ニンゲンとの接触
爆心地は、丁度先ほどの一家が集まっていた辺り。
そこを中心にして、辺り一帯が吹き飛んだ。
人も、化け物も全てを巻き込んで自爆したのだ。
辺りが水煙で包まれ、かなり離れているはずの俺の周囲にまでボタボタという何かの肉片が降り注ぐ音が聞こえている。
――ィィィィィィン……
爆音で、耳鳴りがする。
「早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ」
そんな中、俺は虚ろな目をしてひたすらぶつぶつと呟き続けていた。
仲睦まじい家族だったのだろう。
裕福な家庭で、美しい妻に愛らしい娘と息子。
こんな地獄に放り込まれても、一瞬で家族を守る事へと移行できる愛。
そんな家族の、凄惨な最期を目の当たりにして何も思わない訳がなかった。
だが、目の前でどんなことが起ころうとも、俺は何をすることもできない。
どんなに悲惨な殺され方をしようと、家族が命がけで守ろうとした子どもが危機に陥っていたとしても、俺なんかに何かできるわけがないんだ。
極限の恐怖の果てに、絶望の死に方をした人々に心の中で謝り続ける。
俺は、わが身が可愛い。
……死にたく、無いんだ。
死にゆく人の、苦悶と絶望に満ちた顔が焼き付いて離れない。
俺は、目を反らすことはしない。
何もできない代わりに、この人達の最後は見届ける。
だから、どうか早く終わってくれ。
そうやって、心を押し殺してなんとしてでもこの狂乱の宴を乗り切るつもりでいた。
向こう岸に見えている、肉壁の扉へと逃げ込むつもりだった。
すべてのエサが食いつくされ、先ほどのように閑散とした、少しだけ水かさの増えた沼の中を紛れながら抜けるつもりでいた。
だというのに――
「やめろ、こっちに……くるな……!」
爆発の水煙が、狂乱の宴会場を包み込み視界を奪う。
その中から最初に現れたのは、俺と同じくらいの歳の少女と、手を引かれたまだ10歳にも満たないのではないかという少年だった。
連れて行ったはずの従者らしき人が居ない。
あの子どもたちだけが、爆風に巻き込まれなにが起こったのかわからないまま彷徨うようにして、こちらへと歩いてくる。
……大丈夫。
見捨てられる。
ここで一緒に隠れても、その後はどうなる。
この子たちを守り続けるなんて無理だ。
助けられないのなら、関わるべきじゃない。
合流すれば、この意味の分からない状況について多少の情報は得られるかもしれない。
だけど、圧倒的に人数が増える事での不利も増すはずだ。
この状況は、どう考えても一人でいる事が正解なはず。
姉弟は、隠れる俺に気づかずに肉団子を避けるようにして少しだけ遠くを足早に駆け抜けていく。
……これでいいんだ。
「パパと……ママは?」
「静かにして早く歩いて!」
二人の小さなやり取りが耳にこびりつく。
俺は死体のふりをしながら顔だけだし、姉弟が通り過ぎるのをひたすら見守っていた。
少しだけ遠ざかり、丁度真横を通っていたところだろうか。
突然二人の足取りが止まり、こちらを見た。
……何をしている、止まってる暇なんてないはずだ。
すぐに水煙が晴れるぞ。早くいけっ!
お互い別々に助かるんだよっ!
だが、二人は立ち止まりこちらを見続けている。
ばれたわけではない。
視線は水面ではなく、肉団子の方を向いていた。
ワナワナと恐れを感じさせる表情に、何をいまさらと一瞬考える。
そこで、俺は初めて異変に気づいた。
ゆっくりと姉弟にばれないように視線を肉団子へと移す。
……なっ!!
