国王陛下と非公式の謁見
事件から1ヶ月後、スアリエル様の生誕祭は滞りなく終えたが事件の後始末は終わらないままに私は6歳の誕生日を迎える事になった。
その間一度もアルフレイドに会う事が出来ずそのせいで随身の話も停滞し、焦燥に駆られる日々を送っていたので誕生日に何の感慨も湧かず前日になっても私はアルフレイドの心配ばかりしていた。
そして誕生日当日の日も昇っていないような早朝、私は突如現れたオリス様に行き先も告げられず連れ出されたのだった。
そして到着したのは…。
「久しいなルーテルバーク」
アルフレイドの父、即ち国王陛下の寝所だった。
「そうですね。 プロクスハイト様は随分朝が早いようで、まさかこんな時間に叩き起こされるとは思いませんでした。 昔から老成した感性をお持ちでしたが肉体もそれに倣ったのですか?」
「お前の憎まれ口も変わらんな、オブオリス。 悪いがこんな刻限でなければ時間が取れん」
「まあ此方も夜は盛大なパーティーをする予定だったので、深夜に呼びつけられるよりはマシでしたが」
「調子に乗るな。 日付を指定したのはお前だろう」
………………なんだこれは。
二重の意味で有り得ない距離の近さに、私の脳内回路は破裂寸前だった。
国王陛下の御姿を目にした瞬間私はその場に平伏し額を床に着けたが、オリス様は平然と立ったままで会話をしている。
しかも親しげだ。
もしやルーテルバークの当主は国王陛下と対等の口を利いても許されるのだろうか。
それとも何か別の理由、私的な何かが御2人の間に?
「大丈夫ですから立ちなさい。 現在この場において身分制度は適応しません。 王の寝所は治外法権です」
唐突に背後からかけられた声に肩を震わせ後ろを見ると、そこには良く知る特徴を持った見知らぬ男性が手を差し伸べてくれていた。
緑がかった黒髪は短く刈られ、私の姿が映る瞳は凪いだ夜のように黒い。
……国王陛下の随身だ。
混乱状態の頭を落ち着かせながら手を借りてゆっくりと立ち上がる。
手を握っているのに本当にそこにいるのかと思ってしまう程気配が無い。
握った手に伝わる情報すら、温かいのか冷たいのか、硬いのか柔らかいのか判断させてくれない。
気付けば私は自分が今いる場所や国王陛下の事を忘れて、随身の情報を知ろうと躍起になっていた。
無言で見つめ合っているのに、髪と目の色以外が認識できない。
睫毛を1本1本見るように目を観察して、ようやく二重のアーモンドアイだと分かった所でオリス様に声をかけられた。
「エルシュタイン、こちらに来なさい」
そして意識がオリス様に向いた途端に目の前にいた筈の随身は消え、私の手は随身の手を握っていたままの形で空を掴んでいた。
驚くよりも素直に尊敬してしまうほどの手際に目を瞬きながら、迅速かつ出来る限り気品を持ってオリス様の傍らに立った。
数歩しか離れていない場所に国王陛下がいる状況に内心で叫びながら失礼にならないように顔を上げて尊顔を窺う。
「エルシュタイン•ルーテルバーク、6歳の誕生日だというのにこのような時間に呼び出してしまい申し訳無い。 いつも我が息子が世話になっている。 ……先月は特にな」
国王陛下が貴族ですら無い人間、しかもこんな子どもに頭を下げるなんて、いくら治外法権だと言われていても恐れ多くて言葉が出なかった。
そんな私を見て苦笑された国王陛下は、そのまま言葉を紡がれた。
「今回は頼みがあってオブオリスにお前を連れてこさせた。 これは国を守るべき王の命ではなく、息子を守りたいと願う1人の親の頼みだ。 断ってくれても構わない」
まさか。
横に立つオリス様の顔を見上げれば、声を出さずに口を動かして口角を上げた。
『アリスは強いぞ』
そう読めた唇に、母の言葉を思い出す。
そんなまさか!
「エルシュタイン•ルーテルバーク、息子の…アルフレイドの随身になっては貰えんだろうか。 あの子はこれから学園に通う事になる。 その時にただの友人ではあの子はお前と引き離され、寂しい思いをするだろう。 そんな我が子を憂い、お前を名ばかりの随身にさせようとする私は愚かだと言われても仕方無い。 それでも私は、あの子の傍らに純粋な友人を添わせてやりたい。 あの子が学生である間だけ、随身を名乗ってはくれまいか」
「いくら治外法権だの親バカの我が儘だのと言われようが、国王陛下の頼みは断れんな。 そうだろう、エルシュタイン」
追撃のようなオリス様の言葉を聞いてもまだ私の声は帰ってこない。
これはもしかしなくても母様が何かしたのだろうか。
オリス様を使って国王陛下に話を通した?
そんな事を考えながら固まったままの私をよそに、気付けば国王陛下とオリス様が何故か睨み合っていた。
「口を慎めオブオリス。 子を愛する親心を低俗な言葉で表すな」
「低俗などと人聞きの悪い。 誇れば良いではありませんか子どもの為なら持ちうる駒を全て使う親バカだと。 ……アリスは胸を張って言ってましたよ」
「……アリスの駒め」
「……私だけ、ですか?」
「女は恐ろしい。 この話はここまでだ」
「同感です。 早く忘れましょう」
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私は深く考える事を放棄した。
あまりの衝撃に、あの時の事はしっかりとは覚えていない。
ただ確かな事は、私がアルフレイドの随身になった事それだけである。
……それだけ…である。




