6
『リリィ・マドンナ』は紅茶を中心とした喫茶店とはいえ食事メニューも充実しているので、昼どきはいつも混雑している。
オーナーの趣味でイギリスをイメージした店内は今日も客でいっぱい。
響はウェイターの仕事もしつつ、厨房も手伝ったりと忙しい。
ランチが落ちつくと、今度は午後のティータイムを楽しみに年配客や女性グループなどが訪れる。
サラリーマンらしき男性がノートパソコンを開き、仕事をはじめるテーブルもあった。
店員の立場から、人間模様を観察するのもなかなか楽しい。
作詞作曲も行う響は、そういった人間観察から曲のヒントを得ることもあった。
いまはまだ、とても曲作りをする気にもなれないのだけれど。
「ありがとうございました——」
帰ってゆく客を見送り、食器類を片づけていると、今度は下校時とおぼしき高校生数人が入ってきた。
もうそんな時間か、と壁の振り子時計を見れば夕刻に差しかかっている。
仕事に集中していると時間の流れが速い。
「わー、お兄さんかっこいい!」
グラスの水を持っていくと、高校生のひとりに言われた。
「ヴィジュアル系っすねー!」
「ホストっぽいー!」
「執事喫茶じゃね? ホストっていうより」
口々にわいわいと話す彼らに、響は曖昧な笑みを返す。
ヴィジュアル系バンドマンだったよ、などと正直に返すのも面倒くさい。
注文を取り、厨房に伝えてから気づく。
彼らは蜜美と同じ制服だ。
染めた茶髪やアクセサリーのせいで印象が違ったのと、ひどく着崩しているためにぱっと見では気付なかった。
(へえ、ああいう奴らもいるのかぁ)
蜜美の印象で、真面目な学生しかいない真面目な高校だとばかり思っていた。
だが彼らのように、少々やんちゃな連中もいるらしい。
(けど見た目によらず、頭いいんだろうな。蜜美の学校、レベル高いって聞いたし)
蜜美もあいつらといっしょに遊べばいいのに、と胸のなか呟いたまさにそのとき「ミツミがさ……」と彼らの口から聞こえてきた。
それほど大きな声量ではなかったが、耳のいい響には他の客の雑談に混じっていても聞き取れる。
女性客のテーブルにサンドイッチとダージリンティーを運びつつも、響の意識は自然とそちらに集中してしまった。
「今日、金持ってこいっつったのに、持ってこなかったな」
「ふざけてんのかよ、あいつ」
「罰してやらねーとな。あははは!」
予想だにしない会話。
驚愕しながらもなんとか伝票を置く。
(ど……どういうことだよ?)
響は厨房のほうに戻りつつも、彼らの話に神経を注いだ。
気のせいでなければ、彼らはとても不愉快な会話をしている。
「とりあえず服剥いてさ、投げ出す? 駅前とかに」
「まじ鬼畜。廊下でズボン下ろしただけでミツミのやつ顔真っ赤にしてたじゃん。そんなことやったら泣いちゃうよ」
「じゃあボコボコにしますかぁー」
沸きたつ笑い声。
確信した響は無意識のうちに、高校生たちの席に近づいていた。
ツカツカと早足で。
そして、彼らのうちのひとりの首もとを掴みあげる。
「!」
店内はしいんと静まりかえった。
響に掴まれた生徒は事態を把握出来ず目を見開き、その場にいる学生たちだけでなく、ほかの客もみんな響を注視している。
「な、なにすんだよ!」
ひとりの少年がやっと声を発した。
それをきっかけにほかの学生たちもわあわあと声を上げたり、立ちあがったりする。
「お、大町くん!」
店のバイトも駆けよってきた。
しかし、響は掴む手を離さない。
「蜜美って大町蜜美のことか。お前ら、いじめてんのか蜜美をッ!」
言ってやると、少年らの顔色が変わった。
大町くん、大町くん、と繰り返し響を呼ぶバイトの声も、事態の背中を押したらしい。
大町は義父の名字。
母の再婚後、響も大町姓になった。
響の名字を認識し、まさか……と学生たちは凍りついている。
「蜜美の兄貴なんだよ。俺は!」
叫んだところで、後ろから店員に羽交い締めにされてしまう。
「大町くん、だめだよ、押さえて!」
響がほかのバイトに動きを封じられると、その隙にバタバタと少年たちは逃げてゆく。
脱兎の如くという言葉がまさに合った。
「おい! 待てよ! てめえら!」
少年らが響の言うことを聞くわけがない。
店の入り口に下げられたベルの音が慌ただしく鳴り、店内はしばらくのあいだ騒然としていた。