肉団子へと固められた顔と言う顔から、血の涙が流れている。
いや、穴という穴から、血が噴き出しているのだ。
「あ”……あ”ぁ”ぁ”ぁ”…………」
かすかな声を上げていた肉団子の声に、気づいていなかった。
力なく垂れ下がっていた腕が、バタバタと暴れ出す。
すぐに、異変は更なる変化を遂げる。
――ミリミリミリミリ
何かが裂ける音が聞こえ、肉団子へと練り込まれた人々が絶叫する。
まるで地獄の讃美歌を歌うかのように、全ての人が絶望のハーモニーを奏でる。
次の瞬間。
肉団子の中から、真っ赤で巨大な手が突き出た。
周囲に、血の雨がまき散らされる。
まるで卵の殻を割るかのように、肉団子が引き裂かれていく。
「ホギャアアアアアアアア!!」
中から現れたのは、赤く巨大な新生児だった。
「うわああああああ!!!」
目の前で起きた衝撃の孵化に、俺は思わず悲鳴を上げながら立ち上がった。
おぞましい。
真っ赤な肌に、黒目の無い瞳。狂気に歪んだ顔をした赤ん坊。
新生児は、肉団子の中からもがき出ようとしている。
振りむけば、姉弟が俺と赤ん坊をを交互に見て固まっていた。
いきなり現れた赤ん坊と俺に、理解が追い付かないらしい。
そりゃそうだろう。
パニック物で、いきなり化物が現れて主人公が驚く前に同時に現れた良く知らないmobが悲鳴上げてたら、俺だってそっちに気を取られて固まっちゃうわ。
ただ、その引きつった顔を見て、俺の顔が情けなく歪むのが自分でもわかった。
――あぁ、これが人の反応だ。
「っく」
俺はすぐに走りだすと、姉弟の近くへと向かう。
「何してる! 来い!! こっちだ!」
「えっ!? なっ!?」
そのまま俺は、固まる姉弟の手を取った。
取ってしまった。
人の手の温もりが、俺の手を通して伝わってくる。
気づけば、俺は目から涙を流していた。
「アダアァァァ」
――ブンっ
「伏せろ!」
「きゃっ!?」
そんな俺と姉弟の近くを、赤ん坊の振り下ろした手がかすめ、我に返った。
赤ん坊は、すでに肉団子から這い出て四つん這いのまま追ってくる。
完全に何が起こったかわからず混乱する姉弟を、無理やり引っ張った。
「誰!?」
「話は後だ! 走れ!! 死ぬぞ!」
「っ!」
最悪だ、肉団子は犠牲者達の成れの果てだと油断していた。
まさか、化け物たちはこうやって生まれるのか!?
完全に勢いで合流してしまった姉弟のことは、今は考えない。
頭ではわかっていても、体が動いてしまった。
囮にして逃げるなんて、無理だ。
こうなったら一緒に逃げるしかない。
「オギャアアアア」
「キュリ!! 怖いよぉぉぉ」
「お願い、じっとして!!」
腹を抱えられるようにして抱っこされた少年の後ろを、巨大な赤ん坊が這ってくる。
幸い、生まれたばかりの赤ん坊だからだろうか。他の化け物たちと違って対応できないほどの速さではない。
それでもその大きさから、全力で走る俺達の真後ろをものすごい水音を立てながら追ってきていた。
浅瀬に居たおかげで、沼地を抜けることはすぐにできた。
逃げ込める場所は、立方体の立ち並ぶ通路の奥しかなかった。
最後にちらっと振り返った血の沼では水煙が晴れ始め、未だ落ちてくる人々に化物が群がり終わりのない狂宴が続いているのが見えた。
立方体の立ち並ぶ通路へと、俺達は逃げ込んだ。
思いのほか閑散とした肉壁の迷宮を走るが、赤ん坊は相変わらず追いかけてくる。
……化け物が、居ない?
そうか……っ!
普段は通路を徘徊しているであろう化物たちは今、狂乱の宴の最中にいる。
おかげで俺達は、なんとか赤ん坊と化け物に挟み撃ちにされることなく逃げることが出来ていた。
不幸中の幸いだ。
だが――
「ダァァァァァ」
くそっ、赤ん坊を突き放せない。
しばらく無我夢中で走り続け、何度も赤ん坊の張り手を危ういところで躱し続けた。
移り気な赤ん坊が他の物に気を取られて少し距離を取れたと思っても、すぐに追いついてくる。
迷い込んだ迷宮の奥は、徐々に劣悪な風景へと変わっていった。
いくつもの交差点が存在し、その両側に巨大な肉壁が立っている様子は、肉壁でさえなければまるでビルのそびえたつ街中を走っているようにも感じただろう。
確か、王都が飲み込まれたと言っていたから元は人が作り出した街並みだったのだろう。
そこに、死肉が蔓延った。
建物に、階段に、花壇に、水路に。
それだけじゃない。
植物らしきものが、人と混ざったような形に不気味に変化している。
地獄街。
不気味なオブジェクトが大量に存在し、それらの近くを通れば腕の花と同じく何か良くないことが起こる気がする。
くそ、今スルーしたけど今の絶対ちんこだっただろ。なんで花壇? に並んでんだよ。受粉させる気満々かよ。
それらを赤ん坊がなぎ倒しながら、追いかけてきていた。
どうすれば。
どうすればいい?
「どっちに行くのっ!?」
「こっちだ!!」
稀に残ってうろついている化け物を避けるため、いくつもの交差点を曲がりどこをどう走ってきたのかが全く分からない。
背後から赤ん坊のプレッシャーと共に、どうするの? というキュリの視線をひしひしと感じる。
どこに行けばいいかなんてわかんねぇよ!
今無事に走れてることすら奇跡なんだよ。
今ブン投げてきた肉像はヤバかった。
あんなもん当たったら、一瞬でミンチになる自信がある。
俺達は、やみくもに走り続けた。
やがて何度も道を曲がった先で、キュリが思い出したように叫ぶ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「教会っ」
「え?」
「当てがないのなら、教会を探して! そこならもしかしたら――助かるかもしれないっ!」
この話を執筆した時のネタメモ
「肉団子から赤子がバーン!
少女がドーン!」
少女がドーンが解読できませんでした。