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帰宅すると二十一時時をまわっている。
義父は残業、蜜美は塾からまだ帰ってきていない。
響を見ると母はカレーを温めてくれた。
鍋に火をかけつつ、慣れた様子でサラダも用意してくれる。
「バイトには慣れてきたの?」
真新しいダイニングテーブルについた響はうなずいた。
「うん。なんかすっげーほのぼのするよ。お客さんも近所のひとばっかりだし」
響がそう言うと母親は笑った。
つられて響も微笑む。
実家にはほんのわずかな期間世話になるつもりだったが、このままもうしばらくいてもいいかなという気持ちになりつつある。
都内に住まなければ音楽ができない、ということもない。
そもそもいまの響は——音楽活動をこのまま続けてゆくのかさえも迷っている。
(ギターは趣味でたまにやって。髪切って、しっかり働くってのもありかもな……)
ぐつぐつと煮立つカレーの匂い。
母の手料理はいまも昔も変わらない美味しさ。どうぞ、と出された皿は大盛りだ。
「いただきます!」
スプーンですくい、ひとくち食べれば感激が染みわたる。子供のころよりもずっと旨く感じられるのはなぜなのだろう。
ひとり暮らしのとき、ろくなものを食べていなかったせいもあるかも知れない。
母がコタツのある居間に行ってしまうと、入れ替わりのように足音が聞こえてきた。
蜜美はいま、帰宅したらしい。
「……」
ダイニングに入ってきた、ブレザーの制服姿の蜜美は響をちらとだけ見る。
「ただいま、蜜美」
響は食べるのを止め、言ってみた。
「……おかえりなさい」
返ってきたのは蚊の鳴くようなちいさな返事。それからお互いに言葉もない。
母親や義父とは、今日の出来事など、会話のキャッチボールがはずむのに。
(どうもうまく……できねえんだよな)
響は内心で呟いた。
蜜美は表情もとぼしい。いつもツンとして他を寄せつけないオーラを振りまいている。
冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルを取りだし、グラスに注いでいた。
響が蜜美と同じ年頃のころは、コーラなど炭酸飲料ばかり飲んでいた気がする。
当然のように飲酒も嗜んでいて、その話をなにかの際に蜜美にしたところ軽蔑のまなざしを投げかけられた。
「蜜美ちゃん、おかえり。今日はカレーよ、すぐあっためるから」
蜜美に気がついた母親がコタツから立ちあがろうとする。だが、蜜美はそれを手のひらを向け制止した。
「結構です。ファミレスで、済ませて来たから」
蜜美はグラスを飲み干すともう一杯水を注いで、それを持って階段を上がっていく。
母親もまた蜜美との関係に詰まっているのではないかと響は思った。
新しい家族と仲良くなろう、という気持ちは少年からまったく感じられない。
蜜美は実の父親に対しても避けているような態度をとるので、ひょっとしたら反抗期なのだろうか。
「響、食後にコーヒーでも飲む?」
結局ダイニングに戻ってきた母に、響は頷いた。




