、人まで入れないってどうなんだよ……。


 不思議と考えられたのは、そのくらいのどうでもいい事。


 ゆっくりと流れる視界のなかで、教会の隣にある塔の窓が開いたような気がした。

 さらに背後からは、迫りくる気配を感じる。


 事態は、この瞬間も動き続けている。


 あぁ、化け物に追いつかれた……。

 そう頭の中で理解しながらも、崩れたバランスをどうにかできるわけもなく、俺は無意識に手を伸ばした。

 

 塔の開いた窓の先に、何か白い尖ったものが見える。

 何故か、それに向かって手を伸ばしていた。

 次の瞬間だ。


 突然、世界が動き出す。


――バシュッ!!


 窓からその白い何かが打ち出され、俺の後ろに居る何かに飛んで行った。

 目の前にあるのは、白い軌跡。

 いや――。


「っく!!」


 倒れまいとしがみ付くように、俺はその打ち出された何かに繋がっている鎖のようなものに抱き着いた。


――ギュリリリリリ!!


 高速で引かれる鎖が、腕の中を滑っていく。

 やがて、ドンという衝撃が背後から襲ってきて腕が緩む。


「――っ!!」


 は……なすかあああああああああああ!!!!!


 そのまま俺は、後ろに居る何かと共にものすごい勢いで塔の中へと引きずり込まれていった。


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